きみはペット -4-
旅行である。
カークランドとの関係はなかなか進展せず、以前の、たまに食事をする関係にキスが加わったようなものだったが、今度の週末、旅行に誘われた。
一泊とはいえ、自宅でするようなボロを出さないようにしなくてはいけない。恋人とはペットとはワケが違う。
「小豆ジャージはさすがに駄目ですね……パジャマどうしましょう、浴衣が置いてあるんですかねぇ……ああ、面倒くさい」
菊はパジャマは小豆ジャージ、普段着は家の中でも外でも基本的に着物なのだが、さすがにそれは厳しいかもしれない。
当然オタクショップに行くような服でも駄目だろう。
菊は真性オタクである、それら以外はスーツぐらいしか持っていないのが現状だ。
「買いにいきますかね」
「おでかけー?オレも行くー!」
やれやれと外出用に着物に身をつつむと、フェリが寄ってきた。
そういえば昔飼ってた大型犬は菊が出かけようとすると、散歩のリードを持ってかけよってきたものだ。同じようなものだろうか。
フェリの服もずっと菊のものを貸していたし、そろそろ彼のものを買わなければいけないだろう。
ちょうどいいか、とフェリを連れて近くのショッピングセンターに行った。
フェリはイタリア人らしくファッションセンスが良かったので、いろいろと服を見てもらい、いい買い物ができたと上機嫌で帰っている最中のことだった。
「……本田か?」
まさか、カークランドと鉢合わせるとは夢にも思わなかった。ペットが横にいる状態で。
全速力で、フェリとつながれている手を離す。
「カ、カークランドさん。奇遇ですね……」
「ああ、……そっちは、誰だ?」
カークランドは菊が見たこともないような怖い目で、フェリを睨みつけてきた。
明らかになにか誤解している。
もしかしたら、フェリが勝手につないできた手も見られていたかもしれない。手を繋いでいるのを見られていないとしても、普通は仲の良い男友達、で済むはずなのだが、菊とカークランドとは同性の恋人であるので、相手が同性であろうと浮気の相手から除外されることはないのだ。
「あのっ、カークランドさん、この子は……」
「オレ、菊の親戚でーっす!はじめましてー」
菊がうろたえていると、横にいたフェリがにこにことカークランドに手を差しだした。
アドリブがきくとは思わなかったが、いくらなんでも親族という繋がりはないだろう。
菊は純日本人でまったくの黄色人種、一方フェリは見るところ明らかなラテン系。
無理だ。どういう理由があってフェリが菊の親戚になるというんだ。
カークランドもいぶかしんでいる。
「あー!信じてないでしょー。えっとねぇ、菊のお兄さんと結婚した人がオレのママンだったの。連れ子で。だっかっらー、血はつながってないけど、正確にいうと甥っ子かなぁ。ね、菊おじちゃん!」
「フェリ、おじちゃんって言わないでいただけますか。そういうわけで、甥っ子の……」
どうしてフェリが自分の兄のことを知っているんだろうか。まあ、結婚したのがイタリア人だとは聞いていないが。
とはいえ紹介しようとしても、菊はフェリの名前なんて知らないので、どうしようもなく言葉を詰まらせた。
「フェリシアーノ・ヴァルガスっていーます。そちらはー?」
「アーサー・カークランド。本田の、同僚だ」
見事にピンチを切りぬけたフェリの言葉に納得したのか、カークランドはフェリの握手を受けた。
それでもなにか変なところに気づいたのか、はたまた手を繋いでいたのを見ていたからか、カークランドは眉を寄せる。
菊はあわててたずねた。
「カークランドさん、どうかしましたか?」
「いや、俺らの年齢で甥がいるってだけでアレなのに、こいつみたくでかいってのはキツイよなぁ。年くったみたいで」
ハハ、と笑う彼の年齢は26歳。
一方、私の年は30歳。微妙に差がある。
私のほうは甥のひとりやふたり居ても問題はない。というより、実際に5歳になる甥っ子が兄のところにいる。
適当に肯定して、苦笑ですりぬけようとするが、フェリが喋る。このおしゃべりペットめ。
「菊はもういい年じゃーん。アーサーさんも同じくらいなんじゃないの?何歳ー?」
「いや、俺は本田とおなじ大学だからな……26だ」
「あれ?年下なんだ?あーそっかぁ、菊は二つも大学行ったって言ってたもんね!二個目のほうのお友達かー」
