Get my reason -自覚 2-
女の子に肩を支えられて、人質が集められている場所へと連れていかれる。
5人ちゃんといる。ざっと見ただけだが、誰一人怪我をしている様子はなくてほっとする。
「皆さん、紹介しましょう。こちらの方は刑事さんです、皆さんを助けに一人で乗りこんできてくださいました」
ホンダのその言葉に、一瞬みなの目が期待に輝くも、怪我している状況を見てか、ため息が出ている。
「皆さんを助けたいですか?」
「あたりまえだろっ、そのために来たんだぞ。早く解放しろよ!」
「おおー、さすがは勇敢な刑事さんです。そうですね、無傷で解放してさしあげてもいいのですが……」
「が、なにさ!条件があるんならなんだって、受けるんだぞ」
「アルフレッドさんがいなければ、私は6回、このナイフを突き刺せたはずなんですよ」
ホンダが言ったつめたい言葉に、人質たちがひっと息を呑む。
6回ということは、ひとり一刺しで息を止めるということか。
「それを考えると惜しくって……そうだ、刑事さん。あなたが変わりに受けてくれますか?」
ホンダはわざとらしく、さもいま思いついたかのように演技する。
「…………は?」
「皆さんを助けるためなら、なんだってするんじゃなかったんですか?」
冷たい目のホンダと、これまた冷たい目の人質がの視線が痛い。
アルフレッドはあわてて左手の刺さったままのナイフを、見えるように持ちあげる。
引っこ抜くと血管から大出血もありえなくなさそうだ。
「い、いやそのつもりだけどさ!さすがに6回も抜きさしされると死んじゃうんだぞ!」
「大丈夫です、7本持ってます。残り6本あります」
ホンダは薄っぺらい私服から似たようなナイフを6本とりだした。
「抜かずに、刺すだけにしておきますから」
え、まじで?
逃げ場はなかった。
これは後から考えたことだけど、ホンダはきっとコンビニに立てこもったときからこういう風にするつもりだったんだ。だって、ホンダは基本的には社会的に悪人しか殺さないって決めてる。なのに、今度とった人質は一般の善良な市民が6人。はじめから、彼らを殺す気なんてなかったんじゃないか。
はじめから、人質をまじえたゲームをするつもりだったんだ、人質の身代わりをアルフレッドに求める、ゲームを。
ホンダはコンビニの備えつけの電話をとりだしてどこかへかけると、ハンズフリーの状態にした。
「では、皆さんに自己紹介でもどうぞ」
『こちらは、州警視庁警視総監、アーサー・カークランドだ』
さっきの出っ腹のやつかな、なんて思っていると、予想外の人物で驚いた。
「アーサーっ?なんで君がここにいるんだい?」
『……そちらにバカな弟しかいなくて、すまない。犯人に入るのを許されたのがそいつだけだったんだ。だがうちの刑事だ。ビシバシ鍛えてあるから、ひとまず安心してくれ』
アーサーは、アルフレッドの兄である。
その言葉に、人質たちはほうっと安心したようである。
伊達に何年も幹部でいてない、声に乗せる迫力だけは一級品だ。
『じゃあ、ホンダ。人質解放の条件を教えてもらおうか』
そうアーサーが言ったとたん、あたりがざわついた。
はっと気づく。
そういえば、この人質たちは犯人が”あの”ホンダだということに気づいていなかったのだ。
死の恐怖に揺れる瞳、途方もない痛みに耐える唇。それらは私に途方もない興奮と喜びを与えてくださる。
そう言ってのけたホンダの映像は、全家庭にも放映されている。
ざわついたこの空間を、ホンダが面白く思わないのは当然で。
ダァン!
