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Just Like Heaven 3-恋人はゴースト-.



次の日から、有名なものから無名なものまで世界各国の除霊師たちに次々と依頼した。北はノルウェー南はブラジルまで呼んでみた。
全く効果はなく、いまも菊の横でアルフレッドは暇なのか逆立ちをしている。
アルフレッドがめっぽう強いとかいう問題があるわけではなく、どの霊媒師も、まず彼自身が見えていないらしい。
見当違いの方向に向かって念仏を唱えるわ聖水をかけるわ妙な入れ物を振りまわすわ。まるでゴキブリでも追いかけているかのように部屋中を走りまわり、透明な四方体の容器の蓋を閉じると差し出してきたものもいた。「この中に悪霊を閉じこめました」「彼はなんの冗談を言ってるんだい?」そもそもそんな小さな入れ物にこの図体だけはでかい子供が納まりきれるわけがなかった。
人事尽くして天命を待つなどと故人はよく言ったものだが、このアパートに来てアルフレッドと出会いすでに数日、そろそろ待つのも限界地点でもあった。
菊は頭を抱える。金はあるにはあるのだが、これ以上ペテン師どもに法外な額を支払うのは避けたい事態だ。かといって放置は却下。なんでもいいから頼れるものが欲しかった。
悩む菊の脳裏に、とある青年の顔が浮かんだ。いるじゃないですか、いい感じの人が。
駄目もとで菊は例の本屋に足を運び、あの不思議性質をそなえる青年をアパートに招きいれた。
奇妙なことばかりする先の除霊師軍団とは違って、青年はソファーに腰を下ろしたまま、宙を見ている。アルフレッドは菊の横でつまらなそうにその青年を見ていた。青年のかもしだす独特の雰囲気に少し期待する。こういうキャラが実はなんでもできるんですよね、悪いが根拠はオタク基準だ。
「・・・この部屋にいる。キクの傍にいる。・・・・こんなに強い、霊ははじめてだ」
オタク文化はじまったかも?自分の直感に感動し、青年の続く言葉を待つ。ゆらゆらと視線を漂わせたのちに、大体アルフレッドの方向を見て止まった。
「凄く、強い・・・・。いろいろ感じるけど、よくわからない。こんな霊もいるんだな、強く恨んでいる」
「何を、ですか?」
「キク・・・。出ていけと恨んでる」
そんな、ショックを受ける菊とはうらはらに、それまでつまらなさそうにしていたアルフレッドが急に目を輝かせた。
「おお、この人わかってるー!君、第三者の意見は聞くべきだぞ」
「・・・それじゃあ困るんですよ、どうにかむこうに出ていってもらえませんかね」
「・・・ムリっぽい。俺は基本的に交信しかできないし・・・・それにはじめて見たんだこんなはっきりした霊。本当に死んでるのか?」
青年は基本無表情な顔を、すこしだけうかがうように崩した。
なにを今更、と菊はアルフレッドの体に手を伸ばす。当然すりぬけた。この現象を、彼が幽霊であるという以外にどうやって説明できるというのだ。
「幽霊じゃなきゃ説明つきませんよこんなの。・・・ムリって、私のろわれたりしちゃうんですか?」
「それは多分ないと思う。・・・・こっちの霊よりは、キクのほうが深刻・・・・」
「え?」
青年は、アルフレッドのいる方向ではなく菊のほうを向いて、両手を探るように掲げた。妙な威圧感を感じて少しだけあとずさってしまう。
「負のオーラが体中・・・・キクの生を奪ってる。もう忘れることだ・・・心に秘めている想いがキクを苦しめてる」
この青年には名前しか教えていないのに、どうしてそれを。
青年はのほほんとした空気をまとったまま続ける。
「それかのり越えて。・・・残る想いがキクを蝕んでる」
ええ、わかっちゃいますよ。いくら思っても返してくれるわけがないことくらい。
でもあの人はこんな私に精一杯尽くしてくれた。一生付いていく、そう言ってくれた。もちろん私も同じ決意を返した。いなくなったからと言って、一方的に約束を破ることなんてできない。やりたくない。見たところ守るべき家族を持たないあなた方にはわからないでしょうけれど。
