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シェアハウス  5



珍しくもないが、部屋の中には俺と菊との二人きり。
派遣フェリシアーノはまた芋売りで、アイドル志望アルフレッドはなんかのオーディションがあるとかで遠くに遠征中、医学生ルートヴィッヒは相変わらず学校とバイトで、もう一人は出張中だとかでまだ一度も会ったことがない。
そんなこんなで昼下がり、二人してソファを陣取り、少しまえに日本で大ブレイクした韓国ドラマの派生版をぼんやりと眺めていた。
まだアナログのTVからエンディング曲が流れだす。一時間で二話ずつ放映されるドラマも、今日が最終回だ。
「韓国ドラマって……なんでこう、ライバルの方が悲惨な目に会うんでしょうねぇ」
何々然り、と菊がその法則が成りたつドラマ名をあげる。
そう言えばそんな感じがしないこともない。今回の彼は振られて社会的に落ち、ガンになって残り4ヶ月あまりの命という惨さだ。
ブームに乗って夏ソナにハマりまくっていたという菊は、目元を赤らめほんのり涙を溜めていた。
それを少々よこしまな目で見てしまったのは、彼を一途に思う身としては仕方のないことだ。のはずだ。
「フランシスさん?」
テレビの音量を下げて、菊にむきなおるときょとんと首をかしげる。
やっぱり可愛い、お兄さんの恋の矢印のベクトルは間違ってなかった。
腰を引きよせ、肉付きの良い頬をなでる。
「キスしていい?」
「遠慮します」
そうは言うものの、キスしても拒まないことは俺は知っている。
したらしたで困ったような表情をして、逃れようと抵抗しはじめるものの緩やかなもので、体格差もあって俺には毛ほども抵抗になっていない。
「愛してるよ、菊」
「……物好きですねぇ」
呆れたように菊は言う。その体をソファの上にゆっくりと押し倒した。
部屋から出ないからか、日本人にしては白い肌にキスを落とす。頬に額に耳に首筋に。
ほのかに香るデオドラント系のにおいが変に欲情を誘う。
首筋に吸うように食いつけば、菊はびくりと体を揺らし小さく息を漏らした。
その間も、二人の間に挟まっている菊の両腕は、俺の胸筋を押しかえそうと小さく動いている。
「離れて、ください」
「全力じゃない抵抗は、許諾と取られる国もあるんだぜ?」
律儀に言い返そうとした菊の口にかぶりついた。
物を言おうと開きかけていたところを狙って、舌を差し入れる。
恋人でもない俺に、どこまで許す気なのか?わからないが、想い人とのキスだ、嬉しくないわけがない。
小さな口内を味見するように舌でなぞる。そのまま、奥にちぢこまっている菊の舌を絡めとっても、対した抵抗はなかった。
「……ふ、…………んんっ……、っあ」
荒い息と共に小さな喘ぎも漏れる。見かけによらずわりと低い声だが、いまは扇情的に耳に残った。
苦しいのか嫌悪感なのか、眉をハの字に歪め、本格的に彼の手が俺を押しのけようと暴れてきたところで、じゅるりと唾液を一吸いして唇からはなれた。
荒い息を整えようとする菊の表情は、嫌がるというよりは面倒くさがっている色が強い。
フランシスがキスしたりするときも、他に人がいないと許すことが多いが、逆もまた然りなのだろうか。これが許されているのは俺だからなのか、俺だけではないのか。
押されたら押されただけ受け入れるのか、お兄さんちょっと心配。
それでもこのままゆっくり進めば最後までいけそうな気がする状況には舌なめずりせずにはいられなかった。
「菊……」
無理矢理に近いがムードを出しながら、再度顔を近づけると、菊の手が頬を押し返してきた。
今日はここまで?もう片方の手の袖で口を軽くぬぐっている。
「お兄さん、ちょいーっとショックなんだけど?」
「勝手にっ、口づけて、きたくせに……文句、言わないでください」
「えー、気持ちよくなかった?」
駄々をこねるように言えば、無表情に近かった菊の顔がほんのり赤く染まった。
うっそ、純情?めちゃくちゃ可愛い。
「菊ー!」
「離れてくださいって!」
強く抱きよせてまた口を寄せようとすると、菊に男の大事なところを蹴られた。あまりの痛みにそのまま固まる。
反撃が今日はきつくねぇ?お菊ちゃん。
見ると顔を背けられた。ひどい。
菊がそっぽ向いたほうは扉のほうだったようで、菊が小さく「あ」と呟く。誰か帰ってきたのだろうか?
俺がいろんな意味で疼く股間を押さえながらそちらを向くと、迷彩柄のズボンが見えた。
こんな服、着る趣味のやついたっけ?
誰だろうと思いながら顔をあげるまえに、耳元でカチャリと聞き覚えのある音がした。
「貴様ら、何をしているのである」
見たこともない男が、全身迷彩で立っていた。手にはシルバーに光るエモノが握られていて、俺に向けられている。
軍人?え、まじに拳銃ですか?まっさかー、日本じゃ持ってたら犯罪だろ、オモチャだオモチャ。
そう思うが男の表情はシビアで、短銃の光もなんだか重量感がありレプリカには思えない。
「お久しぶりですバッシュさん。この人に襲われそうになっているんです、助けてください」
菊が淡々と述べた。
「ええええ、ちょ、それ言われると俺が完璧に悪者じゃない!?合意の上だからなっ!」
「合意した覚えはありませんけど」
「菊ちゃんだって気持ちよさそうにしてたじゃん!」
焦って言えば、菊はバツが悪そうに顔を背けた。
見上げると、バッシュとかいう軍人野郎はふつふつと怒りを溜めていたようで、トントントンと揺らされる足がものの見事に象徴している。
「バッシュさん、部屋に穴開けちゃ嫌ですよ?」
「心配無用だ。人体に潜りこむタイプの弾を詰めこんでいる、そして我輩が目標を外すことはない」
軍人野郎の口がニヤリと笑った。
とある幼なじみがグレていた時代、キレたときに作る笑みの表情がある。
そいつは中々にイカれたヤツで、その顔のときの奴は問答無用で相手を病院送りにしていた記憶がある。
そのときの笑いに、この軍人の表情はよく似ていた。
瞬間叫んでしまい、菊が近所迷惑ですと言ったが、絶対、銃撃の音よりは近所迷惑にならないと俺は思う。

