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Get my reason   -自覚 4-




キク・ホンダがコンビニに立てこもった事件。
過激な状況を目撃した多数の人質により、死者ゼロ名のその事件の異常性がマスコミから世間に伝わり、1・2ヶ月は病院にもマスコミが殺到して大変だった。
「何ヶ月で歩けるようになるって?」
「あと二ヶ月は要るって言われた。ヒマっだぁー、それまでデスクワークしかできないなんて地獄だぞ」
「ていうか、お前、まず家に帰って奥さん安心させてやれよ」
「ちゃんと電話してたから、君に心配してもらわなくても大丈夫だぞ」
フランシスは、俺の恋人は世界中の女!と豪語していまだに特別な女を作っていない。
責任ある仕事は家で支えてくれる人がすごく重要だと思うけど、恋愛感についてはこの相棒と気が合ったためしがないので黙っておく。
アルフレッドはようやく退院許可が出て、ゴロゴロと車椅子で署に戻ってきたばかりだ。
まだ操作に慣れてなくて壁に激突したりすると、すぐにフランシスが方向を修正してくれた。
「世話かけて悪いね!」
「こんなのより、お兄さん的にはキクちゃんのとこに行くほうがよっぽど迷惑だよ」
「あれ?君キク嫌いだっけ?」
「いやかわいいと思うけどー……怖ぇもん。うっかりアルって呼んぢまったらって思うとさ」
刑事が犯罪者におびえるなんて、と思うかもしれないが一部では同意する。
会わなくていいなら一生、会いたくないとアルフレッドも思う。それが叶わないのはヒーローの宿命だ。
だったら真っ先に会ってやる。
アルフレッドは退院したその足で、相棒とホンダの入っている独房へと向かった。



「やぁ、ホンダ」
「アロー、キクちゃん」
「おや、お久しぶりですアルフレッドさん、とおヒゲさん」
鉄格子のむこう側でホンダが顔を上げる。
だが挨拶がすむと、すぐに彼は本にむきなおってしまった。
以前、ホンダの食事中に会いに来てしまったときのことを思うと、挨拶を返すだけ成長したのかもしれない。
「……人がせっかく訪ねてきてるんだから、本は置いておくべきだと思うぞ」
「今、いいとこなんです」
「それくらいは礼儀だぞ、君は礼儀を欠くのかい?」
やっぱり勘違いだな、と思う。
もしホンダがアルフレッドのことを恋愛感情的な意味で好いているなら、もうちょっとまともな反応があっていい。変な勘違いをした、ホンダに常識なんて通用しないんだ。
「犯罪者に礼儀を問うなんて、ほんと面白い人ですね」
ホンダはようやく読んでいた本を閉じた。
「お怪我はもうよろしいんですか?」
「車椅子でだけど、出歩けるようにはなったぞ。……ってか、君がつけたキズだろ」
なにを気遣うようなことを言うんだ。
「あなたが礼儀礼儀って言うから、従ったんじゃないですかー」
「ははは、そのとおりだ。キクちゃんの勝ちだな」
ホンダに賛同してフランシスが笑った。
確かに退院したばかりの相手に対して、先のホンダの言葉は礼儀を尽くしている。怪我させた当人でなければ。
「オレは負けてなんてないんだぞ、今回の事件だって勝ったしね!」
「ええ、すごく恰好良かったですよ」
恰好良いと言われても、正直ふりかえって、自分でそう思うところは少ない。
「……褒められてるのかけなされてるのか、まったくわからないよ」
「そーだなぁ、代わりに刺されてただけだもんな」
それはそうだが、人に言葉だけで言われるとかなりムッとくるものがある。
アルフレッドがいなければ、人質だった6人が6人ごと刺されて死んでいたかもしれないのだ。
相棒であるがゆえの無遠慮なフランシスの物言いに、アルフレッドが言い返そうとする前にホンダが割りこんできた。
「そんなことありません、アルフレッドさんは6人の命を救いました。自身の苦痛と引き換えにですよ、本当かっこよかったです」
「……ホンダ?」
まさかアルフレッドをかばう発言をするとは思わなかった。
ホンダにそう言われたフランシスは、頭をガリガリかく。
「あー……、悪い。お兄さんの言いすぎだな。相棒なのに見てることすらできなかったから、ちょっとねー」
自嘲しているフランシスもはじめて見た。
アルフレッドの相棒でありながら何年も先輩であるフランシスは、知識経験直感、常に先導する形でアルフレッドを引っ張ってきた。そんな彼が今度の事件では何もできなかった。それは事情を知るものならば確実にフランシスのせいではなく、ホンダの趣味嗜好が原因であるのだが、見た目や言動とは裏腹に責任感のあるフランシスは辛いと感じていたのだ。
