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きみはペット 2



そんなこんなで名づけたペット、フェリ。
菊の家で飼っている猫、五郎さんと仲良くできたらペットとして家に置いてあげてもいい、なんて変な条件をつけてしまった。
しかしながら放浪癖のある五郎さんはフェリが家に来てから一度も帰ってきていないので、彼のペット採用はまだ仮定である。
「なんなんでしょうねぇ、あなたは」
ふと漏れた言葉に、手元のフェリが反応する。
「どうしたのー、菊?」
「なんにもないですよ」
フェリのやわらかな毛をくしゅくしゅと洗えば、気持ちよさそうにヴェーと鳴く。
彼の体にはよくわからないが古傷が多い。一度たずねようとしたのだが、にこっと笑ってはぐらかされてしまった。
初日のように彼にお風呂で洗って?と頼まれたときは腰を抜かしそうになったものだが、人間数日たてば慣れるもので、菊はきっちり着こんではいるが、今ではこちらも楽しく洗わせてもらっている、とくにその髪を。今日は朝シャンだ。
先に出て、後からあがったフェリの髪をドライヤーで乾かしてやる。
はじめはなかなか寝起きが悪かったフェリだが、菊と共に早寝早起きを徹底していると、案外人間、否、ペットはやれてしまうものである。
スーツで出社準備を整え、もぞもぞと着替えているフェリを見る。
数日たつが、彼は立派にペットをやっていた。
ご飯もアレ以来作らないし、菊が出社しているときは彼も外出している様子があるのだが、帰るころにはしっかり家にいて、庭で日向ぼっこをしていたり菊の漫画を読んでいたりと自由にペットを満喫している。
フェリにとっては天国かもしれないが、こちらにしてみれば彼を飼っているメリットといえば、彼のふわふわした髪をいつでも撫でられ、人肌がいつでもあるということだろうか。
本来のペットであるネコの五郎さんはたまにしか家に帰ってこないので、それはそれで寂しがり屋の菊にとって価値のあるものではあるのだが。
「しかし……フェリ、なんであなた拾ったとき、血だらけだったんですか?」
濡れてペタンと垂れるアホ毛を見て、血に濡れていたあの日を思い出した。転んだだの事故っただのの怪我とは思えないような、切り傷や打撲が多くあった。
「……ちょっと転んじゃって」
「まあ……喋りたくないのならそれでかまいませんが」
「えへへー、普通ペットの過去ってわかんないじゃん」
それはそうだ、ペットが過去を話すなんてことはないのだから、拾い犬の過去など知ることはない。
他のペットと乱闘でもあったか、人間の暴行を受けたかと同情するところだろう。
フェリの場合はなんなのだろうか、古傷のこともあるし、面倒なことに巻きこまれたのではないといいが。
行ってきますねとフェリに声をかけると、「今日ははやく帰れる?」と幻覚の尻尾をはちきれそうなほどに振りながら、首をかしげ得意のおねだりポーズ。
しょうがない仕事を頑張るか、少々のムリをしてでも約束してしまうのは、動物好きな菊にはしょうがないことである。