止める間もなく天井にむかって発砲した。
「静かにしてください、それともいますぐ死にたいですか?」
もちろん静かになった。
『おい、おいアルフレッド!状況説明しろ!』
電話越しのアーサーには発砲音の後、シィンと静まり返ったことしかわからないんだろう。
「みんな、こいつがホンダって知らなかったんだよ!ざわついた人質たちにいらだった犯人が天井に発砲、死傷者ゼロ!」
『俺のせいか……申し訳ない』
少しの沈黙の後、ホンダが話しはじめる。
「条件、だなんて堅いこと言わずに、ゲームでいきましょう。今から話すのはゲームのルールです」
そんな空気についていけているものは誰一人いない。
確実にホンダの一人芝居だ。ただし、ついていく以外の選択肢が他の人にはないあたりが苦しい。
「ルールっていっても、オレが死ななきゃいいんじゃないのかい?」
「どうせなら、人質の皆さん、それに警視総監殿にも参加していただかないと」
人質がみな息を呑む。
だが叫びだしたり騒いだりしないのは、先ほどなにかを学んだからだろう。
『おいホンダ。俺が話しについていけてない。状況説明しろ、アルフレッド』
「あー、えっと」
アルフレッドがどこから説明すればいいのかと迷うあいだに、ホンダが答える。
「私がご説明します。6名の人質の変わりに、6本のナイフをアルフレッドさんが引き受けてくださるそうです。アルフレッドさんはお気に入りなので、殺す気はありません。ですが、生き残ればいいというルールだけでは、ゲームにならない」
「だから、ゲームにする必要はないだろ!」
「楽しみたいんですよ、私が。ゲームの内容ですが、私がアルフレッドさんにゆっくりナイフを刺していきます。その間、誰ひとり声を上げてはいけません」
「え……オレもかい?」
刺されるのに声すら出してはいけないのか。
「もちろんです」
『声を出したら……どうなるんだ?』
「そうですねぇ。人質のみなさんか警視総監殿が声を出してしまったら、突き刺したナイフを抜いて、もう一度刺します」
それじゃあ、刺される回数が6回だけになるわけがない。
なにせ、人質は一人をのぞいて全員女性だからだ。
先ほどからいる少女にいたっては、ローティーンだし、もうひとりティーンエイジャーの女の子がいる。目の前でゆっくり刺されていく状況に耐えきれるとは思えない。
「刑事さんが耐えきれずに声をあげたら、そうですね。一回につき、人質の方にひとり死んでいただきましょう」
ホンダは独特のゆがんだ笑みを浮かべた。
どっくんどっくんどっくん、アルフレッドの鼓動がなる。
『……!』
「なんだいそれっ!オレが泣き叫んだなら、もう一回オレにナイフ刺せばいいだろ!」
「あなたには期待しているんですよアルフレッドさん、失望させないでください」
一回や二回ならまだしも、6回以上も刺される。それもどこに刺されるのかわからない。
腕や足ならまだしも、腹や胸、顔に刺されないとも限らない。すべてはホンダの気まぐれで。
そんな中、声をあげない自信はなかった。
アルフレッドが躊躇していると、ホンダがゆるりと拳銃を人質につきつけて、こちらを見てくる。
「…………できないんですか?」
「っ、できるよ!やってやるさ!」
ヒーローにできないことなんてない。オレはヒーローなんだから。
アルフレッドがにらみつけると、ホンダは満足したように笑った。
『よし、ルールは決まっ……』
アーサーがまとめる前に、とつぜんホンダが動いた。
「―――っ!!!」
「う、わっ!」
突然腹に痛みが走り、目のまえに本田の黒がある。
女性の特有の高い声が聞こえた。
「ブッブー、失格ですね。刑事さんは合格ですけど」
「ごっ、ごめんなさい!だっていきなりだったから……!!」
ローティーンの女の子、パッション系の子があせって答える。
「言い訳ですか?」
「グロイのは平気なんだ!イキナリだったからびっくりしただけ。卑怯だよ!」
「……っホンダ、オレも…イキナリなのは卑怯…だとっ、思うぞ!」
腹を抱えつつ、アルフレッドもどうにかこうにか文句を言う。
普段ならどくんどくんという心音の増大によって危険回避が可能だが、このホンダを目の前にしては常日頃鳴りひびいているので、気をつけるもなにもない。
喧嘩とかならともかく、ゲームはSTARTをきってからがゲームだ。
そしてゲームと言い出したのはほかでもない、ホンダ本人である。
『俺もだホンダ。アルフレッドは大事なうちの刑事だ。お前が約束を守らないとわかれば、無駄なゲームをする必要もない。特殊部隊を何隊も突入させれば、幾人かは助かるだろう』
そのアーサーの言葉に、ホンダはすこし逡巡したあと、わかりました、とうなづいた。
「いまの叫び声はナシにしましょう。残りは5本です」
ホンダが、持っていた5本のナイフをタンッと床に突き刺した。
そんな中、おずおずと人質の男性が一人静かに手を上げる。
「おや、どうぞ?」
「あ、あの犯人が約束を守るってことが、どうしてわかるんですか……?」
「私もそう思いますっ。だ、だって、ゲームが終わっちゃったら、刑事さんボロボロで、私たちあとは殺されるしかないじゃないですかっ」
