aph

きみはペット -3-



どうやら酒の効果もなくなったようで、そのまま寝る気分でもなくなった。
ちぇー、と布団の上でごろごろしているフェリをぼーっと眺めていたが、変な襲われ事件のせいで忘却のかなたへ飛ばしていたことを思い出した。
カークランドのことだ。
「フェリ」
「なぁにー?」
「あの……あなた、バイなんですか?」
きょとんとした目でこちらを見てくる。フェリの目は本当に、昔飼っていた大型犬の目に似ている。
だから、ペットに変なことを喋っているような気分になってきて、なんだか変な気持ちだ。
そんなこというなら、先ほどなんて犬に襲われていたことになるのだが、それはそれ、これはこれである。
「うーんとねー、可愛ければオッケェーかなぁ。立てば全部オッケェーでしょー」
「……ペットに恋愛相談って、アリですかね」
「アリだと思いまーすっ!」
ゴクリ、生唾を飲む音が自分に聞こえる。
元気良く手をあげるフェリが性的なものを一切感じさせないので、イケナイことを言っている気分になるが、彼の口から出るものは、性的なものを遠ざけてきた菊にはなかなか衝撃的だ。
そもそもフェリはイタリア人だ、こんな性格でも恋愛において百戦錬磨なのは当然であろう。それも男とも。
覚悟を決めて、菊はカークランドのことを話した。
「…………と、いうわけでカークランドさんに……つ、付き合ってくれ、と言われました……今日……」
「今日なの!?わー、そんな日に襲っちゃってごめんねー。え、で菊オッケーしたの?」
興味津々の顔で聞いてくるフェリ。相談するのは間違いだっただろうか、と不安になりつつもここでひき返しても無駄である。
「したら相談してませんよ。考える時間をください、とだけ言って逃げてきました」
「んんー?菊はカークランドのこと好きなんでしょ?じゃあいいじゃん」
「恋人として、という意味では……。……わかりません、異性ですらないのに」
カークランドさんのことは好きだ。
大切な友人だし、尊敬する仕事のできる上司だ。菊が彼に好意を持っていることは確実だ。
だが、それが友人への、上司への、元先輩への友情、敬意でないかどうかなど菊にはわからない。そもそも菊は初恋もまだなのだ。わかるわけがなかった。
カークランドが異性であるならもう少し楽だったかもしれない。
彼に性的な興奮を覚えれば、もし違うとしてもそれを恋心の裏づけとできる。だけれど、男であればそれはありえない。
「それに、私が男性を受けつけられるかどうかも……」
「わっかんないなー、オレならすぐいっちゃうけど。でも、そこが菊のかわいーとこー」
「可愛いってなんですか」
「可愛いんだもん。……じゃあさ、さっきオレとキスしたとき」
ころりと表情が変わる。人懐こそうな笑顔なのは変わっていないが、例えるならペットの笑顔から男の笑顔へと、フェリの表情は一気に色を変える。
その雰囲気に流されて、菊の頬が自然とほてる。
「どうだった?……気持ちよかった?」
「お、お、覚えてません!」
手を顎に添えられ、あせる。さきほどの記憶がよみがえる。
生ぬるい他人の舌が自分の口を這いまわる感触、首筋をなぞる舌。音を吸い取る口。
「じゃ、もう一回ー」
「え……っ、…………んっ」
ちゅ、ちゅ、と小鳥がついばむようなものから、かぶりつくようなキスへ。
とろけるような快楽に菊が酔っていると、もぞもぞとフェリの腕が動く。片方は背中をなぞり、もう片方は胸の先をいじってきた。
「ん……!や、ぁ…………っ。……っフ、フェリ、待て!おあずけです!」
べりっと剥がしてそう言うと、残念そうな顔をしてフェリは菊から離れた。
「ペット、のくせにっ、……キ、キスとかっしないでください!」
「ちぇー。でも、気持ち悪くはなかったでしょ?菊の、反応してるもんね。男でもダイジョーブ!」
試したいときや溜まったときは言ってね!ペットの勤め!なんてステキ笑顔でいうフェリに、菊は布団を一枚渡して野宿を命じた。
菊の家の庭は十分広い、野宿くらい春だし平気だろう。
ペットブリーダー曰く、ペットが悪いことをしたらすぐにバツを与えるべし。





都合のいいことに菊がカークランドに想いを告げられたのは金曜日の話で、二日の休みがあり、考える時間というならばしっかりあり、フェリに相談する時間もたっぷりあった。
しかしながら、告白された同性に会うのはやはり緊張するものである。
「会社に行きたくない……ひきこもりたいです……」
会うのが気まずい。
「仕事大好きな菊がー!?いいじゃんさぼっちゃえー」
「いえ、駄目です……。同僚に、……カークランドさんにも迷惑が」
「うん。いってらっしゃーい」
にこにこしてひらひらと手をふるペット。ペットが羨ましくなるのはしょうがない。
いいなぁニートできて。


