Just Like Heaven 9-恋人はゴースト-.
協力してくれそうな友人に連絡を取り、友人宅へとアルフレッドと赴いた。
「なんか見たことあるやつだなぁ……」
アルフレッドが菊の背後で呟く。
菊が電話で話すことに混乱しながらも、友人は青いバンのキーとケータイを持ってバタバタと自宅から出てきた。
促されて乗りこむ。菊は助手席に、アルフレッドは後部座席に乗った。
目的地であるカーライル病院に行ってくれるように頼む。
「すみません、フェリシアーノくん」
「ううん、いいよ!でも何の……あ、もしかして、幻の人関係ー!?」
思いついたとばかりに菊を指差してフェリが言った。
どう言ったものかと思うが、否定もできずに菊はただ微笑んでおいた。
後部座席に座っていたアルフレッドだけが「まえ!まえ見ろよ君たちーー!」と叫んでいたが、運転しているフェリシアーノに彼の言葉が届くはずもなかった。
*
非常口の裏にバンをとめてもらった。
全てはカーライル病院の構造や従業員の癖などを知っている、アルフレッドの指示だ。
さ「こっちだ!急ぐんだぞ!」
「こっちです、急いでください」
「う、うんー」
聞こえない上に見えないアルフレッドの声をフェリシアーノに伝えるため、菊は彼の言葉を反復した。
アルフレッドの姿は菊以外の誰にも見えない、それがここにきて役に立つ。さきにアルフレッドが覗き込み、誰も居ない場所を探して菊とフェリシアーノが乗り込んだ。
アルフレッドが「こっちだ!」と叫ぶが、以前来た病室ではないところに彼は入っていった。
慌ててフェリシアーノを誘導して中に入る。倉庫だろうか、なにやら見慣れぬ医療器具がたくさん置いてあった。
見回して、的確に指示してくるアルフレッドに従って、アルフレッドの身体の生命維持に必要だと思われる器具を手に集める。白衣が置いてあったので見つかったときのために、菊が羽織る。事情を伝えていないフェリシアーノが目を白黒させていた。
「よし、行くぞ!」
「はい!」
「ヴェ!?キク!待って、どういうことー!?」
その倉庫を後にしようとしたが、フェリシアーノに引きとめられた。アルフレッドも立ち止まる。
「……病院で何するの。そろそろ教えてよ!協力するんだから、聞いとく必要もある、と思う」
じれったい。時間がないんです、とはもう使えないらしい。
理由をひとかけらも説明せず、ここまで付いてきてくれただけでもフェリシアーノはいい友人だ。
「キク!」
「幻の人が見える、と私言いましたよね。……まだ、見えているんです。それに、彼はそこにいらっしゃる」
真実だと伝わるように、できるだけ声を低くして、アルフレッドのいる方向に手を伸ばす。
フェリシアーノはいぶかしげに菊の手の先を見る、が見えないのだろう、首をかしげる。
菊は低い声のまま、今に至る経緯を簡略化して伝えた。
だが、フェリシアーノは困ったような顔で菊を見てきた。
「キ、キクー。……精神科、いこっか」
「時間がないんです、信じてください!……彼は、アルフレッドさんは今はあなたの後ろに居ます」
フェリシアーノは、バッと後ろを見る。だが、彼の瞳には何も映っていないんだろう、ゆったりと菊に視線を戻した。
アルフレッドも困ったようにこちらを見ている。
フェリシアーノは何を思ったか、自分の手を背後に回した。
「じゃあ、当ててみて!オレが後ろで手を何にしてるのか」
アルフレッドは明るく笑って、OKの印を伝えてきた。
他愛もないことだ、菊の位置からフェリシアーノの手が見えなくても、アルフレッドの位置からは丸見えなのだから。
「グーだぞ」
「グーです」
「チョキ」
「チョキです」
菊はアルフレッドの言葉を反復する。
フェリシアーノは珍しくも表情を固めている、表情で読めないようにしているのだろう。
「パー」
「パー」
「君、オレに喧嘩売ってるのかい?買うけど?」
アルフレッドが手をバキバキとひねり、怒りを秘めた声を出す。
「何か怒らせるようなことを?」
ぱっちり、フェリシアーノは驚きに目を見開いた。
「ほ、ほんとなんだ……あ、疑ってごめんなさい。えーっと」
フェリシアーノは信じてくれたのか、わざわざ振り返ってアルフレッドに謝っていた。
