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きみはペット -10-



深いキスの後、服の中に手を差し入れようとしたカークランドを嗜めて、菊とカークランドはその街路を歩いていた。
そういえば、結局、敬語が癖であるとは言えたのか言えなかったのか微妙なところである。
「それにしても……アーサーさんは弟さんをお好きなんですねぇ」
照れ屋で天邪鬼な性格をもっているのに、アルフレッドが二人のことを恋人らしくないと言えば、その言葉どおりに、名前で呼ぼうとしてみたり、突然家を訪問するという行動に出た。
喧嘩するほど仲が良いというように、カークランドは相当、弟好きだと思われる。ブラコンのレベルで。
「そ、そう見えるか?」
少しだけ不機嫌そうな顔をするカークランド、これは彼の照れかくしの顔だ。
普段から紳士然としていて完璧に思われるカークランドに随分と可愛らしい一面があるものだと、菊は肯定してふふ、と笑った。
「家族って、いいですよね。たとえ血が繋がってなくても、その最たるものは絆で。お互い絆を信じているから、離れるなんて事はないって知ってるから、自分をさらけ出して喧嘩もできる」
菊は血のつながりのない五人の兄弟を思い出しながら話した。
施設からひきとられた”両親”のもとにいた、四人の”兄弟”。
親以上の富豪になりつつある一人の兄、イギリスかぶれの弟、騒がしい弟、可愛らしい妹。妹と喧嘩した覚えはほぼないが、他は誰とでも喧嘩の記憶は色濃く残っていた。もちろん、仲直りした思い出も。
もともと血のつながりなんてない兄弟たちの、いまもまだ残る透明で固い絆。
「血がつながってないって……ああ、フェリシアーノのことか?」
「そ、そうです」
そういえば、カークランドにとっさについた嘘の設定上では、フェリと菊は血の繋がっていない親戚だった。
菊の家族事情を話したのはフェリだけで、カークランドは知らないのだ。
百パーセント違う人を思い浮かべていた菊は、少々とまどう。カークランドは続けた。
「……実は、俺とアルも血、繋がってねぇんだ」
「そうだったんですか?」
大学生のときから、カークランドの話にはたびたび元気な弟が登場していたが、その話は初耳だった。
「なんつーか、アイツが大学行きだしたころから反抗期になったんだが……そうだな、繋がりがあるから喧嘩するんだよな」
しみじみというカークランドだが、菊は嘘付いた後ろめたさから、ゆるやかに肯定するだけにとどめた。
彼が話してくれたということは、いずれは菊の家族の話もしたほうがいいだろう。さすがに今日は精一杯のことをやったので、菊のHPはすでにゼロであり実行は難しいが。
それでもフェリをペットとしていることだけは別である。
いつになっても菊はカークランドには話せないと思う。カークランドとの関係も、フェリとの関係も、いつまで続くかは別にして。
今はこの幸せを感じたかった。
幸せ一杯でいいこと限りなしだが、このまま進めばたどり着く先は菊の家である。カークランドもそれは承知のようだ。
前にもカークランドが家に来たことはあったが、その時は予定がのうちだったためフェリを隠すことが出来たが、今は無理だ。
どうにかしてフェリに連絡できればいいが、カークランドを目のまえにそれは難しい。
「たしかペットを飼っているといってたな。なにを飼ってんだ?」
「……ね、猫です、五郎さんといいます。いつも家にいるとは限りませんが……」
ペットといわれ、一瞬フェリのことかと血迷ったが、うちには五郎さんもいる。
菊のペットは猫である。
嘘ではない、言っていないことがあるだけで。
徐々に家に近づく。どうしようか、とは考えるものの、カークランドに玄関先で少し待っていてもらい、急いでフェリを隠すほかない。中で家捜しみたいな音がしたらすごく不自然じゃないだろうか。部屋が普段は汚いってパターンの設定ならいけるかも?いや、大学時代に部屋を見られたことがあった、NGだ。
隣にいる上機嫌のカークランドをよそに、パニックになっていく菊。
そこに救世主のごとく第三者が現れた。
「あ!おったおったー!」
路地に立っていた見覚えのあるサングラスの男が、こちらに気づいて手をあげた。
以前フェリといたときに出会った、トーニョとかいうラテン系の男だ。正直、救世主なんてものになるかどうかは怪しい。
「よーやっと会えたわぁ、探しとったんやで。嬢ちゃん……って、あれ?」
寄ってきたラテン系の視線が、菊を巡って首をかしげる。
「…………男装中?」
「私は、男、です!」
以前ラテン系と会ったとき、菊は着物を着ていた。異国人から見ればそれは不思議な衣装にしかうつらないだろうが、今は仕事帰りなのでスーツである。確実に、男のいでたちだ。
日本を離れて十年以上は過ぎた、小柄に見えることから女に間違われることには慣れていた。不機嫌になるのは許してほしい。
軽い態度で間違えていたことを謝るラテン系を、カークランドが不機嫌そうに指差す。
「菊、なんだこいつは」
「え、そう言われましても……」
菊もラテン系のことなど何も知らない。