仕事中は辛かった。
無表情ポーカーフェイスは得意とはいえ、告白を返さないまま相手と対峙するなんて状況、カークランドはどうだかしらないがこちとら初体験だ。
そもそもはやく返事をしなければ。でも、それには定時になるのを待たなくてはならないし。
辛い、辛いが相手は割りと普通にこなしているようで、こちらが意識するのもばかばかしくなってきた。
アーサー・カークランドは仕事の鬼である。
そういう噂からもわかるとおり、公私の区別ははっきりするタイプなんだろう。自分も見習わなければ。
パソコンにむかってひたすらプログラムを組んでいる間は無心になれていい。そうしている間は側に座るカークランドのことを意識しなくてすむ。
ああ、フェリの頭をなでて寝転がりながらゲームしたい。
なんて思いながらボケーっと一人で昼食を取っていると、食べ終わったころを見計らってか、カークランドが寄ってきた。
「本田、ちょっといいか」
考える時間をくださいと頼んで、カークランドのくれた猶予はたったの二日らしい。いじめだ。
呼ばれて人気のない部屋に連れていかれた。
大丈夫だ、返事は決まっている、これを伝えるだけでいい。
催促される前にこちらから言うべきだろうか、と話そうとしたが、アーサーが先手を打った。何故だか頭を下げてきたのだ。
「悪かった、本田!」
「ええと……?」
謝られる覚えなどない菊は、苦笑しつつ首をかしげる他ない。
「俺、金曜は酔ってて……、勢いでつい変なこと口走っちまった」
「へ、変なこと、とは」
「いや、い、言ったことは、本当なんだが。言うつもりはなかったんだ……悪い」
カークランドが慌てて言う話をまとめると、つまるところ彼は大学時代から、菊に片思いしていたらしかった。
異国の地での再会に歓喜して、また友人の関係をはぐくめれば、とカークランド思っていたが、あの夜、思いのほか酒が進んでしまい、菊に対するつもり積もった思いを、酔った勢いで吐き出してしまった、という。
「気持ち悪いだろう?忘れてくれ。俺は菊と友人を続けたいが……いやなら、ただの上司と後輩に戻ればいいから」
「いやです。友人も、上司も」
自分でも思っていたより声が強くでた。
怪我したようにつらそうな顔で言うカークランドを、これ以上見ていたくなかったのかもしれない。
そうか、とあからさまに落ちこんだ表情を見せるカークランドに、菊は語りかける。
「私、考えました。あの日から二日かけて、友人に相談したりして考えたんです」
「なにをだ……?」
「私のカークランドさんへの好意が、恋と呼べるものなのかどうかを」
本来ならオタク趣味に全時間を捧げる週末、全て使って悩みに悩んでだした結論だ。
彼が忘れてくれといっても、忘れられるものでもないし、コレだけ考えた結論を保留にされるのもいやだ。保留にしたからといって解決する問題でもあるまい。
そもそも、こちらの返事を聞いてからそういうことは決めてほしいものだ。
「私も、カークランドさんが……す、好きです。お慕いしています」
「本田……」
見上げれば、白い顔をあのときのように真っ赤にしているカークランドがいた。
「私なんかでよければ、お付き合い、してください」
照れながらも笑顔でそういえば、菊より一回りもでかいカークランドに抱きしめられた。
ここ、会社なんだけどな、と思うもカギはきっちり閉めてあるので大丈夫だろう。