「アルフレッドさんです」
「ごめんね、アルフレッド!信じるから!」
アルフレッドはアルフレッドで、フェリシアーノが少しズレた方向に謝ったので、憤慨していた。彼の様子からすると、どうやらフェリシアーノは先ほど、中指を立てたようである。
*
とりあえず、今度こそ協力者の了解を得、倉庫を出て足音を立てないように走った。エレベーターで誰かと鉢合わせしたら面倒だと、階段を駆けあがる。
生身の二人が息を切らして、ひとつの個室に入った。
もちろん眠る患者はアルフレッドだ。
「あーーーーーっ!!」
静かにことを進めようとしていたのだが、突然フェリシアーノが叫んで驚く。
眠るアルフレッドの顔を見た直後だった。
「この人だー!!」
「フェリシアーノくんっ、お静かに。何の話ですか?」
「だから、菊がすっぽかした人だよ。会食しようよって言ってたでしょ?」
フェリシアーノに言われて、菊は自分の記憶をたどった。
そういえば、住むところが見つからず、まだホテル暮らしをしていた時分、フェリシアーノが友達を紹介する、と言って会食に招待したことがあった。
ひきこもりだったため、面倒ですっぽかしたのだが。
「アーサーの弟なんだ、どおりでアルフレッドって聞いたことあるって思ったー」
「なるほど、オレが約束に遅れちゃって、そのまま事故にーってやつだね?アーサーから話は聞いてるんだぞ!」
アルフレッドが言う。こんなところで変なつながりがあったとは夢にも思わなかった。
つまり、菊とアルフレッドは幽体になる前に出会うことが決まっていた、ということか。
フェリシアーノが菊にアーサーを引き合わせようとし、アーサーはアルフレッドにフェリシアーノと菊を紹介しようとしていた。どちらもその場に行くことはなかったにしろ。
「アーサーさんとご友人だったんですか、あなた……」
「あれ?もう知り合いだったの?」
「いえ、このユーレイ事件で知り合いまして。それより、急ぎましょう。人が来るといけない」
アルフレッドの指示で、彼の体の接続を動かせるものへと変える。構造はわからないが、付け替えくらいならば医者の幽体が指示したのでできた。
「さぁ、連れ出しますよフェリシアーノくん」
「おっけぇー!」
アルフレッドに先立ってもらい、部屋の外に人がいないかを見る。
誰もいないことを確認したら、そろそろとしているヒマはない。
侵入したときは単に身軽な二人だけだったが、今はプラス寝たきりの患者である。見つからないほうがおかしい。見つかってお見舞いです、などという良い訳もきかない。
急げ、急げ急げ。躊躇しないフェリシアーノがいてよかった。
先を走るアルフレッドにつづいて、走ってはいけない病院を病人カートを押して全力疾走する。
曲がり角には徐々に慣れた。
「蹴ってキク!」
「はい!よいしょー!」
掛け声がオッサンだというのはほっといてほしい、どうせオッサンな年齢だ。
体重をかけてスピードをゆるめ、曲がるほうにいる菊とフェリシアーノのどちらかが壁を思いっきり蹴ればそれで容易に曲がる。少々無茶な音が出るが、気にしている暇はない。
また曲がり角だ。
ブレーキをかけ始めたら、角を曲がったはずのアルフレッドが焦った様子で引き返してきた。
「ルートヴィッヒだ!こっちにくる、隠れるんだぞ!」
「えええっ、急には無理だよぉー」
ルートヴィッヒとは、以前アルフレッドの体に合法的に会いに来たときの医者だろう。オールバックか軍人口調かは忘れたが、どちらかのはずだ。
見つかったら終わりだ。
菊は見つけた物置をガラッと開けると、腰を重くした。
フェリシアーノは再び壁を大きく蹴って、その部屋へとカートごと突っ込んだ。とはいえ欧米式のドアだ、菊は一人廊下に残ってドアを閉めた。
「キク!」
アルフレッドが叫んだので見れば、ルートヴィッヒが歩いてきていた。オールバックのほうだったらしい。
軍人、もといバッシュよりは対面してないが、アルフレッドを見舞いに来た一般人だと、顔を覚えられている可能性はゼロではない。
そっとドアからはなれて、菊はペコリと軽く会釈した。
願いむなしく、素通りしてくれなかったルートヴィッヒがこちらをじっと見る。
