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Get my reason   -自覚 1-




人を殺すこと?私にとっては、食事のように、睡眠のように、性欲のように、生きていくうえで欠かせぬものです。
いえ、むしろそれ以上なのかもしれません。人を殺すことをやめれば、私の精神は崩壊の一途をたどるでしょう。それは断言できます。
だって、あんなに楽しいことを、我慢するなんてもう考えられない。
逆に聞きたいです。どうしてあなた方は我慢していられるんですか?大量の血と臓物がただ一枚の皮で形を維持している、そんな人間を引き裂いてみたいとは思いませんか。
あふれだす血を浴びてみたい。
自分が死ぬわけがないと過信している人間の、死を間際にした表情を刈りとりたい。
そんな激情にどうして逆らおうとするんですか?





ブルルルルルル、机の上でバイブ音がしている。
まだ寝ていたいが、ヒーローとして電話をとらないわけにはいかなかった。
特に本部という文字を見ると。Hello?と答えるまえに、むこうが喋りだした。フランシスだ。
「アル!さっさと出てこい、お前の出番だぜ!」
あれ以来、フランシスはめったに会うことのない犯罪者の言葉を忠実に守るわけもなく、ホンダの前だけ気をつけているといった風だった。噂を聞いた同僚も同様である。
「今日、非番じゃなかったっけー……」
「いーから、お前じゃないと駄目なんだよ、上層部の命令でな。詳しい話は後でやるから、早く起きて来い!」
そこまで言われるとヒーローとしてはこのまま二度寝するわけもいかない。
のせられてやるか、とアルフレッドは署を目指した。



「フランシス!」
「遅ぇよアル!行くぞー、お前の役目だからな」
署についたアルフレッドを見て、フランシスはいつもの、刑事にしちゃ少々派手に思えるコートをとって、さっさと事務所を出る。アルフレッドも後に習った。
「非番の日にわざわざオレが呼ばれるなんて、ようやく彼らはオレをヒーローだと認めたんだね?」
責任添加してやる、と半ばこじつけ気味に自分の第一で最大の願いにイライラを結びつけてみた。
そんなアルフレッドの横で刑事には到底不向きな真っ赤なスポーツカーを操縦している相棒は、ギザったらしくハンドルを扱いながらため息を吐く。
「アルフレッド。休日つぶされた腹いせに期待するのは個人の勝手だけどな、俺も休日つぶされてんの。お前を慰めるのも仕事に入れなきゃダメか?」
こじつけだったために、フランシスのセリフの前半に対する文句はいつものように出てくることはなかったが、後半にも黙らされたのは、それが真実だからだろう。
「……どんな事例なのさ」
「んー、俺、お前を確実に連れだせとしか知らされてないんだよな。立てこもりだとかいう話だけど」
フランシスがそう言い、アルフレッドの頭にぽつりしみが浮かぶ。
横のヤサ男にも似たようなしみが浮かんだらしい。
「……なぁアル、まさかとは思うが」
「言うな、頼むから言わないでくれるかい」
ヒーローの頭に悲劇は必要でも、しみは必要ないんだぞ!
二人とも黙りこむことで現実から目を背けていたが、しみは広がることはあっても消えることはない、徒労に終わった。
神に祈りながらスポーツカーを降りると、息せききった上司が豊満な腹を揺らしつつかけてきた。
「アルフレッド!」
その瞬間、アルフレッドの頭のしみは現在的なものへと変わった。
普段、アルフレッドの上司は同僚は、彼のことを親しみをもってアルと呼ぶ。
わざわざかしこまってアルフレッドと呼ぶのは、せいぜい説教するときか、最近は、
「ホンダがコンビニに立てこもってるんだ」
そう、ホンダがいるときくらいなものだ。
彼はアルフレッドのことを誰かがアル、と親しく呼ぶと、何故かブチ切れる。頭が少しイカれてる知的で穏やかな男、から急激に、すべてがイカれてる凶悪殺人者へと変貌するのだ。
予想が的中して、アルフレッドは肩を落とし、フランシスは吹きだす。
「お前じゃないと、話し合いも交渉もいっさい受けるつもりはないって言っててな。人質が女子供を含む6人だ」
人質がいる以上、笑うべきでないのだろうが、極悪犯罪者が一介の刑事にこれほど執着しているのを見ると笑う以外に無いとフランシスは言う。
だが、それもある程度は仕方ないと彼にフォローを入れたい。
都心のコンビニで、有名連続殺人犯に6人もの人質をとられている。
それを把握した状況下で警察側の用意した人員は、三桁以上、特殊戦闘員も三班配備しているし、警視総監まで顔を出している。
完璧な包囲網の中で、特殊戦闘員も警視総監も、みんな、ただの一介の刑事であるアルフレッドの到着だけを待っていた、という状況なのだ、笑うしかないという気持ちもわからないではない。
ため息をつき、警備陣がとりかこむコンビニに向かおうとすると、腹のでっぱった偉そうな男が立ちはだかる。
アルフレッドは男に見覚えがなく、横にいるフランシスに振ってみた。
驚いた顔をされる。そして瞬時に、頭を押さえつけられた。
「何するんだい、フランシス!」
「おまえ、警視様の顔も存じあげないのか。すいませんねー、こいつアホで」
「警視!?」
フランシスも笑顔でその肥満気味の男に会釈する。
「かまわんよフランシス。それよりジョーンズ?」
「なんだい?」
「このホシ、お前の恋人だって噂は本当かね?」
ホンダの無茶により、ただの正義感溢れる新人アルフレッドの名前は否応なく警察内に広がっていた。そう、警視殿の言ったような意味合いで。
一部にはアルフレッドが、ホンダのたび重なる脱獄の手助けをしているとまで言われるほどだ。
「ヒーローは悪を憎んでいるんだぞ!」
だから絶対、そんなことはないし、恋人なんてありえない。
「そうか……。なんにしろ、お前に執着してる奴だ……死者は出すなよ」
「言われなくても!」







