シェアハウス 4
真昼間に2、3時間なんてちょっとだけじゃねーの。
菊の内緒のおでかけの実態(オタク部屋直行)を知り、そう思っていたが、菊の本格的始動時間は夜中中心だと聞き、店の定休日である今日、怪しげな時間にオタク部屋で菊とアニメ鑑賞会という名の逢引き中である。
逢引、なんて素敵なひびき。
でもゲーム中とかアニメ中にちょっかい出すとマジギレされたから、そこに色気はない。エロゲーは積むほどあるけど。
それでも数週間ルームメイトに気をつかい、あまり触れられなかったアニメである、恋のかけひきなしでも十分至福の時だった。
「そろそろですかね……」
背景は美少女の時計を、菊が見あげて言う。
まだ3時だ、まさか今から朝食作りなんてことはないだろう。
「なにが?」
「ルートくんが新聞配達に行くので、おにぎり握って持たせてるんです。まだ育ってるそうですからね、たくさん食べていただかないと」
言う菊は男のくせに、どっかのママンみたいだ。
話には聞いてたけど、本当に3時からなんだなと思う。こんな時刻、まだ夜中の範疇だろう。普段の俺なら店からぼちぼち帰ろうとしている時間で、一般的にいうならまだ夢の中にいる時間帯だ。
じゃあいつぞや、珍しく俺がルートヴィッヒより先に起きたと思っていたのは、単にルートヴィッヒが帰ってきていなかっただけか。
「休みの日だし、俺寝たフリしに戻ったほうがいいか?」
どこ行っているんだなんて勘ぐられた日には、完璧主義のあいつだから、この部屋がバレるかもしれない。
「彼、気遣って電気も付けませんから気づきませんよ。・・・っと、行ってきますけど、かみなぎ先に見ないでくださいよー感動の最終回なんですから。私より先に見るなんて許しません」
特大テレビを指さしてそう言うと、菊はそそくさと俺たちの部屋に戻っていった。
学生なのにこんな朝早くから働くルートヴィッヒもヴィッヒだが、それに律儀に付き合う菊も菊だ。
ルートヴィッヒの性格からして頼むわけはないのに、せっせと握り飯とお茶なんかを出しているのだろう。
なにそのラブラブっぷり。
さっさとフェリシアーノとくっついちゃえよあの筋肉!そんで菊ちゃんは俺に落ちて!
愛のキューピッドになるべく頭をまわしていると、ふと見た先に奥まったあたりにクローゼットのようなものが見えた。
ある程度の配置、右棚は漫画、左棚はゲーム、奥はアニメDVD、床下は秘蔵グッズなど教えられていたが、クローゼットは聞いていない。本来の目的どおりに使ってはいないだろうから当然、趣味的なものが入っているのだろう。
教えてくれなかったうえに隠すように漫画棚が陣取っているあたり、俺には教えたくない部分なのかもしれない。
何があるのか少し興奮を覚えつつ、本棚をどける。キャスター付きのところを見ると、やはりクローゼットは使われているようだ。
そろりあけると、狭い空間にひしめくように本が納まっていた。
ただの本ではない、でかさと薄さが違う、いわゆる同人誌だ。
だが、部屋の中には漫画スペースの最下層に同人スペースもしっかり作ってある。わざわざここに分けて置いているのか?菊は整理にはうるさく、きっちりしているから同じものを二ヶ所に分けて置くなんて真似しそうにない。
「らしくないな」
はてなを浮かべながら、一番手前にある薄い一冊を手に取った。表紙を見ると、美青年と美青年が手を取りあっている。
BLってやつか、好きだねぇ菊は。このキャラなんか見たことあるなぁ、なんの漫画の二次だ?
百合は好きでも薔薇はちょっと、いや漫画的な意味で。美少年があられもない姿になるのは好きだが、男同士が絡んでいること自体に萌えは覚えない。
だけども手に取ったそれは、作画が良く、女性向けにしては絵柄がすごく好みだったもので、ペラペラめくる。
表紙では陽気な青年が、特徴的なアホ毛を揺らしつつ切なそうに眉をよせて喘いでいる。
『あっ、や……ドイツぅ!きもち、いーよ……、っあ、もっとぉ……!』
『イタリア……っ』
彼に突っこんでいるのは表紙はうしろ姿だったのでわからなかったが、髪をきっちりオールバックに整えているムキムキだ。
俺は反射的に本を閉じた。
あれ、おっかしいなぁ。お兄さん妙な人が思い浮かんじゃったんだけど。あの子はイタリア人だよね。あいつ、ってドイツ人だっけそう言えば。
あわてて再度、表紙を見る。
『シェアハウス独伊R18。〜新しい同居人なんて関係ない〜』
独伊!いつぞや菊がつぶやいてなかったっけ。
ひょっとしてこれ、漢字表記の国の頭文字?もしかして出身国を名前にしてんの?独伊ってCP名?ルームシェアの話ってことは描いたの菊?新しい同居人ってまさか俺?