ペットの悩みごときしか抱えてないサラリーマンに社会はそうそう休みはくれない、菊はもちろん出社していた。
ITベンチャー企業の技術系職員として働いている菊は、独学で身につけた腕を買われてなぜかエリートコースを突っ走っていた。
そして入社して4年目にして妙な上司についてしまった。少し話したと思うが、その気もない菊にセクハラしてくるその男は肥満剛毛のくま男タイプでさらにはコンピューターのことなど一切わかっていない男だった。
1ヶ月ほどは耐えた菊だったが、元々ニートとして遊びまわろうとしていた男である、地位にも興味がなかったもので、殴り飛ばしてしまった。
菊の能力を買ってくれている方が手をまわしてくれたので、そう悪くない職場へと移っただけだが、出世コースからは確実にはずれてしまった気がしなくもない。
出世できなくなったのはともかく、人見知りのする菊には新しい職場に溶けこむだけで苦痛である。
だが、思いがけずいいこともあった。
「本田、このあと、用事はないか?」
「はい、ありませんが……」
アーサー・カークランドが新たな上司となったことである。
純イギリス人で、なんでも有名な貴族の出だとかなんとかいう、スタイリッシュでやり手の男だ。
「夕食でもどうだ?いい店があるんだが」
「あ、はい!ぜひご一緒させてください」
だが、菊にとって彼はそれだけではなかった。
菊は中学までは日本で過ごしたが、高校の途中からはアメリカの学校へと通った。
親の都合というやつだ。そのまま大学を卒業し、やたらと楽しかったので今度は検分をひろげようとイギリスの大学に入りなおした。そのイギリスの大学での先輩が、カークランドだった。
彼とは特に共通する部分などあるとは自分でも思わないが、大学時代の友達といえば真っ先に彼の名があがるレベルの交流があった。
カークランドもアメリカに来たとは聞いていたが、まさかおなじ会社だとは思わず、さらに上下関係になるとも思いもしなかった。
菊はこちらに異動して3週間ほどしかたっておらず、同僚と交流関係もうまく結べていない今、彼の存在はひどく大切なものだ。
カークランドが照れ屋なのは学生時代から変わっていないが、今もこうして食事に誘ってくれる。
「あー……」
「な、なにか用があるなら別にいいぞ!」
返事をしてから菊の頭に浮かんだのは、フェリだった。
そういえば今朝はごねられ、はやく帰ってきてね、なんて言われてそれを軽く了承したばかりだった。
「いえ、なんでもありません」
先輩と再会してからはじめての夕食である、軽いランチではできない積もる話もあるし、先輩+上司の誘いを断るなど恐れ多い。
ごめんなさいフェリ。帰ったらたくさんかまってあげよう、と決めて後ろ髪を引かれつつ、仕事が終わるとカークランドと連れ立った。



カークランドにつれられた先は、超高級フレンチレストランだった。
キマっているカークランドはともかく、適当に安いスーツを着ている自分が入ってもいいものだろうか、肩身の狭い思いをしながらひとまず入る。
美味しい外食(しかもフレンチ)はバッチコイだし、マナーは覚えているからその方面で恥をかく可能性もかかせる可能性も低いが、この空気が少々菊は苦手だ。
それに気のせいかもしれないが、周りにはカップルしかいない気がする。
運ばれてくる料理はとても美味しい、美味しいが菊の頭はフェリのことが少しだけ気がかりとして残っていた。
今は7時30分。食事が終わってから急用ができたとでもいって帰れば、9時前には帰れる。そうしたらフェリにもかまってあげられるだろう。
「そこで、カークランドさんとお会いしたんですよね」
「しかし、お前の発音は可笑しかったよな」
「あはは、アメリカで身に着けたものですから……」
「お前のはアメリカ英語とも違ったぞ?」
「むこうでは一応、通じましたよ」
「周りが優しかったんだな。まあ、教えた後のクイーンズイングリッシュはなかなかだった」
「恐れ入ります。日本人は発音苦手なんですよ」
長年培ったポーカーフェイスがたった一つの悩みごとで崩れることはなかったが、カークランドとの話にうまく集中できない。
美味しい食事を口に運ぶことでごまかしていたつもりだったが、お互いの食事が終わったあたりに、ガシ、と彼に両手をつかまれた。
「本田」
「?……どうかしましたか?」
なんだかやけに真剣な表情をしている。もしかして集中していないのがバレて怒られるのだろうか。
ああ、そういえばフェリもなんだか今朝こういう表情だった気がする。顔の作りはまったくといっていいほど違うが、今のと今朝の表情の質はそっくりだ。
いけない、目のまえのことに集中しなくては。
両手をつかんでどうするつもりなのだろう、菊はカークランドを見た。
「カークランドさん?」
「す、好きだ。大学の頃から、ずっと想っていた」
「…………え」
「お前がよければ、だが。……俺と付き合ってくれないか」
菊の手を握るカークランドは少し震えていた。陶器のような白い肌も今は赤い。
彼は本気だった。



