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Get my reason   -自覚 3-




「…………っ!!」
「――――――ひっ!」
三本目。足に痛みが走る。
そして痛みの壁のむこうに、女性の悲鳴が聞こえた。
「あらら、ついに出ちゃいましたね。声」
「…………あっ、や、……―――ご、ごめんなさっ……!」
声をあげたらしい女性が、涙を流して震えている。
その子のせいではないのに、責任を感じてしまっている。
アルフレッドは、さきほど刺されたばかりのナイフを、どうにかこうにか両手ではさむと、無理やりひき抜いた。
「……っ」
ピュウと血が飛びだしたので、少々引くが、根性で女性に笑いかける。
「オレ、はヒーロー……っ、だか…らね。こんなの、いくらでも我慢で…きる、っ」
どうしても息が切れる。女性に気づかれないように深く息を吸った。
「だから、一回くらい増えても…、平気、なんだぞ…っ!」
「…………ごめんなさい……っ!!」
恰好つけたはいいものの、いつまでも吹きでる血の勢いが気になる。
「ホ、ホンダ……。これっ、ゲームが終わるまで、もちそう、かい……っ?」
ホンダがやれやれ、といったふうに自分の服を引きちぎる。
血の出ている箇所より内側に端切れをまきつけると、きつく縛った。
「……たっ!痛いホンダ、痛いぞっ!緩めてよ!」
「引き抜くときは格好よかったんですけどねぇ……。死にたくなければ我慢してください」
きっちり縛りつけられると、噴水のようだった血は収まった。
さすがは医師免許有りだ、アルフレッドが立ち上がろうとすると、痛みからではなくめまいから崩れて、片ひざをついた。
「あれ……?」
「パッと見、1200cc以上は出血していますね。さすがに血が足りませんか?」
「せんにひゃ……?え……、どれくらいで…死ぬ、んだい?」
「1700ccくらいで死にますよ。止血しなきゃ、数分でお陀仏でしたね」
ホンダの言葉を聞いて、ざぁと血の気が引く音がする。
コンビニの外には救急車やドクターも待機してくれているだろうが、それまで持つだろうか。
ばくんばくんばくん、揺れる鼓動が迫る死の危険を盾にアルフレッドを脅してくる。
もちろん、声は出してやらないけど。





一本キャンセルされたから、残りの2本のナイフをどうにか受けて、アルフレッドも人質たちも声を出さずに耐えきった。
息が荒れる。意識が朦朧としている。
でも、自分がホンダに手錠をかけるんだ、という一心で意識を保っていた。
「……っは、ホンダ…、オレた…ちの、勝ち……っだね!」
「そうですね」
「……なん、だよ。勝った…気が、しな…い、なぁ……!……っはぁ」
「かっこいいヒーローさんがたくさん見れたから、上機嫌なんです、私」
鼻歌すら歌いだしそうなホンダが、近づいてくる。
ホンダは律儀にも、アルフレッドに両手を差しだしてきた。
手錠をかけろということだろうか。
勝った、と実感した瞬間、意地でたっていた足が限界をむかえて、派手にしりもちをついた。
「―――っっ!!……ったいなぁもう!」
「ふふ、すみませんねぇ」
立ってなきゃ格好がつかない。立ちあがろうとするが、出血量的にも体力的にも、痛み的にも、立ち上がることはかなわなかった。
ホンダはしゃがんで、アルフレッドと目線を合わせるとまた、両手を差しだしてきた。
その手は、おそらくアルフレッドの足の止血をしたときについた血で赤く染まっている。
ホンダはにんまり笑った。顔にも少し返り血がついていた。
「手錠を、どうぞ?」
「……きみ、って……すっごく、腹……立つ、ね……」
手錠をかけたくとも、両てのひらはきっちりナイフに貫かれてるし、左肩は撃ち抜かれてて、右腕にはナイフが刺さっていて、どうにも動きそうになかった。
ホンダの後ろにいる、一番落ちついてそうな人質に目線をやると、アルフレッドは頼んだ。
「ね……アー、サー……っ呼ん、で……きてよ……」
人質は一瞬、ホンダのほうを警戒したが、なにも動きがないのを確認すると、コンビニの外へと駆けだしていった。
すぐにアーサーやら同僚がかけつけて、アルフレッドのかわりにホンダに手錠をかけてくれるだろう。
それにしても、自分でこの目のまえの殺人鬼に手錠をかけたかった気持ちはくすぶる。
ふと気づくと、ホンダがしゃがんだままで、にこにこと顔をのぞきこんできていた。
「なに、が……そんなに……楽し、……?」
「あなたですよ。痛みに耐えている顔がとても素敵です。ふふ……、興奮して、たっちゃいました」
「たっ……!?…………ヘンタ、イ……だぞ」
「光栄です」
「異常、だ……」
「人は誰しもこういった欲望を内包しているんですよ、表に出さないだけで。私は、自分の欲望に素直なんです……」
ホンダの声が急に小さくなった。
ばっくんばっくんばっくん、鼓動がまわりの音を包みこむ。もうそれしか聞こえない。
ホンダのむこうにアーサーの髪が見えて、ほっとして、アルフレッドは座ったまま意識を手放した。