「見ない顔だな?」
「よく地味だな、と言われますんで、記憶に残ってないだけじゃないかと」
「……ネームプレートはどうした?それに、俺はこの病院にいるアジア人の医者は認識している。少ないからな」
ギロリ、と睨まれる。睨んでいるのかどうかはわからないが、彫りの深い顔に眉を寄せられては怯えるしかない。
「私、特別コンサルタントでですね。病院長先生に依頼されたんですよ。下にチームもいらっしゃいます」
心臓がばくばくと落ち着かない。アルフレッドもひやひやしながら見ている。
ルートヴィッヒはいかにも怪しんでいます、という風に顔をしかめる。
「そんな話は聞いてない。電話してみよう」
彼はケータイを取り出そうとした。
条件反射にも近い形で、胸にしのばされた手を菊は大きく蹴りあげる。
真っ白な病院に似合わない黒いケータイが天井にぶつかった。
「ぶん殴っちゃえ!」
「ごめんなさいっ」
蹴りの体制から流れで、菊は全体重をかけてルートヴィッヒの頬を殴った。
しかし、いかんせん体重差か彼はふっとぶこともなく堪えた。
「はやくオレの体を!」
「わかってます!……たびたび、すみませんっ」
「……ぐっ!」
痛みによろけるルートヴィッヒの足を払うと、ようやく巨体は尻餅をついた。
小部屋から様子をのぞいていたフェリシアーノが、アルフレッドの体を廊下に引きだす。
ルートヴィッヒが倒れていないほうにアルフレッドが誘導したので、そちらに向かってカートを押して走った。
「……っ、バッシュを呼べ!警備班はなにをしている!」
ルートヴィッヒの叫びに、そこら中からドタドタと足音が聞こえてきた。
「キクっ、こっちにも人来たよーー!?」
「ふっ飛ばしてください!」
ヴェェー!?といいながらも、どうにもならない事態だと思っているのかフェリシアーノは病院関係者らしき人にタックルをかます。
「こっち、エレベーター!」
アルフレッドの誘導に従って、どうにかこうにかエレベーターにたどり着く。
ランプを見るとまだハコは一階だ。ジーザス。
病院関係者やら警備員らしき人を、アルフレッドの体が乗ったままのカートで追いはらうフェリシアーノと、拳法を発揮する菊。
体格的に一番の武闘派と思われるアルフレッドは幽体のため、人に触ることが出来ない。悔しそうにエレベーターが近づくのを待っていた。
「エレベーター開いたぞキク!」
「フェリシアーノくん、入って閉めてください!」
菊は最後までまわりを威嚇し、扉が閉まるギリギリで飛び乗った。
ハァハァと生身の二人が荒い息を抑えようとする。
「間にあったねー……」
「問題は一階ですよ。待ち構えているでしょう」
ルートヴィッヒのことだ、全員をほとんど一介に配置しているだろう。それどころか警察を呼んでいるかもしれない。
「あー、キク。バッシュっていただろ?」
「はい」
「あいつ、元軍人なんだ。しかも長官だったって話。日常的にメスで脅してくるよ」
「ヴェ、ヴェー!?なにそれーっ」
その情報はもっと早くに欲しかった。
しかしながら、どんな不利な状況にあろうと、菊は諦める気はなかった。
ここで諦めるくらいなら、こんな犯罪まがいのことを犯す前にとっくに諦めている。
菊は必ず、アルフレッドの体を救いだし、彼の幽体を身体に戻すと決めたのだ。
ためらう暇などない。
「キクー、どうする?」
「強行突破、します」
「よーっし、そうこなくっちゃね!」
フェリシアーノが謎にやる気をだしている。
警棒をもった相手に体当たりかますくらいだから、見かけによらず度胸があるのかもしれない。
二人が意気投合し、闘争心を高めている間、それは起こった。
狭いエレベーターの中にいたアルフレッドが突然、前触れもなく消えたのだ。
「えっ?」
「キク?どうしたの」
「アルフレッドさんが突然消えて……っあ、まさか、身体に戻ったとか?」
菊がそういうと、フェリシアーノがカートにのって眠るアルフレッドの体に触れた。脈を計っているようだ。
どうなんだろう、期待に胸を膨らませてフェリシアーノを見たが、彼の顔は浮かない様子だ。
さらにはアルフレッドの顔にも、そっと手を当てた。
「どうしよう、キク。………………アルフレッド、息、してない」