フランシスは途中でついてこなくなり、アルフレッドだけがコンビニに向かう。
入り口付近に来ると、特殊戦闘員に注意を呼びかけられるが、気にすることはない。
なんせ自分はお気に入りだそうだから。とめる声を聞かず、店前にたつ。
どこの郊外にあるさびれた店だ、といいたくなるほど静かだが、それとは違う緊張感が漂っていることが、立てこもりだということをアルフレッドに伝えていた。
「ホンダ!来たんだぞ!」
ただの侵入警官と間違われては人質に申し訳が立たない、と大声を上げれば、入り口からまずは幼い女の子が出てくる。その直後に、ホンダがそろりと顔を出した。
「おや、アルフレッドさん。こんにちは、奇遇ですね」
「こんにちは!白々しいな、君がオレを呼んだんだろ」
「バレちゃいました?わざわざご足労感謝します刑事さん」
ホンダはケラケラ笑ってぺこり、と頭を下げた。
犯人が一人しかいない場合、人質、銃口、警察から目を離すのは一瞬たりとも致命的になりうるのに、ホンダはそういったことをするのに一切のためらいがない。
そんなことをしなくとも、周りに注意くらい払っていられるし、捕まらないと思っているのだ。
ホンダは頭が切れるだけでなく、柔道に剣道、中国古武術やムエタイまで会得していると聞いている。
ホンダに促されて、アルフレッドはコンビニの中に入った。
「話す時間はとるからさ、その子を離すんだぞ」
「イヤですよ、せっかく静かになってくれたところなんです」
本田の最大の武器は彼の体自身、つまるところ素手であるが、手っ取り早く人の恐怖をひきだせるのは銃よりは刃物だ、との理論より本田が愛用しているのはナイフである。
「君、いつか悪人しか殺さないって言ってなかったっけ?」
「言いましたね。でも、こうするしかなかったので」
「?」
「おいおい、理由はわかりますよ」
手に持ったナイフをぺしぺしと女の子の首に触れさせている。そのたびに、少女のか細い息を呑む音が聞こえた。
「ホンダ……まだ君は殺したくてたまらないって時期じゃないだろ」
「さぁ、どうでしょうね?」
「オレは君の事を調べてみたけど、君が殺人を犯す間隔は最低1ヶ月は間隔が空いてる。そして君が人を殺したのは先週の話だからね」
そして一度捕まえたはいいものの、案の定逃走されて、今のコンビニに立てこもり案件に至っている。
「私もアルフレッドさんのことたぁくさん知ってますよー。まだ刑事歴1年目の新人で、妻帯者で、でも子供はおらず、ヒーロー志望で、ブラコンのお兄さんが警察幹部にいらっしゃる」
たしかに兄のアーサーは若くして警視総監クラスだ。先ほどの出っ腹よりよっぽど位が高い。すぐに抜かしてやるけど。
「もし、一ヶ月以内に殺した場合は警察に知られないようにしているとしたら?」
「ありえないね」
「……私は殺さない、だけで一ヶ月間殺せないわけではありませんよ」
「習慣ってやつは、なかなか取れないって言ったの君だろホンダ博士」
ホンダが大学生、教授時代に書いた論文は一応全部目を通した。
アルフレッドには理解できないものも多かったが、哲学的なものならわからないこともない。そのうちのひとつだ。
「私の、読んでくださったんですか!嬉しいです」
両手を合わせて、ホンダはにこやかに笑う。
普通なら、人質から銃口をそらしたということで、隙アリ!ってやつだろうが、アルフレッドは様子を見守る。
隙だらけっていうのなら、アルフレッドがここにきたときからずっとホンダには隙しかない。それははじめて出会ったときも同じだった。
そして、今と同じように、常に警告音がどくんどくんとアルフレッドに忠告していた。
刑事になってから、こんな重大な事件を任されたことなんてなかった。
そもそも、初めての殺人事件がホンダだなんてキツすぎるのに、今度はホンダの立てこもりだなんて、本来ならベテラン中のベテランが交渉に当たるはずだ。
「刑事さん。私の手が届くくらい、そばに来ていただけます?」
「なんだい……?」
とくに主な武器がナイフなどのとき、犯人ととるべき距離というのがある。
しかしそう言っている状況ではないんだろう。人質は6人もいるのだ。
アルフレッドは言われたとおりにホンダに近づく。
ホンダはアルフレッドをぐいと引き寄せると、後ろから抱きしめた。
「ちょっと!?」
何するんだよ、と抵抗しようとすると、ぴたりと首にナイフを突きつけられた。