相談に乗ってくれたフェリにはやく報告したくて、残業もせずに帰宅する。
どうだったー?とおずおずと聞くフェリにブイサインして勝利を伝える。
「じゃあ……」
「あなたのおかげです」
「わー、よかったねぇ菊ー!」
すかさず抱きついてくるフェリの高い位置にある頭をなでる。
カークランドに抱きしめられたときはドキドキしたのに、この子に抱きしめられると安心する。体の大きさは同じくらいなのにこれがペットだからだろうか。
「お祝いに外食いこうよー、美味しい店知ってるんだー」
調子にのって言うペット。誘う側とはいえ彼はおごられるだけなのだが。
やはり日本人以外だと、ずっと菊の作った日本食を食べ続けるというのも無理があるんだろうか、とはいえ自分で作れるだろう、自分で作れと普段ならば言うところだが、気が晴れていた菊はそれに乗り気であった。
「久しぶりに、中華でも食べたいですね」
「やったぁパスター!!」
「中華にパスタはありません」
尻尾ふり全快でおでかけ準備をするフェリ、自分も着物に着替えると、チリン、とどこからか鈴の音がした。
「ヴェ?なにー?」
フェリがキョロキョロして音源を確かめようとする。
「ああ、五郎さんですよ。お帰りなさい、散歩は楽しかったですか」
縁側から庭の茂みに声をかけると、チリンチリン音を鳴らしながら、白い猫、五郎さんが出てきた。
菊の問いに答えるようにナーゴ、と鳴く。長い旅のお帰りだ。
「ちっちゃーい、かわいー」
「フェリ、ごめんなさい、外食は中止です。せっかく五郎さんが帰ってきたんですから、腕によりを振るわねば」
「ええーー!」
「文句言うんじゃありません。あ、ほら五郎さんと仲良くできますか?」
主人と似たのか人見知りする白猫を抱きあげて、頬を膨らましているフェリへ受けわたす。
彼も動物好きのようで機嫌をなおして目を輝かせたが、次の瞬間フーッ!という強い威嚇の声とともに盛大に手をかぎられていた。
「……っいったぁぁぁぁーー!!」
「おやおや……これ、メッですよ五郎さん」
予想はしていたがコレまでとは。血まではでないが赤い三本の線がフェリの左手に走っている。
菊は五郎さんを下ろして、救急箱を取りだす。ほんのり涙目のフェリに、手を差しだすように言った。
五郎さんには予防接種は受けさせているし、きちんと消毒すれば妙な病気にかかることもないだろう。
治療がしやすいように、彼の袖をからあげると、何故だかほかにも新しい傷があった。
切り傷だ。治療の痕はあるが、猫のつけた傷ごときではない。ここ2・3日で請けた傷だろうから、拾ったときのものでもない。
「フェリ」
「あ、それも転んじゃって……わっ、菊?」
はぐらかそうとするフェリにいらだって、彼のシャツを剥ぎとる。
シャンプーをしたときにみた古傷のうえに、新しい傷が複数あった。何の傷だかわからないものもある。この調子だと下半身にも広がっているだろう。
「……フェリ、この傷はどうしたんですか。転んだら普通は、擦り傷ですよ」
「菊ー、ごめんね。言いたくない」
フェリはへらっと顔を崩して笑ってはいるものの、言う気はまったくなさそうだった。
とたんにカァ、と頭に血がのぼる。
「なら、いいです!」
ペットなのに飼い主に逆らったからか、それとも隠し事をされるのが嫌だからか。
とにかくわからないが、猛烈に腹が立った。
自分はペットとしてのフェリしか知らないことに、いまさら気づいた。年齢も今までどうやって生活していたのかも、自分は彼の本名すら知らない。
知っていることといえば、イタリア人で人懐こくてパスタが好きで、ヘタレだけどときどき見せる顔がやたらと男の顔をしている、ということくらいだ。
「菊ー」
後ろから、空気を読まないような陽気な声がする。
「オレ、出ていかなくちゃ駄目かなぁ。五郎さんにかぎられたけど」
たしか、菊がフリをペットとして飼う条件は五郎さんと仲良くすること、だった。
「……暖かいんだ、菊といると。だから、まだここに居たい」
振りかえればふにゃっとした弱ったようなフェリの顔。さっきの言葉と声がなんだか悲しくて、菊はきつく結んでいた口を緩めた。
「私は、五郎さんと仲良くなる期限って決めてましたっけ?」
「……え?」
フェリが困惑した表情になるのも無理はない、そんなもの言ってはいないのだ。
いつか仲良くなれればそれでいい、そもそも五郎さんはあまり家にはおらず、対立することも少ないだろう。
所詮は、ただフェリをはねのける言い訳にしたかっただけの話なのだ。
「そんなことより、お昼はなにが食べたいですか?」
聞けば、ぱぁっと笑顔が花開き、パスター!と元気にフェリは言った。
追い出すなど、いまさらだ。菊とて慣れてしまった人肌が離れるのは寂しい。フェリの頭をなでてまどろむ午後の時間を失いたくはない。
そんなことよりも、フェリの言った”まだ”という言葉が引っかかっていた。
こんな生活がいつまでも続くはずがないのはわかっていたつもりだが、崩れるときのことを思うと酷く寂しくなる。
彼の言葉もそれを考えてのことだろうか。







   back    next





どちらかというとこの設定での英日に萌えはじめています……伊日のつもりだったんですが……
五郎さんはフェリが嫌いです。本田さんのひざと手をとられるからです
10.1.3