シェアハウス 2
※独伊風味です。ご注意!
珍しく早くに目が覚めて、ベッドの上で二度寝を計画していると、ことこと、共有部屋のほうから料理をする音が聞こえて、ゆっくりと頭が冴えた。
新婚さんってこんな感じかな、こぢんまりとした台所にむかうと、質素なエプロンをつけた菊が朝食の用意をしている。
ちょうど終わったところのようで、菊は振りむいてこちらに気づくと、おはようございます、とほんのり笑うので俺も笑顔で返した。
「今日は早いんですね。運ぶの手伝ってもらえます?」
「お安いご用さマイハニー。でもその前に」
近づいて、小さな口にキスを送る。朝の挨拶と称した俺のラブコールだ。
唇を押しつけたまま舌でわって入ろうとすると、眉が歪み逃れるような動きが生まれる。
べろちゅーは駄目なのか。少し残念に思いつつも離れようとしたとき、ごとっと背後で音がした。
見るとルートヴィッヒが、なんとも言えない驚きの表情で突っ立っている。そういえば、こいつと菊は早起きなんだった。
「す、すまない。邪魔するつもりはなくてだな・・・」
いつもは堅物なだけの表情がわずかに赤く染まって、きょろきょろした後ルートヴィッヒは引っこもうとする。
菊が慌てて俺を突きはなし、ルートヴィッヒを呼びとめた。
「おはようございますルートくん!変態ホストが何かやらかしただけなんで、妙な気は使わなくて大丈夫ですよ、むしろストッパーになってくださいましてありがとうございます!」
「変態って酷くねー?マイハニー」
「誰があんたのハニーですか」
とりあえずルートヴィッヒは気まずそうにトイレに入り、出てきた。
普段はオールバックに決めている彼だが、さすがに寝起きは硬そうな髪がおりている。
髪の隙間から見える目と眉はちらちらと菊と俺とを見比べている。さすがに頬の赤みは引いていたが、ひどく動揺しているのは変わりないらしい。
「二人はやはり・・・・・・こ、恋人なのか?」
「やはり・・・ってなんですか、この人と私がそんなわけないじゃないですか」
「別にかまわんぞ。ゲイというものに対して偏見は多少なりとあるかもしれないが、これを機になくそうと思う」
若さゆえか、純粋そうな目でこちらを見てくる医学生、ルートヴィッヒ。
眉間によった皺とムダにある威圧感で小児科志望のくせに子供に近づいただけで泣かれるという悲劇の医学生くん、いつもは大人びて見えるけど、今ならなんとか若く年相応に見えるよ。そもそもオールバックにしなけりゃそこまでないとお兄さんは思うんだ。いちおー鍛えている俺よりずっといい筋肉持ってるけど。
純朴な視線にやられたのか、菊が困った顔でアイコンタクトしてくる。
はいはい、俺のせいだって言うのねわかるよどうにかしろってんだろ。
「あのなルー坊や」
「ル、ルー坊や・・・?」
「うん、俺たちまだ恋人同士じゃないんだ。お兄さんが猛アタック中なわけよ、全身全霊をかけてさっきみたいに愛を伝えてんだけど、菊ちゃんはあざやかに避けちゃってんの」
「そ、そうなのか」
「そうそう。まぁ近いうちには口説き落とす予定なんだけどな。あ、それと俺はホストやってるくらい女が大好きだから。ゲイじゃないよ、菊ちゃんが特別小さくてかわいらしいからしょうがないんだ」
「後半は余計です!」
唖然とするルートヴィッヒを前に、トドメとばかりに俺は菊のアゴをつかみふたたび口を寄せようとする。本気ではないが右ストレートを食らった。
「ほらね、だから拒否られてんの。さっきのはふいうちってやつ?お兄さんの恋愛テクニーック」
理解してくれた?俺と菊との間にある悲しい一方的な矢印のベクトル。
納得まではいってないのかもしれないが、ルートヴィッヒは頷くと通常通りの態度に戻った。するりと俺らのあいだを抜けて、配膳をする。その動きが自然なので、いつもこの時間に起きては菊を手伝っているんだろうということがわかった。
まわりから話を聞くかぎり、この医学生は新聞奨学生をやりながら、さらにバイトを入れ大学に通っているという。学業に費やせる時間は限られているというのに、その成績はトップクラスらしく、ずいぶんな働き者だ。
ルートヴィッヒは朝食をテーブルに並べおわると、くるり俺に振りむいて、菊には届かないように小声で言った。
「おい、本田に卑劣な真似だけはするなよ」
「おや?ルー坊やは菊ちゃんが好きなのかな?」
「違う!・・・感謝しているから、辛い目にあってほしくないだけだ」
っていうかルー坊やは止せ。照れ顔で言う彼は、たしかに、菊が狼狽するほどにピュアだ。若さってすごいな。
フェリシアーノを起こしにいった菊を眺めていて、イタズラを思いついた俺はルートヴィッヒの耳に口を寄せた。
「お前さ、フェリちゃんとはどうなの?」
「近いぞ。・・・どう、とは」
「だーからー、恋愛的な意味でどう思ってンの」
「はぁ!?」
「いっつもフェリシアーノ、お前にくっついてんじゃん?キスもハグも一番してるのは、君たちだとお兄さん思うんだけどなー」
どうなんだよ。硬直したルートヴィッヒの肩をよせて、こっそりと耳に呟いて聞いてやるのはせめてもの情けだ。こいつの返事が興奮してでかいのは俺のせいじゃない。
