爺と孫 3
ご馳走様でしたたいへん美味しかったです、本田は手を添えてそう言った。
ロヴィーノらは久しぶりのマトモな食事にありつけ、ひさしぶりの満腹感に光悦していた。
かと思えばフェリシアーノはすぐに友人ルートヴィッヒを追いかけて厨房の奥に入りこんで、すでにロヴィーノらから姿は見えない。
「すみません、店長さん、ここのレシピ教えていただけませんか?」
「はぁ?レシピってお前……言うのもなんだが、全部お手軽庶民料理だぜ?そんなの知ってどうすんだ」
ギルベルトがしごく当然の疑問を口にすると、本田はすこし逡巡して答える。
「大衆料理って、おなじものでも個人個人で味が違いますでしょう?国に戻ってこの味を再現してみたいので、ご迷惑でなければレシピを」
「それにしたって、質より量と価格メインのウチがそんなに美味いわけねーだろ、グルメ国出のくせして」
ギルベルトの言うことはもっともだ。
ここドイチェは安く多くがモットーであり、一応エスニック系で統一してはいるが、味など二の次だ。だからこそ、ロヴィーノらもごくまれにごちそうを食べに、立ちよることができている。
いまの双子の現状からすればドイチェの料理はごちそうにはまちがいないのだが、やはり味はイマイチであることはわかる。
幼いころは、双子にもまだ保護者がいてもっとおいしい料理を食べていたから、いちおう舌は肥えているのだ。
ギルベルトはメモにざっとレシピをメモすると、本田にわたした。
「ありがとうございます」
「アンタ、ホンダつったっけ?」
「はい、そうですが」
「……ロヴィーノ、こっち来い」
ギルベルトが恐ろしい顔をして、本田をにらんでいた。
「この双子な、いちおう気にかけてんだよ。ルートの幼なじみだし、最後最後の頼りどころぐらいにはなってやりてーって思ってる」
そういって、ギルベルトはロヴィーノの頭を乱雑になでる一方で、調理に使っていた包丁をもてあそぶ。
「お前、なんの目的でここに来た?……ことと次第によっちゃ、帰せねーな」
本田が困ったような表情をしているのを見て、ロヴィーノはようやく現状を把握する。
ギルベルトは本田をうたがっているのだ。
ロヴィーノらに昼食をちゅうちょなくおごり、金持ちのくせしてこんな大衆店に入り、質のわるい料理のレシピを聞く。
うたがっても仕方ないのかもしれない、なにしろ、まったくこいつの目的がわからない。
困ったような笑顔をはりつけている本田と、ガンをとばすギルベルト。
空気が張りつめる。ピキン、と水割りの氷がわれた。
ああいやだ、これだから変なのとは関わりたくない。はじめに本田に接触したのはロヴィーノだが、棚あげしてそんなことを考える。
「……しかたないですねぇ、白状しましょう」
さきに本田が折れた。
水割りをふくみながら、なぜかうれしそうな微笑をたずさえつつ、本田はつづけた。
「私、この二人を養子にしたいと思っていまして」
ガシャン。
「………………は?」
ギルベルトの手からお盆が落ちて、数秒おくれて声が漏れた。
「ああもちろん、日本に連れて帰りますよ。こちらに永住する気はないので」
白状する、と言ったわりにはなんでもないことのように言いはなった本田。一方ギルベルトはあんぐりと口をあけまぬけな顔をさらしている。
ギルベルトの反応からすれば、とんでもないことを本田は言ってのけたんだろう。だがロヴィーノにはよく理解できなかった。
「ハァァァァ!?」
ギルベルトがもう一度、本格的にさけぶ。
「あれ?私もしかしてなにか間違いました?」
「おい、ヨーシってなんだ?」
「あ、養子はですねぇ……ロヴィーノくんやフェリシアーノくんが私の子供になることですよ」
「……オレらはおまえのガキじゃねーだろ?なにいってんだ?」
本田の言ってる意味がわからなくて、ロヴィーノが首をかしげる。
本田が答えるかわりに、一時停止していたギルベルトが再生して説明してくれた。
「こいつは、お前らを子供としてひきとって世話したい、っつってんだよ……」
「…………は!?」
養子にする、の意味を理解して、ロヴィーノもようやくおどろく。
「うわぁ、店長さんとロヴィーノくん、反応そっくりですねぇ」
「ヨーシにするって、オレらか!?なんで!」
本田の考えてることがわからなかった。
こういう日本人に人気なガキというのは、大方どこぞのおちぶれた貴族の子供なんかが多い、行儀もいいし。一方、双子は産まれは平凡、育ちはわるい。
というか、そもそも、子供ってのはもっと物心のついてない年代のヤツとかをひきとるんじゃないのか。そうでなくても若い本田だ、幼い子供をひきとらなければ違和感バリバリになってしまう。
ロヴィーノの知ってることはそれくらいだが、本田が双子を養子にしようとする異常さはわかる。