菊はうつむいた。アルフレッドが、わかったぞ!と声をあげる。
「君、彼女に振られたんだろう?」
理解しないことはわかってます。でも、なんでそんなことを言われなきゃならないんですか。
「オレには出てけとかなんとか言うくせに、自分は彼女に振られてここに来たんだろ!しょうがないか、君はイケてないし、オタクだし体は貧相だからね!」
弱点を見つけたとばかりにアルフレッドがにやつく。
「・・・・・・黙ってください」
腹がたつどころの話ではなかった。
「ヘラクレスさん、ご足労おかけしました。すみませんが、ご自分でお帰り願います」
菊は無理矢理笑って、アルフレッドには目もくれず屋上にかけあがった。
今の菊にとって、これ以上ないほど下劣なアルフレッドの言葉に、素をさらして怒鳴り返す余裕はなかった。常にはりつけていた仮面のまま逃げるのが精一杯。それほどまでに自分はまだ、引きずられている。
その場に残されたヘラクレスという青年と幽霊。青年はため息をつき、アルフレッドは困惑していた。
「なんだよ、自分の話はイヤって言うのか・・・」
口を尖らせるものの言葉に勢いはない。なんだかんだいいつつ、いつも菊はアルフレッドを相手にしていたので、無視されるとそれなりのダメージがあるのだ。
青年はといえば、アルフレッドの居場所とは少しずれた方向に、だが確実に彼にむかって言った。
「・・・おまえはもう少し、死者に敬意を払ったほうがいい」
アルフレッドはそう言われてようやく察したらしい。面倒な壁をすりぬけつつ菊を追って屋上へ向かった。
青年はクーラーからビールを抜きとってその部屋を後にした。



ただでさえ寒いのに、今日は風が強い。
へっくしょん、おっさんくさいくしゃみが出た。目から涙が出ている状態なのに、どうも自分はシリアスになりきれないらしい。震えて腕をさする。
カタン、背後で音がした。アルフレッドだろう。本当はいい子なんだ、自分が幽霊なんてアブノーマルなものになってしまって気が立っているだけで。まだ子供の部分が見え隠れする彼がとにかくまわりにあたり、自分がわかる自分の場所を守ろうとしただけなのに私は何をしてしまったのか。
こちらが謝る気はないものの、きちんと対応したい。だが生憎まだやっかいな涙がとまってくれていなかった。
「キク」
珍しく控えめな彼の声。振り返ってやりたい気持ちもあるが、彼と顔をあわせたくない気持ちのほうが強かった。
「・・・わかんないけど、時期的に寒いだろ?風邪ひくんだぞ。オレが出ていくから、君は部屋に戻るんだぞ」
「・・・ありがとうございます」
半袖のアルフレッドに言われるとなんとも違和感があるが、やはりこの青年はいい子だ。
それはそれだが、今はまだ彼の顔を見る気がしない。菊はふいと背を向ける。ぽつぽつとアルフレッドが背中越しに話しかけてきた。
「さっきはごめん」
「・・・はい」
「オレは、その、なにも思い出せないから君の気持ちはわからなかったんだ。今も、わからない」
「・・・ええ、わかってます」
「・・・彼女のこと、話したら楽になるかもしれないんだぞ」
「話したくありません」
きっぱりとそう言えば、言い渋るような雰囲気。
「名前、は?」
「チュニャンです」
「チュニャン?」
「私の、妻、です」
久しぶりに口にした、彼女の名前も、私の妻、という響きも。
その音が自分の口から出て広がり、ゆっくりと耳に戻る。返事をくれる人はもういない。再び思い知らなくても、彼女に二度と会えないことくらいわかっているのだ。
「すみません・・・・もう、いいですか」
質問調にはしたが、アルフレッドの答えを待つまでもない。菊はするりと彼をすり抜けて部屋に戻った。
どうか彼が来ませんように、その頼みが通じたのか少なくともその日、菊の眠る部屋にはアルフレッドは入ってこなかった。