「ど、どうって・・・!何もあるわけないだろうが!」
こそこそ話の意味もなくルートヴィッヒが叫ぶと、ナイスタイミングで起こしてきてくれたな菊、当人が目をこすりこすり起きてきた。あー可愛い。
「ヴェー・・・?朝からどーしたのルート、何があるわけないの・・・?」
「な、なんでもない」
ルートヴィッヒはフェリシアーノから顔を背けて言う。
「ヴェ、まーいいや・・・。たいちょー、おはようのハグとキスを要求するであります」
眠そうな目で、テキトー加減全快でフェリシアーノがルートヴィッヒにいつもの敬礼をした。
そう、いつものほのぼのとした光景である。スキンシップをこよなく愛するイタリアンの、一番の友人に対する朝の挨拶。当然、口へのものではなく額や頬のこと。
俺のイタズラ心によって、ルートヴィッヒが固まっただけ。
いつもは文句を言いつつ、少し照れながらしてくれるはずのルートヴィッヒが動こうとしない。フェリシアーノは首をかしげる。
「ルート?」
「フ、フェリシアーノ・・・今日は、ちょっと・・・」
イタズラ心、第二段発動。ずっと俺のターンDA☆ZE。
うきうきとフェリシアーノにささやいた。
「フェリちゃーん。ルートヴィッヒな、今日はお前からして欲しいってよ」
語尾にハートをつけるいきおいで俺がそう言うと、眠気眼のフェリシアーノが笑顔になって「うん!わかった!」と元気のいい返事をする。
それを聞いて、堅物ルートヴィッヒが焦っている。うわぁ、コレ超面白いんだけど。
ニヤニヤ顔で経過を観察していると、横にいた菊がわき腹をつついてきた。
「ルートくんに、なにしたんですか」
「いやー若き青少年をからかってみただけだけど?」
その日の朝の食卓は、朝食を取らないアルフレッドまで珍しく起きだすほどに騒がしくなった。
フランシス兄ちゃぁぁぁん。
漫画を読んでいたところに、ずいぶん落ち込んで声をかけてきたのは陽気が代名詞1号フェリシアーノで(2号はアルフレッドな)、普段との差異に、知り合って間もないルームメイトだがなつっこさは最高の可愛い弟分、少し心配になる。
「どうした?」
「ヴェェー・・・、あのね、ルートが変になっちゃったーー」
詳しく話すまえにはやくも涙声になるフェリシアーノ。
本人には悪いがこっそり安堵する、やつが多少普段と違う行動を取るようになっているのはこちらも知り合って間もないが認識しているし、なにより元凶は俺だからだ。そう重大なことじゃなくて安心した。
ルートヴィッヒの野郎は俺が菊ちゃんにキスをかますと睨んでくるし、フェリシアーノがハグすれば逃げられ、かといってスキンシップを求むと赤くなってやはり逃げている。
俺の戯れ言なんてその気がなければ忘れりゃいいし、その気があってもフェリシアーノに悟られないよう誤魔化すことくらいやりゃいいのにそれができないピュアボーイ、最近のルートヴィッヒへの堅物から変わった代名詞はそれである。
「なんでかなぁ、オレ、ルートに嫌われた?」
すんすんと鼻を鳴らして涙を浮かべるフェリシアーノ。目元は赤くていつも以上にカワイイ。
いつもの俺だったらいただきますしちゃってるとこだけど、横には真剣にフェリシアーノの心配をしているマイハニー、菊がいる。恋多き男でもさすがにハニーの目のまえで浮気はよくない。
「あり得ないあり得ない」
「なんでぞう言いぎれるのーー!ヴェェェェエエエーーー!!オレのムキムキがぁぁぁーーーー!!」
鼻声で叫ぶフェリシアーノに、俺は耳をふさいだ。痛いほどうるさい。
菊がその茶色いほわほわした頭を緩やかになでた。
「あの性格です、嫌うならとっくの昔に嫌いになってますよ。フェリくんは変わってないのに、いまさら急に嫌うわけないでしょう?」
「・・・・きぐぅー・・・・・ひっく、・・・そうがなぁっ」
「そうです。きっと訳があるんですよ」
菊はフェリシアーノの頭をなでながら、こっちをじと目で見てきた。
「二人がくっつくならくっつくで美味しいですけど、これじゃあ逆効果ですよ、ルートくん説得してきてください」
小声で言われる。いやん耳元でささやかれるとお兄さん感じちゃう。
じゃなくて、美味しいってなにそれ?
「こっちの話です。さっさとルートくんを元に戻してくださいって言ってるんですよ。過剰防衛しすぎなんですから」
ていうかこれ完璧に伊独ルートじゃないですか、私は独伊派なんです王道はまさしく正道、いえ茨の道も大好きですけど。
ぶつぶつと呟く菊の放つ単語はわけがわからない。いどくルートヴィッヒ?お兄さん菊がわからない。
「とにかく、人の心を弄ぶのは感心しません」
まぁ、ハニーの言うことは聞かなきゃね。
夕飯直前に帰ってきた挙動不審気味のルートヴィッヒに、しとしとと友情、友愛について熱く語ってみた。照れたように反応するルー坊や。
「そ、そうだよな、友情だよな、なに勘違いしてたんだ俺は!」
さすがはピュアボーイ、汚れちまった悲しみにお兄さんの良心ちょっぴり痛みつつ、ピュアピュアな二人が納得して満足しているようなのでモウマンタイ。三歩進んで二歩下がる。
俺も菊ちゃんと一歩だけでもさきに進みたいです。敬具。