「二個目?」
このペット、おしゃべりにもほどがある。
菊はアメリカの大学を卒業したあと、イギリスの大学にも入学し、そこでカークランドと友人になった。
自分のことを他人に話すのが苦手ということもあり、カークランドも含めて大学の友人にそういった事情は話していないのだ。
「あの、お話していませんでしたが、私、あの大学が二つ目なんです。実は、30歳のオジンで……」
「そうだったのか!?ずっと年下だと思っていた」
イギリスの大学では、たしかに菊はアーサーの後輩だった。
童顔でそうは見えないとでもいいたいんだろう、ものすごく驚いたオーラが伝わってくる。
黙っていて申し訳ないとは思う。だが友人関係にそういうのはいらないというのが菊の持論であった。
それでもカークランドは恋人なのだから、打ち明けておくべきだったのだろうか。
「すると……先輩は、そっちか」
「あの科においては、カークランドさんが先輩で間違いないですよ。年齢などより、技術や知識で判断すべきですから」
「そうか」
カークランドは菊を見ると、少しだけ顔を赤くした。彼がこちらを持ち上げようとするときの癖だ。
「……本田は普段着はキモノを着るんだな。その、よく、似合う」
「そっ、そうですか?カークランドさんはスーツ以外も格好良いですね。では、また夜に」
菊はにっこり笑って、フェリがこれ以上余計なことを喋らないうちに退散してしまおうと、カークランドとそこで別れた。
「びっくりしました。偶然ってあるんですねぇ」
家に帰るたび、荷物をひっちらかして倒れこんだ。
「へぇー、あの人が菊の恋人かぁー」
「そういえば、フェリの名前ってああいうのだったんですね。無駄な奇跡もいいとこですねぇ、勝手につけた名と似ているなんて」
「えへへー、オレすっごいびっくりしたんだよ」
菊のわずかな良心が働かなければ、こちらの人には通じないかもしれない卑猥な言葉になっていたかもしれないことなんて、考えもしないんだろう。フェリはにこにこと笑っている。
「……フェリシアーノくん、とお呼びした方がいいですか?」
「オレはフェリでいいよー。菊のペットのフェリで」
意味ありげに笑ったフェリも気になったが、いつまでも倒れているわけにはいかない。
夜にはカークランドと旅行に行かなければならないのだ。
疲れた体を叱咤し、荷物を片付けはじめる。
着物姿はすでにカークランドに見つかってしまったのだから、いっそ服は着物でいいだろうか。
それとも、ある程度のオシャレは必要だろうか。せっかくフェリが選んでくれたことだし。
「フェリ、一日くらいお留守番できますね?」
「うん、オレできる!馬鹿にしないでよー。あっ、でも菊いないとご飯が」
「あなた料理上手じゃないですか。財布使っていいですから、外食でもなんでも自由にしてください」
「オッケェー、でも寂しー!行かないでよ!」
ごろごろと畳を転がりながらそういうペットが無性にいとしく思えて、くしゃくしゃと髪をなでた。
猫の五郎さんはまた放浪の旅にでてしまったが、昔飼っていた犬も菊がいなくなると悟ると寂しがったものだ。
腕の中にいたフェリが、急に真面目な顔になった。
「てゆーかさぁ、菊」
「はい」
「犯られちゃうね」
「っはい!?」
にーっと笑うフェリは、また夜の顔をしていた。
菊はこういう表情をしたフェリが苦手だ。何故かペットに丸めこまれてしまう。
「なにを言うんですか!」
「だってー、恋人とはじめての旅行でしょ?それに菊、まだヤらせてないっていうし」
「う……。タイミングが、ですね」
そもそも、フェリがいるから家に呼べないし。
「だからぁ、バッチシのタイミングじゃーん。初めてのお尻体験ー」
「フェリ!変なこと言わないでくださいっ」
「はぁーい」
そうだ。それっぽいのだ。カークランドが、ソレを明らかに期待しているような気がするのだ。
勢いで旅行の誘いを受けたものの、菊はまだカークランドとコトに至る覚悟はまだしていなかった。
というより、覚悟する方法を知らない。男同士の方法がわからなかった。
「フェリ、男同士って…………えっち……どうやるんです、か」
「んーっとねぇ、えーっと……説明できないや、実践でいーい?」
「やめときます!」
平気な顔して手をわきわきと卑猥に動かすフェリをみて、菊は全力で断った。
