シェアハウス 3
アントーニョと遊んだ帰り、わりときれいなアパートの階段を登ってシェアしている部屋を目指すと、ちょうど菊がおでかけの様子。
おお、いつもの2,3時間のおでかけってやつか?これでおでかけ先がわかるかもしれない。
彼は何故だか、この出かけ先を隠そうとする。
直接聞いてもはぐらかすし、他の奴も知らないという。追跡しようとしたことはあったが、扉を開ける音でバレてしまった。
だが今回はその恐れはない。きょろきょろ周りを警戒している菊を追った。
警戒しつつ行く先はどこだ?
もしかして隠している恋人とか?ひどい、浮気ね!許すけど!
エレベーター、行く先を見ると当然下に下がるかと思いきや、上へと上りはじめた。
でかけるってアパート内へでかけるだけ?不審に思いながらも、お兄さんちょっと頑張って階段をかけあがる。エレベーターを確認しつつ上の階に行くと、最上階でランプは消えた。
「あと5つものぼらなきゃならないじゃねーか……」
根気に負けてエレベーターを使う。すぐに降りてくるって事態はないだろうし。
庶民むけアパートもそこそこ気を使っている。
一階と最上階はほかの階、たとえば俺たちの住む部屋より広い間取りをとって、少しだけ金回りのいい住民を受け入れていると聞く。
最上階には3つしか部屋がなかった。
俺たちの階は7つだ。そのうち二つをとって繋げるという改装が施されている。
菊がどこに入ったかはわからなくて、俺はあきらめて部屋に戻った。
菊がやっている仕事は着替えなきゃいけない類のものらしいから仕事場とかじゃないだろうし、知り合いでも住んでいるんだろうか。隠したい類の。
恋の狩人なめんなよ。絶対つきとめてやんよ!一人で神に誓ってみた。
「フランシスさん、少しいいですか?」
昼間、俺が優雅にネットサーフィンという名のサイトめぐりをしていると、後ろから声をかけられた。
焦って返事をして、窓を閉じる。
見られるとちょっと嫌、かな。いや別にお兄さん隠そうってわけじゃないんだけど、エロゲサイト見てるのをマイハニーに見られるのはちょっと、なんて思う心は普通でしょ?
冷静になって見れば、部屋には俺と菊との二人っきりだった。
せっかくの恋人タイムにパソコンに向かってて寂しい思いをさせたか、なんて妄想くりひろげてみる。菊がそんなタマじゃないことは理解しているけど。
「なーに?あ、ベーゼが欲しいって?いやー、気づかなくてごめんな」
「耳悪いんですか?耳鼻科へ行ったらどうです……ちょっと失礼しますね」
言って菊は、俺が握っていたマウスを取って操作する。身をのりだしてきてるから背中に菊の体が密着してなんとも美味しい体制だ。そんなこと気にもしていないんだろうが、少しだけ胸が高鳴る。
菊に操作されているカーソルは、IEの履歴ボタンを押した。すばやく表示される日付の、3日前をクリックする。ずらりとURLが並んだ。
「使うんなら、俺退こうか?」
「いえ、居てください」
なにその要求?あ、くっついていたいです、とか?
俺の予想むなしく、菊があるアドレスをクリックすると、その下にずらり表題が並んだ。
『リトルバスタース』
『CLLANAD』
『RIA』
『Konan』
『智夜ビフォア』
『ずっと続いていく愛はあるんだ、絶対に』
『じゃあ、なかなおりのちゅー』
エロゲの題名やら名ゼリフやらである。しかも、自分が見た記憶のあるものばかりがそこに表示されていた。
まずい、履歴消し忘れなんてなんという初歩的ミス!