「いままでやられっぱなしだったからな、やっとオレの時代が来たってことだね!」
「……ばーか、まだ追い越される気はないよ」
おちゃらけるとフランシスは上手く返してきて、見たこともない表情はかき消えてほっとする。
ほっとしてしまう自分はやっぱりまだフランシスに頼ってるということがわかってしまい、悔しい思いにかられる。
「ていうか、傷つけた犯人が言うなよなー」
「それを言うなら、見てもない人が言わないでさい、ですよー」
ホンダとフランシスは相容れないのかと思っていたが、フランシスが”アル”呼びさえしなければ割と仲がよさそうに見えた。
笑う二人になんとなく違和感を感じるが、よくわからないので気にしないでおく。
「しかし、キクちゃんがアルフレッドをフォローまでするとは思わなかったな」
フランシスがにやにやとアルフレッドとホンダを見てくる。
たしかにそれは、アルフレッド自身も驚いた。
「フォロー?事実を言っただけですよ」
「褒めてくれるのはありがたいけど、血だらけでぼろぼろで……オレ、全然ヒーローらしくなかったぞ」
最善はホンダを倒して人質を救出することだった。身代わりになることしかできず、無様な姿をさらした自分を恥じている最中だっていうのに、ホンダが真顔で言うから、いたたまれない。
「どんなとこがよかったの?」
見かねたフランシスが助け船を出してくれた。
「お腹を刺したときなんて、すっごくいい顔してましたもん。アルフレッドさん」
あまりに普通の会話してたから、ホンダがヘンタイだということがすっかり頭から抜けていた。
そういえば、ナイフを刺す時、ずいぶん近い位置から顔をのぞきこまれていた。罰ゲームの対象である声が出たかどうかを確認しているのかと思っていたが、顔を見ていたんだと修正しておく。
「う、うるさいな!すっごく痛いんだからね、なんなら君も刺されてみなよ!」
「刺されましたよ?」
「…………え?」
あまりに平然と言ったホンダの言葉の意味が、とっさには頭に入ってこなかった。
ホンダはあくまで平然につぶやく。
「……息子が、少しでも周りの子とちがう。それを受け入れることは、普通の父には難しかったようで。ほら、私って一応天才児でしょう」
自分で自分を天才と言っても嫌味にすらならないほど、ホンダは本物の天才だ。
「幼いころは分別がないですから、ずいぶん気味の悪いガキだったんです。5歳で親にはとうてい聞き取れない外国語をペラペラ喋ったり」
「……そんな報告、受けてないぞ」
「不本意な汚い過去っていうのは、消したくなるものですよ人間」
データによると、ホンダはハッキングも得意である。これでは自分で消してやりましたと言っているようなものだ。
消したいほどの過去。
紙面上ではこれ以上ないほど恵まれた天才出世コースだったし、それは事実だが、それとは別に隠された真実もあるんだろう。
本人によって隠された過去は、ホンダにどんな影響を与えたのだろうか。
「……見てみますか?傷」
ホンダは無表情のまま自身の囚人服に手をかけて、アルフレッドに問う。
傷跡、つまりホンダの受けてきた虐待、またはそれに準ずるものの痕跡だ。
ホンダが天才だとわかり、両親が離婚する8歳までの期間にうけたキズ。あるいはそれ以降も施設でもうけたのかもしれない。どんな場所であっても、異端というものはつまはじきにされやすい存在なのだ。
「やめとけ、アルフレッド」
そんな長期にわたって受けた傷が、ボーダーの服の下に隠れている。
フランシスが忠告してきたが、嫌なことから逃げてちゃ、犯人の心に触れなきゃ、いっこうに解決しないと思った。
あせって返事をする。
「見るよ!……見る」
「ふふ、おやさしい……」
ホンダは軽く笑うと、パッと服から手を離した。
「そんなの嘘ですよ。ぜーんぶ。信じちゃいました?」
「……ホンダ、君ってやつは……!」
アルフレッドはホンダの過去に触れる覚悟も決めていたというのに、ホンダはくすくすと笑う。
どくん、どくんと鼓動も鳴りはじめた。不敵に笑うホンダを前にしたときはいつもこうだ。命の警告――ホンダはいつでも命を刈りとる危険があるということか。
「刺してみるのもいいかもしれませんねぇ。アルフレッドさんと同じ位置に傷跡を共有してみるのも、また一興」
にこにこ、気味の悪い笑みを浮かべてホンダに、鳥肌が立った。鼓動の激しさもひとしおだ。
アルフレッドは目の前の犯罪者の神経がわからなかった。