菊は息苦しくて、目が覚めた。
そうしたらなぜか体が動かず、唇には覚えのある感触が触れていた。キス、しているのだ。
まさか、あの告白劇の後そのままカークランドさんと!?と動揺したが、菊にはしっかりタクシーで家に帰った記憶があった。もちろんカークランドはついてきていない。
「……ん、……んぅ!」
じゃあ目のまえで、自分に覆いかぶさり口付けているのは誰だ。真っ暗で人影程度しか見えやしない。
それに、このキス、上手い。
敏感なところをやさしくなぞるように辿ったかと思えば、強烈に舌を吸いとったり、甘噛みしたりと菊は経験したことのないテクニックばかりだ。
夢と思いたかったが、濃厚なキスに反応する息子が悲しくも現実だとつきつけてくる。
それだけは知られたくない、と足を折り曲げてどうにか目立たないようにした。
「ふ、…………っぷは!」
ようやく口が開放され、菊は一気に息を吸いこむ。
寝起きと先ほどのキスでぼんやりする頭を叱咤しながら、枕側のヘッドライトをつけた。
ふわり、とさわり心地のよさそうな茶色の髪の毛が揺れる。一本飛びでたアホ毛が見えた。
「ま、まさか、フェリですか……っ?」
フェリはいつもと変わらぬ人懐っこい笑みを浮かべていた。
「菊、いい匂いするー」
「なにを、……ん!」
今度は口ではなく首筋にその唇を落としてくる。犬のようにペロリと舐めたり、すんすんと鼻をすり寄せたり、きつく吸ったり。
変幻自在に動く彼の舌が、菊の耳の中にまで入ってきたときには、変な声をあげてしまったりもした。
「ちょ、フェリ、なにするんですか……、ぁっ」
「んー、いいからいいから」
オレに任せて?ね?にっこり笑うその笑顔は昼間のものと遜色変わりないと思っていたが、少し違う。
強気なのだ。飼い主の言うことなどきかない、そう、ペットじゃないような。
男の、もの。自分を押さえつけている強い力も、男の。
どうして二人とも男だと言うのに、一方が一方に襲われているんだろうか。
そういえばここにペットとして置いて、なんて酔狂を頼むまえには初対面のクセに恋人としてとかなんとか不可解な単語を吐いていたが、まさか本気のことだったのでは。
日本人以外にどう見えるかしらないが、自分はいたってノーマルだ、また誤解というヤツか。
「ま、待ってください!私は、……んっ……や、……!」
「大丈夫大丈夫、かわいよー………………あれ?」
フェリの手がするすると菊の服を剥ぎ、菊の胸に到達したときだった。
いつもより低い色気のある声で喋っていたフェリが、おふざけのような声を出す。
かと思えば少し考えるような仕種をしたあと、急に菊のズボンを脱がしにかかった。
「なんで、や、うわ……っ!…………フェリ!お、おすわりーーっ!!」
猫夜叉じゃあるまいし、とは心のどこかで思ったかもしれないが、日ごろ面白くておすわりやら伏せやらさせていたせいか、菊が必死に叫ぶと反射的にフェリの動きが止まって”おすわり”した。
その隙に菊はさげられたズボンをあげ、パジャマのボタンをとめる。
ホケーっとしているフェリに、菊はビシっと指をさす。叱りつけようとした瞬間、フェリの叫びが響いた。
「菊って男の子だったのーーー!?」
「あっ、……あなたずっと勘違いしてたんですか!私が女だったら、見ず知らずの男なんて泊めませんよ、自宅に!」
「あーそっかぁ、そうだよね。女の子だと思ってたから、エッチOKだと思ってたー」
夜の雰囲気など微塵も匂わせない昼のフェリに戻っていた。せぼァーと笑ういつもの彼に少しほっとする。
まあ仮に菊が女なら、初対面の男が一人住まいの家に泊まるのを了承した時点で、それはエッチOKのサインかもしれない。
かもしれないが、菊はれっきとした男だ。そんな暗黙の了解などない。
「はぁー……、まあ、おたがい嫌な思いをしたということで、チャラですかね……」
思えば、中年の男なんかと若者のイケメンが濃厚なキスを交わしてしまったのだ、可哀想なのは向こうなのかもしれない、と譲歩すると、フェリは意外そうな顔でにっこり笑った。
もちろんペットの笑みではない。
「オレ、男でも菊ならイケそうー。続き、していい?」
凝りもせずにこの男、否、このペットは首をかしげておねだりのポーズだ。
「駄目に決まっているでしょう。今後ペットはえっちィこと禁止!です!」
「えぇぇぇー!菊、動物虐待だよー!」
「やかましい!追い出しますよ」
そういうとペットはようやく静かになった。ペットのしつけはこれからである。






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え、これすぐにでもエロ突入すんじゃねぇ?とお思いになる方いらっしゃるかと思うんですが、
突入しないんですよ。ペット弱すぎるんですよ。……ほんっと。
10.1.2