あえて言うならフェリと知り合いということくらいだ。
「えー、あんちゃんってぇことは、自分フェリちゃんのコレってわけじゃないんかー」
「……!!……勘違いもいいとこです」
からかっている口調が頭にきて、低い声でそう返すと、ラテン系がひっそりと耳打ちしてきた。
「なーんて、言うたけど。実際そうなんやろ?そっちーのもそれっぽいし、まさか二股……」
「違いますっ、フェリとはそんな関係では……」
こそこそ、カークランドには聞こえないように話していると、上機嫌だったカークランドの機嫌はいつしか急落していた。
「菊……困ってんなら言えよ?おまえの甥っ子の知り合いか?」
「え、ええ。まあ……」
紳士的態度といえばそうだが、今の状態の菊には辛い対応だ。フェリは甥っ子などではない。
菊が曖昧に答えると、ラテン系がつっついてくる。一応小声にしてくれていることだけ、ありがたいと思っておこう。
「甥っ子ってなんや?」
「話、あわせてください」
有無を言わせぬ口調で言うと、ラテン系は首をかしげつつも納得してくれたようだった。
「まぁええわー。改めまして、オレ、アントーニョ・フェルナンデス・カリエドいうねん。菊ちゃんのフルネームは?」
ラテン系、カリエドは果たして本当に菊が男だとわかっているのか。
「菊・本田と申しますが……」
「菊ちゃん。ちょっと頼みごとがあるんやけど、ええよなぁ。ちょっと顔かしてぇな」
カリエドは不躾に菊の手を取ってひく。
フェリにではなく菊に頼みごとをするという、それに菊も困惑するが、引く力は圧倒的にカリエドが上で、その上強引である。
菊が戸惑っていると、カークランドが間に入ってくれた。
「オイ!嫌がってんだろうが、どう見ても」
「カークランドさん……」
手を止められたカリエドは、不機嫌そうにカークランドを見る。
何かに気づいたのか、カリエドはそろそろとサングラスを上にあげた。カークランドをじっと見る。知り合いだろうか。
「……カークランド?」
「そうだが?」
「おま、その眉毛はアーサー・カークランドか!?なっつかしいなぁ、大学以来やんー」
カリエドはビシとカークランドを指差し、懐かしそうに笑う。
「ああ?」
一方カークランドは眉を寄せて首をかしげた。
「お前……カリエドか?フランシスと居た」
「なんや覚えとおやないかー、名前言った時点でわかれや」
「影薄ィんだよ」
二人は軽口をたたき合う、カークランドの口調はいつもよりずっと質素で、中にはスラングも含まれているのか菊にはいくつか聞き取れなかった。
フェリの兄らしきカリエドが、まさかカークランドと知り合いだとは、世の中は狭いとはよく言ったものである。
大学時代の知り合いとは言うものの、菊もおなじ大学に通っていたのにカリエドのことは知らない。思い返すと、カークランドの友人というもの自分は紹介されたことがなかった。フランシスという名前は辛うじて知っているものの、やはり会ったことはない。菊はカークランドのことを親しい友人だと思っていたのだが彼からはそう思われていなかったのか、と一人落ちこむ。
話が終わったのか、カリエドが菊の腕をふたたびつかんだ。
「じゃ、カークランド、菊ちゃん借りてくで」
「……まて、なんでお前が菊に話しかけてんだ。そのうえ頼みごとだって?」
カークランドがカリエドに凄む。紳士であるはずのカークランドだが、なんだか恐怖を感じるほどの睨みだ。
菊の恋人がフェリ、ということにカリエドの中ではなっているだろうから、またその話に戻ってしまう。恋人だというのは間違っているのだが、言われるとややこしくなりそうで困る。
カークランドには見えない位置で、カリエドにしーっと伝えた。彼は同意したとばかりにウィンクを返してきた。
「あー、あー……そりゃお前……」
だがとっさに理由は思いつかないのか、カリエドは視線で菊に助けを求めてきた。
「っカークランドさん、カリエドさんはフェリの親族だと聞いております。身内の話になりますので、申し訳ありませんが、ここはご遠慮願えますか?」
とりあえず、事態を収集するにはそれしかなかった。
そもそも、ここでカリエドと分かれると、カークランドと菊の家に向かうことになる。そうなれば家にいるフェリの存在が痛い。
カークランドは明らかに納得していない顔だったが、しぶしぶ、別れを告げて去ってくれた。
「カリエドさん。路上で話すのもなんですし……どこかに入りませんか」
「んー、喫茶店でどおや?フェリちゃんには知られたら困るんでなぁ……フェリちゃんおるんやろ?家に」
カリエドは頭に上げていたサングラスを再びかけなおすと、胡散臭く笑った。
カークランドに先に帰ってもらったのは失敗だったかもしれない、と菊は思ったが、後の祭りである。








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菊ちゃんは、アーサーさんと呼べるのは二人きりの時だけです。
アーサーは、菊と呼ぶのに至高の喜びを感じているので(数年越しの恋)、仕事以外では常にそう呼びます。
愛の差かなぁ……


10.3.30