恐る恐るもう一度開くと、確かに゛フランス゛と呼ばれる俺みたいなキャラが、゛イタリア゛つまりイタリア人のフェリシアーノそっくりのキャラと会話している。
まさかこのクローゼット全部こういうの?ほかの本を求めて本棚に手を伸ばしたとき、バタンと扉の閉まる音がした。
「ただいま戻りましたー」
元どおりに戻すヒマなんてねぇ。菊が、クローゼットの前で慌てる俺を見て、固まった。
「っフ、フランシスさん!あなたまさか」
「ごめん、菊ちゃん勝手にあさった」
「み、見ちゃいました?」
「……えへ」
見ちゃった。かわい子ぶって上目づかいをかましてみるけど、効果はないらしい。
菊は、ああああと気の抜けるような声で唸った。
「別に、隠し通そうとか考えていたわけじゃなくてですね。フランシスさん腐ってなかったので、その、ナマモノチックなBLなんてさすがに引かれるかなぁーと」
ちろり。正座しつつ菊が俺の顔色をうかがう。可愛い。まあ一利ある。
だけど俺は苦い顔を崩さなかった、めずらしく自分が優位にいる詰問タイムを、手放すほど俺は馬鹿でもヘタレでもない。
「菊って、漫画描けたんだな」
「え、ええ。読んで、評価して、描いて、楽しむのが一流かなぁ、みたいな考えで。一応、文も書かせてもらっています」
「”シェアハウス”描くまえは何描いてたんだ?」
「えーと、あのころは百合だと思います」
「ていうかこれ売ってんの?ただの趣味?」
「……すいません、即売会で売らせて頂いています」
「ナマモノってか読者からすれば、ほぼオリジナルに近いよな。売れてんのか?」
「皆さん、わりと。喜ばしいことに、一部では二次供給もはじまりました」
ガチで?
「えらくマジです」
うぜぇよ赤玉。ネット上での販売は?
「サ、サーセン。やってます、HPもありますです」
「あとでURL教えてよ。自分のCPも描いてんの?」
これ俺にとっては結構な重題。
ドキッ☆男だらけの密室とか言ってアルフレッドやムキムキに"日本"が犯されてたら、いくらキャラだけでもお兄さん泣いちゃう。
強要したわけでもないのに、正座をつづけつつ菊は答える。
「はじめは脇役だったんですけどー……」
けど?
「嬉し恥ずかし、ファンの方から要望があったので描いちゃいました」
えへっ☆とかわい子ぶる菊。
お菊ちゃん、それしなくてもかわいいよお前はじめからかわいいよ。字余り。
「せ、攻めは?」
ここ一番大事。
「やっぱり私が受けって不動なんですね……身長ですか?身長ですね?私、日本男児なのに……」
「いーから誰!?」
「フランシスさんを除いた、全員描かせていただきました」
少しだけ、恥ずかしそうに言う菊。まさかの想定外。
俺の菊ちゃんが。
唖然としていると、とりつくろうように菊は言った。
「私も自分に萌えなんてありえないと思っていたんですが、キャラとして固定すれば、いくら自分が元モデルでも、萌えって発生したんですよ」
いい発見をしたとでも思っているのだろうか、フフン、少しだけ自信ありげに話す菊。
お兄さんが責めたいのはそこじゃねぇぇぇええ!このニブチン!
俺は頭を抱えつつ、正座したままの菊を押し倒した。口にキスして耳元に唇をよせる。
無理矢理作ったものでもいい、こういうのはムードが大切だ。
耳に軽く息をふきかけ、ん、とくぐもる菊を視認しながら、低い声でささやく。
「なぁ……トーゼン、仏日も描いてくれるよな?」
「リクエストは来てるので、その予定ですよ?」
今のところ王道は独伊と米日だったんですけど、もしかしたら仏日になるかもしれませんね、と言う菊。
恐るべし腐女子。願わくば独伊以上の王道CPになって、ほかの日受けのリクエストが来ませんように。そしてこの瞬間、このルームシェアで一番警戒する相手が"アメリカ"であるアルフレッドに決定した。
「そろそろ離してくださいよ、朝食作るまえに、かみなぎ見たいんですから」
なんとも思っていない表情で押しかえしてくる菊。
とりあえず当面の目標は、BL読めるようになることかな。心に決めてテレビに向きあった。
やっぱ面白いかみなぎ。くたばれジン。