いやでもね、アルフレッドなんて堂々とアダルトサイト見てるし、フェリシアーノもたまに見てるし、いくらなんでもエロゲごときで口出ししてこないだろ。
一般の日本人が、オタクに向ける目は厳しいって現実はわかってるつもりだけどさ。
アルフレッドの野郎、男の癖にゲーム好きのくせにゲームはアクションが基本だろ!ってことでギャルゲーエロゲーには一切興味ないらしい。
菊は無表情で尋ねてくる。
「これは、あなたが見たものですよね?」
「そ、そうだけど、これも一種の日本の文化じゃん?全否定はお兄さん感心しないよー」
どんな反応してくるのか、ドキドキしながら待つ。
ぶっちゃけここには漫画を少ししか持ちこんでないから、エロゲOKなら凄く嬉しいんだけど。
菊は俺の両手をとって、自身の両手で握った。
「否定なんてとんでもない、私もKAGIの大ファンなんですよー!語れる人がこんなに身近にいて嬉しいです!」
菊はぶんぶんと俺の手を振った。いつもは鈍い光しかない目が、今はらんらんと輝いている。
趣味が完全一致ってそれなんてえろげ。
いやいやエロゲ違うエロゲ違う。それなんて少女漫画?
「他には?他にはどのようなものが好きなんですか?」
「えーっと、FAITとかつよすきとかTwoHeatとか、まぁ有名なのは大体やったな」
「うぉぉ、王道っていいですよね。マイナーもいいんですけど、でも王道には王道たる理由があるっていうか」
普段ののんびりテンションとは比べ物にならないほど、熱くかたる菊。
ああこんな一面もあるのね、脳内菊の性格に少し修正が入るが、それで愛が薄れることはない。ていうか趣味が同じならそれは嬉しい。
少し発散して落ち着いたらしい菊は、あ、と声をあげる。
「フランシスさんベッドの上にスラダンありますよね、もしかして、漫画とかアニメもいけるクチですか?」
はじめて見る、キラキラした期待100%の目で見つめてくる菊。
とっても嬉しい視線ではあるけれど、それってオタク仲間GET!って意味で全然色気あるものじゃないんだよなぁ。
これが菊ちゃんからのはじめてのステキな瞳ってどうなんだろう。
「オタク文化、いいよな」
「その呼び名微妙に気に入らないんですけど、でも最高に間違いはないです」
でも、これで俺と菊との親密さが増すのは間違いない。心の中でこっそりガッツポーズをとる。
遅ればせながら一歩どころか数十歩前進。本当に恋人関係になるのも近いな、こりゃ。
菊はふと、周囲を警戒する。
「どうかしたか?」
「お仲間のあなたに、案内したい所があるのですが、お時間よろしいですか?」
「お兄さん、日中は基本ヒマだぜー」
言うと、菊はそろそろと部屋を出た。
おとなしくついていくと、たどり着いた先は同じアパートの最上階の端っこの部屋。
「あれ、ここって……」
ここに来た記憶はまだ新しい。
以前、菊の数時間のおでかけの際に、こっそりと彼をつけてきたら最上階で消えた。つまり、最上階のどこかの部屋に入っていった。
それがここなのか、小豆色の扉が開いて、どうぞお入りください、と菊が言った。
妙な熱気につつまれながら足を踏み入れると、そこら中に広がる、いわゆるオタク文化的物体。
俺たちの住む片方の部屋よりずっと広いはずなのに物に溢れてずいぶん狭く見える。
「専用に部屋借りてるんですよー」
近いとこ借りるとバレちゃうかなって思いまして、一番遠くのこの部屋を借りることにしたんです。こんなに広くなくていいのになーなんて当初は思ってたんですが、今じゃあ少し物足りないくらいですよ。
ふり返ると、実にいい笑顔でほほえむ菊がいた。
「あ、フランシスさんいつでも使ってくださっていいですよー。こっちに来るとき持ってこれなかったものとかあるでしょう?置いといていいですから。こういう共有って夢だったんです」
はい、合鍵。と、通常なら恋人の証と同等の価値を持つほど嬉しいものだが、今はただのオタク的仲間認定証を笑顔で手渡された。
嬉しいよ。
うん、超嬉しい。
だって二人の秘密ってやつじゃんねぇ、願ったり叶ったりじゃん。
なんとなく、物足りない気がするのは気のせいだと思うんだ。うん。