一瞬ひやりとするが、ホンダに自分を殺す気はないはずだと思いなおす。
ホンダはアルフレッドの体に複数ついていた、盗聴器の類やマイクをすべてはずすとふみつけて壊した。
そんなのどうでもいいから、アルフレッドはなにがなんだかわからず震えている女の子に声をかける。
「きみ、今のうちに逃げるんだぞ!」
「……っ」
「動いたら殺しますよお嬢さん」
女の子が動きだすまえに、ホンダが動いた。
アルフレッドにはナイフをつけたまま片手でひきよせ、女の子にはもう片方の手にある拳銃で狙いを定めた。
「……ひっ!」
「ホンダ!きみナイフ派だろっ!」
「よくご存知で」
ホンダはくるりと拳銃をまわすと、女の子にもう一度「動かないでください」忠告してそれをしまった。
一応の危機は去ったと、ふぅと息をつく。
「……アルフレッドさんて、私には殺されないって思ってますよね。お顔が余裕ですもん」
「あー、まぁね」
そりゃ普通の人よりは危険だと思うし、首にナイフが触れてる恐怖もあるが、それでもホンダは自分を殺さないだろうという自信がある。
たとえ殺すにしても、もう少し派手なことをしてからだろう、と思う。
たとえば?
たとえば、人質6人を目のまえで殺したあと、とかだ。
「笑顔のアルフレッドさんも素敵ですが、初対面の時みたく、死の恐怖に揺れる顔や、痛みに耐える顔のほうが好きなんです。ああいう顔を、もう一度見たい」
ホンダは首にゆるくナイフを当て、皮一枚といったふうに傷をつくる。血がたれているのがわかった。
初対面のときって、腹に刺されたときか。
「…………出血多量で死んじゃうぞ?」
「ご存知ですか?私、医師免許とっているんですよ。その意味、おわかりになりますか?」
ホンダが緩やかに微笑んだ瞬間、どくん、と警告音の音量が増した。
医師免許を持っている。アルフレッドを殺さずに、ナイフを刺したい。
「確かに私はあなたを殺せないかもしれない。だから死におびえる顔は難しいかもしれませんが……もう一方は」
それはつまり、重要器官や重要な血管を避けて、刺し放題。止血もやりながら、刺し放題ということだ。殺さずに苦痛を与え続けることができる。
ホンダはアルフレッドの首に当てていたナイフをそっと左の手のひらに移動させると、止める間もなく、ナイフをずぶりと埋めこんだ。
「うぁっ!……ぐっ」
「きゃあああああああーーーーー!!!」
突然の痛みに思わず声をあげると、おびえた女の子が大きく悲鳴をあげた。
「うるさいですね……」
ホンダが煩わしそうにそっちをみて、あろうことか銃をかまえた。
こいつ撃つ気だ。
そう思った瞬間、アルフレッドはホンダの腕をふりはらい、体を女の子とホンダの間に割りこませた。
パァン、と銃声が一発なり響いた。
「ーーーーーっ!!」
「……おや」
ホンダが撃った弾はアルフレッドの左肩に命中した。
焼けるような激痛が肩を襲う。それをかばおうと動くと、ナイフが突き刺さったままの手のひらまで痛む。
残りの人質がそっちにいるのか、銃声のおかげでコンビニの奥のほうからざわめきはじめた。
目のまえにぽろぽろと涙を流す女の子が目に入り、アルフレッドは安心させようと無理やり笑った。
「怪我……ない、かい?」
「……っあ、っ……!」
女の子がまたしゃくりあげようとするので、ガッツポーズをとって励ました。
「オレは、平気……だぞ。だから、君も…笑ってて…くれよっ」
「う、うん……っ!」
精神力で笑ったが、肩の痛みで立ってはいられず、片ひざをつく。
その傍に女の子も腰をぬかして座りこみ、アルフレッドのそばにはホンダもしゃがんだ。
何をする気かと思えば、自分が撃ちぬいた肩の傷をみているようだ。
「大事な部分は、傷ついていないようですね」
「自分…でやっといて、よく、言うよ……」
「私が狙ったのは刑事さんではなく、こちらのお嬢さんです」
カチャリ、またホンダが女の子に銃をむけた。女の子が恐怖に震える。
「ホンダ!」
「なんちゃって。……アルフレッドさんを撃ったのは不可抗力でしたが、いいことを見つけました」
ホンダはくるんと腰に拳銃をしまう。
ピンと人差し指をたてて提案した。
「ゲームをしませんか、刑事さん」









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こんどはフランシスさんいいとこで助けにきちゃくれません
10.3.30