パチリ目を覚ます。
目のまえに金色が見えて、あわてて上体を起こそうとしたが、腹や腕背中の激痛に少しも起きあがれなかった。
「いっ……!」
「バカ、じっとしてろ」
アーサーに頭をなでられる。
普段ならふりはらうものの、動けそうにないので顔と口で精一杯不満を表現した。
「……なんだよ」
「動け……ない、からって、自由にしないで……くれ、よ」
「喋るのも辛いんだったら、んなことわざわざ喋んな!……すぐ、医者呼んでくる」
あの威圧的なアーサーが、今はちっとも威圧的じゃないことにむしろアルフレッドは驚いた。
それほどまでに自分の状態は悪いのだろうか。ホンダはどうやら刑事をやっている自分を好きみたいだから、動かなくなるなんて危ないところは刺してない、とは思うが。
「あ、……ホンダは?無事に…つかまった、かい……?」
「ああ。ちゃんと牢屋につっこんでるから、安心しろ」
アーサーが出て行ってしばらくすると、医者と一緒に戻ってきた。
白衣というとやたら頭でっかちな気がして、アルフレッドは医者という人種が嫌いである。
医者は、バイタルをチェックし終えてから喋る。
「刑事さん、助かってよかったですね。……すべてギリギリだ」
「ど…ういうことだい……?」
「重要な血管やら神経を間一髪で避けている傷ばかりなんです。刺したやつは医者か何かですか?」
ばっちり医師免許を持っている。
「ってことは、オレ、まだ刑事……やれる、んだね?」
たずねると、医者はこくりとうなづいた。
痛む腕を無理やり動かして、ちいさくガッツポーズした。
ホンダはどうやら、アルフレッドを殺したり、再起不能にする気が本当にないようだ。変なの。
医者はアーサーに面会時間厳守を伝えると、すぐに出ていった。
アーサーは無言で病室にとどまる。こういうときは、責任者としてではなく兄としているのだ。
「よくやったな、アル」
「うん……」
動くこともままならないアルフレッドに残されたことは、考えることくらいだ。
「…………ホンダは、なんで……」
「ん?」
アルフレッドが考える人を傷つける理由。もちろんどんな理由があろうと人を傷つけるなんて許されることじゃないけど、それでも殺すのにはそれなりに理由があるものだと思っていた。それは恨みであったり、復讐であったり、証拠隠滅のためであったり。
ホンダはなんで人を殺すんだろう。
快楽のため、って言ってたけど、到底理解できない。ふつうに妻にセックスしたりキスしたりしてるほうがよっぽど楽しい。
サディストだっていうなら、相手の同意をもってやればいい。もちろん、命を脅かさない程度までなのはあたりまえで。
相手の命よりも欲望が勝ってしまうなんて、そんなの本当の恋じゃないと思う。
あれ?
ちょっとまてよ、その理論でいくとおかしいことにならないか。
相手の命より、殺したい欲望が勝ることが多々あるホンダ。そのホンダが、相手の命を奪わないように気を使っている相手。
アルフレッドの知るかぎり、その相手はいまのところ、自分だけだ。
さっき自分はなんて考えた?
欲望よりも相手の命を大切に思うのが、本当の、なんだって?
『このホシ、お前の恋人だって噂は本当かね?』
ホンダに会うまえに、警視に言われた言葉がぽっと思い浮かぶ。
恋人なんてことはありえない。ありえないが、ホンダはもしかして、アルフレッドを。
そのあまりにも飛躍した考えを裏付けるかのようなホンダの行動が思い浮かぶ。
興奮してたっちゃいました。なんでだ?アルフレッドが好きだから。そう考えるとつじつまが合う。
「おいアル?痛むのか?」
言いかけてやめたアルフレッドを、アーサーが不審に思って声をかけてきた。
そこではた、と思い直す。冷静になれ、サディストだったら血まみれの相手前にして勃起することだってあるだろう。
アーサーの問いかけに、小さく首を振ることで答えた。
するとアーサーはほっと一息ついて、くしゃり、とアルフレッドの髪を優しくなでてきた。
「ホンダのことは考えるな。やつらは異常なんだ、お前が考えて理解できることじゃない」
優しげなアーサーの言葉に、変なふうに考えが進んでいたアルフレッドは少しバツが悪くなって、小さくうなづくと布団に顔をうずめた。
アーサーの言うとおり、変なことは考えないようにしよう。オレはただホンダを止めればいいんだ、そうは思ったものの、じっとしているとますますホンダの妙な行動が頭に浮かぶ。
一番のお気に入りです、とフランシスに笑うホンダ。
アルフレッドがホンダの論文を読んだと聞いただけで嬉しそうにするホンダ。
執拗に、名前で呼ぶように迫るホンダ。
アル、というあだ名をフランシスらが呼ぶのを拒絶するのも、嫉妬からなのか?
『……興奮して、たっちゃいました』
アメリカ最凶最悪の変態連続殺人犯に恋された刑事って、どうしたらいいのか誰か教えてくれ。









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自覚編。あれこれ自覚って言わなくね
10.3.30