幸い撃たれなかったが蹴りとばされた俺、菊、ランニングに着替えた軍人でちょこんとテーブルの周りに座っている。
軍人は菊が即興で作った料理をばくばくとむさぼっていた。
「あー、こちら、バッシュ・ツヴィンクリさんです。ここに住んでいる人の中で一番の古株さんですかねー、3年くらいになります」
むすっとした目で紹介されたバッシュはこちらを睨んできた。正直怖いですお兄さん。
「こちらはフランシス・ボヌフォワさんです」
「はいはい、質問。バッシュの職業は?」
言えば、菊は困ったようにバッシュに視線を促した。
「貴様が知る必要はない」
どうしても知りたいというのならば、それ相応の覚悟を伴うが?
カチャリ、また先の銃を向けてきたので慌てて知りたくない!と答えた。
聞かなくても、この日本で銃を持てる職業なんて制限されてくる。よくは知らないが、警察とか自衛隊とか猟師とか。どれも似合いすぎる。まあそんなところだろう、他国のスパイとかだったら怖すぎて駄目だ。
とりあえず第一印象を信じて、軍人と仮定しておく。
バッシュは一人分とは思えない量を短時間でぺろりとたいらげると、律儀に手を合わせた。日本の作法だ。そして立ちあがり食器を流しに持っていく。
こんなデンジャラスな男にまでルールを守らせている菊に、驚くと共に小さな賞賛を送っておいた。
「疲れた。我輩は寝るのである」
「あ、はい。おやすみなさい」
早いなオイ。バッシュは寝室へ向かった。
やれやれと菊は洗い物をはじめる。一緒に住むのに自己紹介とは名ばかりで、名前ぐらいしかわかってないがいいのだろうか。
「フランシスさん。バッシュさんに、ホストだってこと、言わない方がいいですよ。そういうのが大嫌いな方なんで」
菊が小声で告げてきた。
……ダショーンですか?
ダショーンです。
あの軍人に職業がバレたときが、俺の寿命みたい。
アイドルだの俳優志望だのはいいのだろうか。聞くと、夢を持つことはいいことであると言いのけたそうな。
夢を与える仕事じゃ駄目なのか?差別だこの野郎。怖いから言わないけど。
「でもさ、仕事行くときの服装とか、帰ってきた匂いとか営業電話でバレそうな気がするの俺だけ?」
「その辺はご安心を。世間知らずな方ですから」
「ここのやつら、それ多いね……」
あとで忍び足で寝室に行くと、バッシュは妙に物が少ない隅のベッドで座って寝ていた。
恐ろしいことに、銃は手が届くところに置いてある。
菊いわく、ベッドの枠内に少しでも立ちいれば、バッシュは瞬時に起きて銃やらナイフを突きつけてくるそうだ。幾度かフェリシアーノが被害にあったらしい。
そう言うわけで、この寝室は三段ベッド、二段ベッド、一段ベッドの三セットになり、一段ベッドがバッシュ用になったという。
ちなみに俺は菊ちゃんと二段ベッドね。いいだろ、恋人っぽくて。









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最後のお一人はバッシュさんでしたー。部屋内の規律を守りたいので頭にきてる彼。
本田さんに次ぐ高級取りですが、武器とかに多分お金をつぎ込んでる感じの倹約家で。

10.6.19