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きみはペット -11-



菊は近くの喫茶店にカリエドと入った。
「しっかし、自分カークランドと知り合いとはなぁー」
「私もおどろきです」
菊は紅茶を、カリエドはパフェを頼み、口をつけないままで話していた。
カリエドのマシンガントークに付き合うと、口をつける暇がないのだ。
「どこで知り合ったん?」
「大学ですけど」
「オレと自分、知り合いじゃないよな?」
「はい」
「あれ、でもカークランドとは顔見知りなんよなぁ」
「……はい」
「へぇぇー、ふぅーん……あ!」
カリエドが何かに気づいたのか、声をあげる。
「菊ちゃんて、カークランドの癒しの君、やろ!」
癒しの君ってなんだ。なんだそのネーミングセンス。と菊は思ったものの、カリエドの中では普通のようだった。
謎が解けたとでもいいたいのか、うんうん、と頷いている。
「オレらのなかで有名やってん」
有名。菊としてはいたって地味な学生生活を送っていたはずだが、なぜカークランドの友人の中で有名になっているのかは見当も付かない。
サルがカークランドの友人などつりあわない、とかそういう類だろうか。噂には疎い菊でもその類の噂なら聞いたことはあったが、そうも広まっているとは知らなかった。
話が途切れると、なかなかカリエドは次の話題に移らない。お互い注文したものをちょいちょいつまみながらの均衡状態である。
話があるからわざわざ路傍で待っていたのではないのだろうか、しかたないから菊が促す。
「あの、お話とは」
「ああ、せやったな。フェリちゃんのことやいうのは、わかってるやろうけど……」
カリエドはかけていたサングラスをテーブルの上に置いた。
薄茶の瞳でじっと菊を見てくる。
「別れてくれ!」
声を張りあげてそう言うと、カリエドは勢いよく頭をテーブルにつくまで下げた。
人のまばらな店内、彼の声は思いのほかよく響き、しぃんと静まって、客たちの視線はすべて菊とカリエドに集中した。
公共な場所で痴話喧嘩しているかのように思われているのだろうか、それも、男同士の。
「ち、ちょっと!頭あげてください。何のお話ですか」
カリエドはゆっくりと頭をあげると、乱れた髪を整えることもせず、じっと菊を見てくる。
ラテン系の強い目、菊に与える影響はフェリのそれと似ていた。視線を合わせるのは苦手なはずなのに、目をそらせない緊張。
「日和んなや、こっちは真剣やねん。フェリちゃんと、別れたって」
「……残念ですけど」
自分はフェリと恋人という関係ではない、と続けたかったのだが、それを待てないラテン系カリエドは派手にテーブルを叩く。
「お前さんも知ってるやろ、別れたないですむ相手じゃないって」
「あの、お聞きくださいカリエドさん」
「頷いてくれるんなら、こっちとしても最大限のことはさしてもらう。でも、断るようなら実力行使もわけないで」
どうにも、菊のまわりに集まる外国人は、人の話を聞かない輩が多いらしい。
フレンドリーな空気をもっていたカリエドが、先ほどから異才の空気を放ってくれるおかげで、未だに店内の視線はこちらに向いている。
「フェリは恋人でもなんでもありません。私の恋人は、カークランドさんです」
「やっぱりー!せやろ。カークランドのなぁ……って、あれ。フェリちゃんのと違うん?」
コロコロ表情を変えた後に、カリエドは小指をつきたてて聞いてくる。
たしかにフェリに襲われそうになったことはあったが、アレはあくまで、フェリが菊の性別を勘違いしたことから起こった、正確に男と知れたからには、もう起こりえない過去のことである。
菊は否定の意味に首をふった。
「先ほどから、そう申しております」
「じゃあ、どういう知り合い?」
眼を飛ばすのをやめ、力を抜いたカリエドが聞く。
もちろん菊は戸惑った。自分としては、もう会うこともないだろうこのラテン系に、人様には大振りふって言えぬその関係を話すのはたいしたことではない。
たいしたことではないのだが、フェリとカリエドは親しい関係、身内かもしれないのだ。そんな関係を切れない相手に、ペットなどと話してもいいのだろうか、逡巡する。