もう一人女性が立って発言した。
ホンダは無表情でそれにうなづくと、上着を脱いでアルフレッドに投げつけた。
「いきなりなにするんだいっ」
「調べてください。私の体にも、ジャケットにも武器はないでしょう」
アルフレッドは撃たれた左肩をかばいながらも、言われたとおり調べる。拳銃しかなかった。
その銃をホンダは奪いとると、すぐさまいくつものパーツに分解した。
そして人質の側にバラバラに放りなげる。
「これで武器は、アルフレッドさんに埋めこむ予定の、この5本だけです」
「ホンダ、君……素手トクイだろ」
「……ゲームが終わればそれ以上人質は殺さない、これはどちらかと言えば私の安全につながるものなんですよ」
ホンダはやれやれといった風に話しはじめた。
「私が約束を守ろうと守るまいと、ゲームが終われば警察は突入してきます。そのわずかな時に私が殺せるのはせいぜいひとりです。素手で殺すのは時間が伴います。かといって、アルフレッドさんに刺さるナイフを使おうにも、人体は堅い。抜くのに時間がかかり、せいぜい一本が限界でしょう。どちらにしろ同じていどです」
「君の安全がどうとかっていうのは?」
「私が人質に手出しをしない、と宣言していれば、たとえ私の本心がどうであれ、人質が本当に命の危機にさらされるまでは、警察は私を撃つことはできないからです。約束を守るそぶりをしておけば私は五体満足で家畜小屋に入れます」
アルフレッドはそうなのか、と感心した。
『――なるほど。さすがはアメリカ最凶の知能犯なだけはあるな、警察の弱点をうまくついてる』
「恐れ入ります」
『皆さん、ホンダの言ったことはあらかた本当です。こいつがどたんばで裏切る利点はない』
「では、同意してくださいますか?」
『皆さん、アルフレッドはいい刑事です。バカで正義感があふれすぎていて、警察という組織ではうまく生きていけないほどにいい刑事だ』
突然なにを言いだすかと思ったが、アルフレッドは珍しく空気を読んだ。
『まだ未熟ではある。だが、命を預けるに足る男だ。俺なんかよりも、ずっと刑事にむいている。これは兄の言葉ではなく、警視総監からの言葉だ』
人質みんなが聞き入っている。
『アル、お前に6人預ける。……できるな?』
「正直さっきは勢いで言っちゃった部分があるけど……できる。やれるよ」
左肩をかばっていた手をはなして、直立する。
「オレは正義を守って、人を救うために刑事になったんだしね!」
誓いをこめるように、無傷なほうの右手のこぶしを握った。
人質のみなも、そのゲームに異論はなかったらしい。発言するものはいなかった。
「では、はじめましょうか」
ことの重大さと相反するかのごとく、ホンダの言葉と表情は軽い。
一瞬いままでのことは夢か冗談だったとさえ勘違いしてしまいそうだが、刺された左手と腹、打たれた左肩の痛みがどうしようもない現実を突きつけてくる。
刺される覚悟をもう一度かためていると、ホンダはアーサーの声が届く電話に近づいて、思いっきりそれを蹴飛ばした。
ガァンッ、音を立てて電話機は吹っ飛ぶ。
「ホンダっ?なにして」
「前に言いませんでしたっけ。あなたがアル、って呼ばれてるのを聞くと、私いらいらするんですよね」
なぜでしょうね、そう笑うホンダは異常に怖い。
以前そういうふうにいって、相棒のフランシスを脅したことから、他の連中もほとんど、ホンダがいる前ではアルとは呼ばなくなったのだが、アーサーは上の管轄すぎてその事実を知らなかったらしい。
かけよって電話に声をかけてはみたが、壊れてしまったのかノイズばかりで話にならなかった。
罰ゲームの参加者が一名減ったと考えれば、楽といえば楽か。
ホンダは笑顔で、アルフレッドの右手にナイフを押しつけてくる。
「ずいぶんと安全パイだね」
「早々に死なれても困りますからね。そうそう、痛みに歯をかみ締めすぎると、奥歯が砕けますよ。これでも噛んでください」
「ああ、ありがと…………っ!……っ、…………はぁ」
ホンダの差しだした布を口に入れようとした瞬間、ナイフは右の手のひらを貫いた。
口を閉じていなかった分、声をとどめるのが辛かった。
かみ締めるなんてことすらさせない、か。
「いい子ですね、アルフレッドさんは」
「君は……っあいかわらず、意地が、悪いね……」
「お褒めいただき光栄です」
ホンダは二本目のナイフを床から抜いた。
カタカタ震えている人質たちにむかいあって、アルフレッドは安心させようと手を上げる。
「オレは…こんなのっ、痛くもかゆくもないから、大丈夫…なんだぞ。大船に乗ったつもりで、―――っ!」
背中から刺された。
安心させようとしての行動だったが、女の人はとうとう吐いてしまった。
それでもありがたいことに、声だけはあげていない。
ごめん、辛い思いをさせて。オレが強かったなら、簡単に救いだすんだけど。
「ふふ、ステキですよ刑事さん……すごく興奮します」
ホント、声だけでもアーサーがいればもう少し不安感は抜けているだろうにな。
死ぬ気で声を抑え、人質たちの不安を煽らないように笑っていることしか今のアルフレッドにはできない。