「すっごーーーっく、痛いから。やめるんだぞ」
「考えておきます」
ホンダがどういう結論に落ち着いたのかわからないが、ひとまず話はひと段落ついた。
アルフレッドはホンダにまた来るよ、と言って車椅子を回転させようとしたが、鉄格子奥のホンダに呼びとめられる。
「いつもの、言っていただけないんですか?」
「いつものって?」
「あ、あれじゃん?強盗、万引きやっちゃダメーのなんのっていうアレ」
こくこくとホンダが頷いた。フランシスに言われて思い出す。
毎度毎度軽犯罪でホンダが牢獄に入れられるとき、いつも口約束していた。
単なる口約束だが、約束したことに関しては本当にホンダは再犯しない。人を殺しちゃ駄目、だけはうんと言ってくれないが、他の犯罪も、軽いとはいえ減らしておくべきだ。
そうは思ったものの、心に引っかかっている棘があった。
根っこに生えている棘で、警察という立場からするとこれは言わないほうがいいのかもしれない。
「……ホンダ、いまさらだけど」
「?なんですか?」
でも、先に抜いておきたい。それはずっとずっと前に、はじめに抜いておくべきだった棘だ。卑怯な棘だ。
アルフレッドにとって後ろめたい、なんて初めての体験だった。
それをいままで伸ばしたのも、普段の自分からすると信じられないくらいだ。
「君がオレを気に入ったのって、あれだろ。君が犯人だってはじめて探りだして、そして家突入の時に念のためにフランシスを配備してたってやつだろ」
なぜか、アルフレッドはここで一息ついてしまう。
ホンダはくりくりした黒い目でじっと見つめている。
目をそらしたい衝動にかられたが、どうにかこらえて、ホンダの目を見据えて言った。
「あれ全部、やったのフランシスだから、オレに傾倒するのは大間違いなんだ」
横にいるフランシスがどんな表情をしているのかわからない。
ホンダは離れるだろうか。アル、と呼ぶ人に過剰反応しなくなるだろうか。もうわざと捕まりにくるなんてことをしなくなるだろうか。それはちょっと歓迎できない、警察的に。
ホンダはくす、と笑った。
「そうなんじゃないかって思ってました。だってアルフレッドさんっておバカですもん」
「バ、バカ!?バカって言うほうがバカなんだぞ!」
我ながら小学生のようになってしまった。これではバカと認めているようなものだ。
フランシスも耐えきれなかったようで、ぶは、と隣で吹きだしている。あいかわらず失敬な男だ。
「今はもうそんなの関係ないです。アルフレッドさんがお気に入りなのは、変わりません」
ホンダはアルフレッドに恋愛感情を抱いている。
ホンダの顔を見ていたら、アルフレッドの脳裏に、捨てたはずの妙な考えがポンと再浮上してきた。
いや、待て。それはもう捨てたはずだ。
アルフレッドは必死でその思考を追い払って、平静を装う。
「あー……キク。立てこもりはもうするなよ、それと人質にとるのも駄目なんだぞ!」
「いえっさー!」
ふわりと笑ったホンダは、なんとなく嬉しそうで、少年のような見かけ相応だった。
ひさびさに好印象をもったホンダの笑顔だが、なぜだかアルフレッドの警告音は小さく鳴った。どこに危険があるんだろう。



アルフレッドが慣れない車椅子と奮闘しながら、出口へと向かっていく。
それを見届けたフランシスは、そっとホンダのいる牢獄に残った。
アルフレッドが去れば、警察などに用はないのか、もう読書に戻っているホンダの背中に話しかける。返事が返ってこなきゃこないで、それもまた収穫だ。
「たしかに、検閲されたみたく綺麗な過去だったよ、お前さんの。……嘘だって言ってたけど、ホントなんだろ?」
「それがあなたに何の関係が?」
返事が返ってきたことに驚くも、ホンダは本から顔すらあげていない。
「なーんにも。気になっただけ」
彼の細い体には、無数に傷が走っているんだろう。職員に聞いたことがないので定かではないが、刃物傷も無数にあるはずだ。
同情の余地はあるが、これはあの元気坊主には伝えなくていいことだ。
余計なことはアルフレッドには入れてはいけない。一瞬の同情がミスを誘発することもある。
「アルフレッドには言わないから安心しろ」
無言ではあったが、カタン、と小さく物音がした。
こちらの予想以上にアメリカ最凶犯罪者はアルフレッドに執着しているらしい。
期待してなかったが、それはもう、大層な収穫だった。









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自覚編、完。
10.3.30