シェアハウス 1
「以前言ったように、二部屋を私を含めた6人で使用してもらいます。むこうは寝室です、二段ベッドの下を使用してください。ご自分のベッド上はご自由にしてかまいません。TVや目覚ましなどは迷惑にならないようにヘッドフォンでお願いします」
「ふんふん」
「ここの部屋は共同スペースです。あるものは適当に使ってください、冷蔵庫は大きく名前を書かないと食べられますよ」
「じゃあ菊ちゃんにも俺の名前書かないとな」
「冗談は口だけにしてください」
菊の細い腰に腕をまわすと、手をつねられた。
わかってるとおり、この可愛らしい子はなかなか気が強いらしい。
「欲しいものがあれば申し出てくれれば考慮します。家賃は光熱費込みで月に千円。それとつたない手作りですが、ご飯は一食50円です。前日までに私に伝えてください」
以上です、後はのちのち対処してください、菊は部屋を見まわしてそう言った。
「え、まじで?」
「お気に召さないのなら、手数料なしで契約解除が可能ですが」
「いやいやいやいや!6人のシェアにしてもなにその好条件!?一年・・・6万7千円で過ごせるじゃねーか!そんなんでおまえ儲かんの!?」
三食飯付き、共有だが十分すぎる家具つき、一応二部屋、電気機器使い放題。
そんな夢のような条件で月になおすと5500円。なんて低価格。給食なんて休みは含めず昼だけで4000円だぜ?
立地は田舎どころか都市の中心地で、駅までは徒歩10分。アパートを出てすぐにコンビニもある。異常だ。
「・・・せまさ以外の不満なら言ってくだされば解消しますが」
「不満あるわけないでしょー、大満足よ!」
これからよろしく、マイハニー。
言って菊の口にキスしたら、冷静に両頬を掴んでのばされた。地味に痛い。
***
住んでみるとその凄さがよくわかった。手元にはいる金が家代や飯代に消えることがまったくと言っていいほどない。何より飯が上手いというのがいい。
菊の祖国食やイタリア料理中国、トルコ、などなど彼の作るレパートリーは半端なかった。そしてちょいちょいアレンジされてはいるものの、味は至高のものだった。
「いや・・・お兄さん料理にはうるさいけど、菊ちゃんのは文句のつけようがないね」
「ありがとうございます」
「菊料理上手だもんねー!レストラン開けるよ!」
横で日本食をむさぼる陽気青年あらため、イタリア人のフェリシアーノは言った。慌ててアルフレッドも美味しいよ!と付け加えている。
菊は慣れているのか、照れも謙遜もせず再びありがとうございますと軽く会釈した。
「でもあれだな、フランス料理は作らないよね。どうしてだい?」
アルフレッドが梅干しに口をすぼめながら言った。そういえば、フランス料理は世界一の美食であるという自負はあるのに菊が作ったものを食べた記憶はない。
「菊ちゃーん、お兄さん悲しいよ。俺の国の料理は学ぶに値しないかい?」
「いえ!私の料理はその、シェア中に住人に習ったものでして・・・フランスの方が今までいなかったんですよ」
少し恥ずかしそうに菊は顔をうつむける。
「じゃあお兄さんが教えたるよ、手取り足取り」
「妙な指導はいりませんよ」
「期待してくれたんなら、裏切るわけにはいかないねぇ愛の国出身としては」
「だまれ変態の国」
菊は俺が手をだすと反撃してくる。
最近分かったが、人目がないと事後に反撃、人目があると事前に反撃だ。可愛い口にキスする前に、梅干が押しこまれた。ご飯の上に乗っていた梅干で、俺は脇に避けていたのだが。
俺アルフレッドと違って納豆とかはOKだけど、梅干だけは勘弁なんだ。昼間っからこれは酷いよ菊ちゃん。
「人の作ったご飯を残すのはマナー違反です」
「屁理屈かもしんないけど、梅干は市販でしょ?」
おそるおそる果実を噛むと、独特の酸いが舌をしびれさせた。急いでかみちぎった果肉を飲みこみ、薄めたくてご飯をかきこむ。
このすっぱさを産みだすのはどんな作り方なのか。
気になって調べたが、相当手間がかかる。下ごしらえがどうのというレベルではない、その分長持ちするということだが、最近の日本人はほとんど市販ですますというのは実に理解ができる話だ。
「・・・手作り、ですけど」
「・・・・・・・」
一口噛んだもののギブアップしようかと考えていた梅干しを咀嚼し、果肉はどうにか飲みこんで種だけ出した。のど奥に酸があたり、思わず咳き込んでしまう。
シェフに対する敬意だったのに俺かっこわるい。アルフレッド笑うなこの野郎。
「お、まえ・・・・副職は?」
「してますよー」
