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きみはペット -6-



気になって仕事が手につかない。
就職して過去四年間、それ以前もなにかが気になって集中できないなんて事態経験したことはなかった。
だけれどここ2ヶ月に何度も陥ってしまっている。それも恋人、について考えているならまだしも、ペットでここまで揺さぶられるとは。
フェリが異常なまでに疲れきって帰宅してきた翌日、本人に詰問してみたのだが、適当にはぐらかして答えようとはしなかった。
パスタを人質にとってみたものの、あと少しというところでフェリはパスタを裏切った。ヘタレと思っていたのになかなか頑固なペットである。
今日も帰ったらまた聞いてみよう、ペットの管理は飼い主の責務だ。
そう割りきってデスクトップに向きあう。
「ちょっといいか、本田」
「はい」
カークランドに話しかけられるときは、なんというかタイミングが悪いことが多い。
画面から目を離してカークランドに向きなおる。彼はなにかを言い渋っているようだった。
「カークランドさん?」
「今日、時間あるか?」
「はい、特になにもありませんが……」
本当にタイミングが悪いというか、こういうところは彼とあわない。
フェリに問い詰めるのは、デートの後でも、たとえ朝帰りの後でもかまわないだろうが。
カークランドは珍しく言いづらそうだ、そもそも彼が仕事中にこういう私的なことを伝えてくることも珍しいことなのだが。
「……俺の弟がお前に会いたいってうるさくてな」
「弟さんが?」
「べ、別にたいした意味はないぞ。ただの興味本位だ」
それを聞いて少しほっとする。
普通の恋人の家族との対面であれば、結婚という最終段階に重きを置いている意味が内包される。ゆえに家族との対面は相当の覚悟を伴う。
同性ならば、恐らくはその数倍の覚悟がいる。
カミングアウト。自分の家族に対する覚悟は、菊にはまだなかった。





「君が菊・本田かい?オレはアルフレッド・カークランド!」
よろしくね!強い笑顔で握手の手を差し伸べてきた男は、菊の想像していたカークランドの弟とは似ても似つかないものだった。
まずカークランドより体躯が大きく、がたいが良い。落ちついた色のカークランドの髪とは違い、目が覚めるような金髪、翠の目でなく青の目。
誰がどう見ても彼らは兄弟には見えなかった。大学時代に話くらいは聞いていたが、彼の弟はアメリカにずっと留学しているとかで、会ったことはない。噂くらいは耳にしていたが。
カークランドにはいつも上品なレストランや喫茶店に連れて行ってもらうのだが、弟と会うという今日はファーストフード店だ。
どうやら弟の好みに合わせたらしい。テーブルには菊のものがひとつ、カークランドのものがひとつ、弟のものが十数個乗っていた。
「すごく、たくさん、お食べになるんですね」
「ん?君はひとつで足りそうだね!アーサー、君はそんなんだからガリガリなんだよ!」
アルフレッドは菊の手元にあるポテトを見、カークランドのナゲットを見てそう言った。ハンバーガーにかぶりつきながら。
「うるさい、お前が太りすぎなんだ」
「カークランドさん、弟さんのは太っていらっしゃる、というよりは筋肉質のほうだと思われますよ」
「ほらね!菊はオレの味方だ!」
初対面で数秒で名前呼び、菊は気にしないが、カークランドは十数年間本田としか呼ばない。
どうやら彼らは、見た目も中身もまったく似ていないようだ。
「本田、こんなやつ庇わなくていいぞ」
「そういうわけでは……」
カークランドは不機嫌そうなフリはしているが、実際内面はひどく嬉しそうだ。兄弟仲がいいんだろう。相手に伝わっていなさそうなのは、ツンデレとKYという彼らが元来もっている性質ゆえだ。
一方弟は4個目のバーガーに入った。まだ夕食をとっていないとはいえ、彼の食べっぷりを見ていると少々胃がおかしくなりそうだ。
「っていうか菊、ほんとうにアーサーの恋人なのかい?」
「少し声を落としてくださいませんか……。恐れおおくも、そうですが」
家族の前でカミングアウト、すでにカークランドが伝えてくれているとは知っているものの、気恥ずかしいことに変わりない。
「ふぅん、なんだか合わないな」
「アルフレッド!」
カークランドが嗜めるも、アルフレッドは舌を出して反省していない風だ。
菊とカークランドが合わない。そんなの百も承知だ、そもそも異性ですらないし、人種も違うし、性格も大幅に異なる。むしろ合うところを見つけるほうが難しいだろう。
それでも、親族に言われると、きついところがある。
菊は思わず唇をかみ締めたが、アルフレッドの言うところは少々マトが違うらしかった。
「だってまだ二人ともカークランドさん、本田、って名前呼びですらないし。菊にいたっては敬語だし?」
「……!」
「とてもカップル、って感じじゃないんだぞ。距離があるし、せいぜい仕事上の付き合いってとこだね」
アルフレッドはそういうと、残りのバーガーをポケットに詰め、じゃあオレ、用があるからこれで!と金も払わずに出ていった。
引きとめようとカークランドが立ち上がったが、結局は止めなかった。アルフレッドは純粋に、兄であるカークランドの恋人とやらを見たかっただけなのだろう。
一般的なカップルというものに当てはめれば、確かに菊たちはおかしいのかもしれない。
だけれど一応恋人のプロセスは踏んでいる。お互いの自宅訪問はまだだが、食事の延長のようなものだがデートもしたし、旅行もした。
本番といえる行為はしていないが、それだって時間の問題だろう、と菊は考えている。
人にはさまざまな恋のかたちがあるのだ。
「本田、いや……」
なんとなくカークランドが変だ。彼の性格ならばアルフレッドが退室したときに、弟の無礼を詫びるはずである。
なにを言い渋っているのだろう。首をかしげてカークランドを見る。
「き、菊。って、呼んでいいか?」
はじめて名前で呼ばれ、胸が高鳴った。この国や彼の国では違うらしいが、菊の国では名前で呼ぶのは酷く親しい間柄であるという証拠だ。
こんな年で恋愛ごとに疎いとは思われたくなくて、菊はポーカーフェイスを保つ。
「はぁ、どうぞご随意に」
「菊、俺たちは……スキンシップとか足りないと思うんだ」
それにしてもカークランドはこんなに人の言葉に影響されやすい人だったのだろうか。
それとも言われた相手が弟だからなのだろうか。
「あの、カークランドさん。一言言わせていただきますが……」
「それだ。俺のこと……名前で、呼んでくれないか?」
「え?ええっと…………ア、アーサーさん……ですか」
凄く気恥ずかしい。
大学時代から、長年苗字で通してきた人だ、たしかに菊にとって親しい相手なのは間違いないが、突然の変化には敏感にもなる。
「呼び捨てでいいぞ。それにもっと砕けた口調で話してくれねーか。俺のほうが年下なわけだし、今は仕事中でもない」
カークランドの口調も少々、砕けたようだ。これが普通用というやつだろうか。
「くだけた口調、ですか」
呟くと、カークランドがじっと菊を見つめてきた。どこかすがるような目だ。
「菊」
「ど、努力する、です…………ア、アア、アーサー……」
菊のこの口調はまったくの癖なんだけれど、それを知らないカークランドには他人行儀に聞こえるんだろう。
どうしようもないことだとは思うけれど、カークランドの青い眼はいつもと違って弱く、逆らいづらかった。









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すみません実に消化不良で。
実はこの名前呼びの話、長いです。こういうのが萌えにおいて重要なファクターだと勝手に思ってるので
10.3.26