だが、結局ラテン系の目には勝てず、正直さっさと家に帰りたい欲望にも押され、菊は渋々もらした。
「…………ペット、です」
「はぁ?」
「ですから、ペットです。私が飼い主で、私の家でフェリを飼っております」
カークランドさんには甥っ子ですと言ってありますが。
目の前の男は怒るだろうか、呆れるだろうか、それとも狂言だと笑うだろうか。
「はっははは!そりゃあフェリちゃんらしいなぁ」
菊が緊張するのをほおって置いて、カリエドは屈託なく笑った。
「恋人は駄目で、ペットならいいんですか……?」
「いやぁ、そういうことやあらへんけど。でも、フェリちゃんの主人ってぇことは、俺らの家族ってところになるんか」
うんうんと、一人納得するカリエドは、甘ったるそうなパフェをどんどん彼のお腹に納めていく。
それにうっすら吐き気を覚えつつ、カリエドの言葉に菊は首をかしげる。
「家族、ですか……?」
たしかにペットを家族の一員とすることはよくある話だが、飼い主をペット家族の一員にするとは聞かぬ話だ。まあ大方のペットは人語が操れないので、そんな話は聞きようがないのだけれど。
そもそも何故、脅すような真似をしてまで、フェリと菊と別れさせようとしたのか。
男同士だから?ラテン系はその辺のことに甘いというのは偏見かもしれない、そういえば彼らは厳正なるカトリック教徒だ。
というか、お宅の息子さん、ペットにしてますよろしく、なんて話は通じるのか。
通じるのかもしれないなラテン系には。弟さんをペットにしてます、といったら笑い飛ばした兄がいるのだから。
「ま、当然手放してもらうけどな」
「本人が私に飽き飽きしたなら結構ですが、了解できかねます」
以前、珍しく真剣な顔をしたフェリが”まだここに居たい”と言ったのは、家族が連れ戻しに来ることを予想してのことだろうか。
「せやから、フェリちゃんのお家芸のこと考えーって」
カリエドが呆れた様に言う。考えようにも、菊はフェリの過去はなにひとつ知らなかった。
「……それなんですが、フェリのお家って、何なさっているんですか?」
「なぁにを今更ー。……え、ちょお待って、自分ほんまにフェリちゃんが……なんなのか、知らんのん?」
知らない。聞いてみようとしたことはあるが、フェリは菊に教える気はないようだった。
だから菊も話すことを強制したことはなかった、だがあくまでそれは必要にせまられるまではの話だ。カリエドの反応からすると、知らないとまずいことらしい。
「じゃあ言わんとこ。しめられるわ」
「しめられ……?」
「なんでもないなんでもない!んーと、そや、どっかの大企業の若社長みたいな感じに思っとってー」
覚えのない英語に首をかしげると、カリエドは大手をふってごまかした。
「数年前に、後継いだんや」
「社長さんですかぁ!?あれ、どうしてカリエドさんじゃなくて、弟君のフェリが社長に?」
年齢的にも能力的にも、フェリが社長に合うことはないと思うのだが。
「オレ、フェリと血縁関係ないよ?ただの近所の兄貴分っちゅーか」
フェリとカリエドが兄弟というのは、菊のただの勘違いだったらしい。そういえばそんなことをフェリが言っていた気がする。兄貴分兼、会社の秘書的といったところだろうか。
するとなると、フェリの飼い主である菊が、カリエドの家族になる、というのはどういう意味だろうか。
フェリの家族ならつながりが見えないこともなかったのだが、そうなると謎は広まる。
カリエドに尋ねてみたが、忘れたって、の一点張りだった。
「それと、オレと会ったこと、フェリちゃんには内緒な?怒られるさかい」
無駄に怖い笑みで秘密を約束されて、彼に無理やり握らされたアントーニョ・フェルナンデス・カリエドのアドレスと番号の書かれた紙をもって、菊はとろとろと帰路についた。








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フェリシアーノの職業がBA☆RE★BA☆REな件について
関西人の知り合いが増えたわけだが関西弁のレベルの上昇がまったく見られなくて申し訳ないです


10.7.29