やってることはわかるんだよ。こんな部屋の管理人なんて儲かるどころか赤字だろうから。
だけど、三食飯を作ってるってどこの専業主夫だ?どんな副業をやる暇があるんだろうか。
何やってんの?聞くと、菊ではなくフェリシアーノが答えた。
「菊ねーすっごいんだよー!えっと、、えーっと・・・・なんだっけ、世界に、世界をひっぱる仕事・・・?だよ?」
勢いだけは良かったものの、結局は知らないような口ぶりだ。
「なんだそりゃ」
「フェリくんフランシスさん、ご飯が終わったなら皿は流しへ運んでください。アルフさんはもうやってますよ」
菊がカチャカチャと片付けはじめたので、俺とフェリシアーノは急いで流しに自分のぶんの食器を運んだ。片付けも菊がやっているが、運ぶのは俺らの仕事らしい。微妙なラインだ。
そのまま菊は洗い物に入ったので、聞く機会を失ってしまった。
気になるが、ソファを陣取ってシエスタに突入しようとしているフェリシアーノは当てにならない。
俺はテレビを占領しテレビゲームを始めていたアルフレッドにすりよった。
ちなみにソファやこれらゲームは、彼らの私物ではなくわがままによって備えつけられた共同スペースの備品らしい。共同品だ。なんて太っ腹な管理人。
「で、結局なんなんだ菊ちゃんの仕事は」
「一ヶ月もしないうちにわかると思うぞ!それより、ゲーム中に話しかけないでくれるかい?」
PS2の○ボタンを連打しまくるアルフレッド。中々のゲーム中毒者っぽい。明るいけど。
数日たつが、彼の仕事はわからない。
ここまでくると、変な意地で本人や他の人物に聞こうという気にならず、アルフレッドの言葉を信じつつそれまでに予想するということにとどめておくことにした。
ポリポリポップコーンをむさぼりつつDVDを見ているアルフレッドに、ポンポン職業名を吐く。
「デザイナー」
「NO」
「社長秘書」
「NOだね」
「ネット関係?」
「NO」
「んー・・・詐欺師?」
「それは無いんだぞ!」
そろそろ思いつかなくなってきた。
口ごもると、アルフレッドの隣で一緒にDVDを見ていたフェリシアーノが口を出す。
「ねぇねぇ、それよりフランシス兄ちゃんの仕事はなにさー」
「お前、服装でわかんなかったの?」
服装?フェリシアーノは可愛らしく首をかしげた。わかってはいたが、観察力のない奴だ。
「ホストでしょう?」
菊がお茶を運んできて言った。俺は横にまわって彼の腰に手を伸ばす。
「やだなー、女性に夢を与える仕事って言ってよ」
「そうですね、こういうことも女性にしてあげてくださいな」
手をつねられて終わった。二人っきりだと腰を撫でまわすくらい享受してくれるが、あいかわらず人前では即座に抵抗するらしい。境目がわからん。
部屋の中央にある小さなテーブルに三人の茶を置くと、菊はふらりとドアに近よった。
「二三時間ほど、出かけてきますねー」
「はーい、いってらっしゃーい」
フェリシアーノが元気に答える。菊はそそくさと出ていった。
俺は茶に口をつけながらソファに腰をおちつける。
注意して観察していると、菊は昼過ぎ、食事の片付けをしてから必ずでかける。とはいっても二三時間、まともに金が稼げる仕事だとは思えない。それ以外に外出している気配はない。
俺は夜から明け方にかけては店に出ているので、その間のことはわからないが。
広がる苦味が癖になる茶を口に含みつつ、アルフレッドよりは適当にDVDを見ているらしいフェリシアーノに今度は尋ねた。
「あいつ、いつも何処行ってんの?」
「聞いても教えてくれないんだよねー。着替えてないから仕事じゃないはずだけど」
「あー?普段着のままできる仕事じゃねぇの?スーツマンか汚れる力仕事?力仕事はなさそうだなぁ、あの細腕じゃ」
「あはははー。あれ、もうこんな時間だ」
フェリシアーノは壁かけ時計を見て、不満そうに眉をさげた。
「オレ仕事行ってくるねー。夕飯はいらないって菊には言ってあるからー」
ヴェーと妙な声を出しながらフェリシアーノも部屋を出ていった。あいつは流行の派遣で、束縛されないのが気に入ったといって、いまは石焼芋の販売をしているらしい。それ派遣か?と思うものの本人は派遣だと言いきるのだからしょうがない。
因みにDVDの呼びかけにガチで答えているアルフレッドは驚くことに俳優志望だという。
たしかに彼は少々肉に過ぎ、騒がしいKYだが顔は一流だ。思えばこのルームシェアしているものは皆、顔が整っていると思う。俺がトップなのは間違いないけど。
「んー・・・・なんとかアドバイザー?」
「それ範囲広くないかい?NOだけど」