どちらにしても先ほど出会ったばかりのジャポネーゼの考えなんてわかるわけもなく、顔を見あわせてあぜんとし、本田の言葉をまった。
「ヴェー、どしたのにーちゃんたち。おっきいこえだして」
なにか言葉を発するまえに、店の奥からフェリシアーノとルートヴィッヒが出てきた。
「養子って……どういうことだ、にいさん」
「?ルート、ヨーシってなにー?」
フェリシアーノよりルートヴィッヒが2歳年上なだけのはずだが、その知識には天と地ほどの差がありそうだ。ロヴィーノが言えたことではないが、自分たち兄弟に怠けぐせがあるのはうなづかざるをえない。
「オレ様が知るかよ、つかテメー説明しやがれっ!」
ギルベルトが本田の襟元をつかんで、そう詰めよったが、すぐに客に呼ばれてしまって、そちらにむかった。
ロヴィーノとルートヴィッヒが本田にむけて最大の警戒をし、ひとりキョトンとしているのは状況がわかっていないフェリシアーノだけだった。
食事が終わっていつまでも長居するわけもいかず、席をたとうとすると、ギルベルトがどなった。
「オイ待て!……っチィ。おいルート、こいつをトーニんとこに連れてけ」
そう言って、ギルベルトは少しのユーロをルートヴィッヒになげた。
「アントーニョ?なぜだ?」
「オレ様は手を離せねーからだ!いいな、ぜってージャポネーゼの勝手にさせんじゃねーぞ!」
ということで、店に来たときより一人だけメンバーがふえた。そしてなぜか目的地も定まった。
ただロヴィーノは同行人が気にくわない。
「なんでジャガイモヤローがついてくるんだよ……、トーニのとこくらいオレもいけるっつーの」
「おれにいうな。にいさんにいってくれ」
とはいえ、店に来たときよりナゾがふえた本田相手に自分ひとりでは少し、心もとないのでその部分ではたすかる。
弟には心配かけないように養子のことは言わないことにしたので、フェリシアーノのなつきは続行だが、そこはルートヴィッヒに阻んでもらっている。
とはいっても、本田、ルートヴィッヒ、フェリシアーノの並び順であるというだけだが。
「ヴェッ、ホンダさんトーニのとこいくの?」
「はい、その予定です。……徒歩ですかね?それとも交通機関を?」
「うー、あるくと、こっから2じかんくかかっちゃうよ。おカネがあるんならバスがオススメー」
「ではそれで」
もちろん双子が乗り物を利用することなどないが、観光案内のためには時に説明し、時に乗らなければならなかった。
とりあえず最寄りのバス停にむかう。
本田がとなりにならぶルートヴィッヒに話しかけた。
「ルートくん、でしたっけ?申し遅れました、本田菊と言います、本田がファミリーネームです」
「……ルートヴィッヒ・バイルシュミットだ」
歩みをつづけながら本田が聞けば、ルートヴィッヒは警戒心まるだし、といった風に答える。
「ドイチェ店長さんの弟さんなんですか?」
「ああ」
「おいくつですかー?あ、ちなみに私は23です」
「……ジジィだな」
「ロヴィーノくん辛辣ですね……」
アジア人だということをさしひいても、まだ成人はしてないだろう、とばかり思っていたので本田の言った年齢にびびる。
ひょっとしたらアジアやらジャッポーネには子供しかいないんじゃないか、とまで思うほどだ。
「おれは11だ」
「お二人より2歳上ですか……。みんな大人びてますねぇ、ふるまいも言動も」
「あたりまえだ、テキトーにいきていけるジャッポーネとはちがう」
見ているかぎり、よく聞く日本の噂と、本田はよくマッチする。
国民全員が平和ボケした国。豊かな国。幸せな国。最先端の国。
とくべつな努力をしていなくても、子供が死ぬことはなく生活に困ることもなく、ホームレスもいない。人々の悩みといえば人間関係くらい。
どれが本当でどれが嘘だなんてロヴィーノには知るよしもないが、本田を見ているかぎり本当だと思えてくる。
そして、自分たちの国とは違うことを思い知らされる。
沈黙がおとずれて、もくもくと歩いているとフェリシアーノが立ちどまった。
「あれ?ホンダさん、なんでオレたちのとし、しってるの?」
たしかに、ロヴィーノにも、年を聞かれたおぼえも教えたおぼえもなかった。
「あははー、まぁいいじゃないですか。それより、アントーニョさんってどんな方ですか?」
「んーとねー、トマトがだいすきで、ごはんたべさせてくれるよ!ふくもわけてくれるー」
「ビンボーだけどな」
「それでもおごってくれてるんじゃんー」
なぜかアントーニョは貧乏なので、なかなか頼るのにも気が引けるのだが、会いに行けばかならずおごりたがるのでどうしようもない。
「アントーニョさんがお好きですか?」
「うん?だいすきー!」
「……きらいじゃねー」
そう言うと、本田は満足そうにうなづいて、また歩きはじめた。