先日、勝手に呼びだしたうえ除霊なんて面倒そうなものを頼み、無理だとわかるとお礼もそこそこに追いかえしてしまうという無礼を働いてしまった本屋の青年。
あの本屋は決して品揃えはよくないが、ラインナップが珍しく、これからもよろしく頼もうと思っている。その店の唯一でありそうな店員の機嫌を損ねてしまっては行きづらくなる。ここはやはり、折り菓子の一つでも持って詫びにいくべきか。
ついでにコンビニでも寄ろうか、今朝みるとビールが切れていたのでついでに買ってくればいい。
昨夜は遠慮してくれたらしいものの、今朝になるとアルフレッドはテーブルの上に立っていた。降りなさい行儀の悪い、そう言うとTVつけて欲しいんだぞ!言う幽霊。床は透過しなくてリモコンは透過して、テーブルは両方できるんだなぁ、幽霊に少しだけ興味を持った。
話を戻そう、外出しようと決めた菊に彼が気づくと、また飲みにいく気かい?こりないね!と言って、TV鑑賞をやめてついてきた。
「あの、今から行くのは本屋です。いくらなんでも昼間っぱらから飲みませんよ」
まあ酒は買いますが。
「本当だね?」
「ええ、今日は酒は飲みません。なので一人で行かせてもらえますか?じっくり選びたいので」
今日でなければ飲む予定だし、飲まずとも買うけれど。彼はしぶしぶ納得してくれて、菊は久々に一人となった。
コンビニで適当な菓子を買って本屋に向かう。
菊がニートだった以前、我が家はご近所とのつながりは浅くだが広く良好だった。妻はその辺のことができない人間だったが、そこは菊が誠心誠意やりぬいてそりゃあ理想のご近所像を現実に作りあげていたものだ。そんな本田菊、自信を持ってお届けします。
にこり笑ってその本屋、希臘の店員の青年に詰め菓子を手渡した。
「ありがとう・・・。べつに良かったのに、お礼なら貰ったし・・・」
のほほん系で表情に変化があまりない青年はほんのわずかだが、嬉しそうに笑ってくれた気がした。
「お礼?しましたっけ・・・?」
「・・・・ビール貰った」
なんでもないことのように言う青年。
そんなのあげた覚えありませんけど!?まさか今朝冷蔵庫みたとき、なんか異常にビール減ってねぇ?なんて思ったのあなたのせいですか。
ちなみに何本あげましたっけ?控えめに聞くと、3本と言った青年に罪の意識はこれっぽっちもなさそうで、逆にこっちが疑ってごめんなさい言いたくなってきました。お察しのとおり流されやすい人間です。
少し雑談してから以前買った霊象関係の本のお礼を言って、新たに数冊、今度は趣味ストライクのものを購入した。
「キク・・・。霊がいるのは、なにか強い想いがあるからなんだ・・」
だから、突き放すのは良くない。某神話の英雄さんとおなじ名前の青年は、何もない空を見て、そんなことを呟いた。



菊はビールを買わずに急いでアルフレッドのいるアパートに戻った。
バアン、いつもは物静かに開けるように心がけているものの、今はそんな悠長な余裕がない。つまらないテレビを暇そうに見ている幽霊をみつけると、勢いよく指さした。人を指差しちゃいけません?非常事態にそんなこと気にかけていたらこの時代生きていけないのですよ神様仏様お母様!
「な、なんだい?」
幽霊のクセにひるんでいる彼に言った。
「あなた、生前の記憶ここに住んでいたことくらいしかないんですよね?今も同じですか」
「・・・・・ああ、残念ながらね」
アルフレッドは思い出すように一度その明るいブルーの両眼を閉じたが、すぐに開いて首を振った。
彼がここにとどまり、自分だけに姿を見せる理由は菊にも彼自身にもわからない。仮にこのまま変な生活を続けても彼が成仏するとも限らないし、それ以前に両者の不満が爆発することうけあいだ。
それなら。
あなたは死んでいる、そう菊が言ったときのアルフレッドの表情は悲痛なもので、同情を引いた。
直後文句を言ってきたのも、正直、から元気にしか見えなかった。
私の酒飲みを止めようとするあの異常さは何かあったからかもしれないが、他人にそうまでする彼の根っこはいい子だ。
人が必死で痛みに耐えているとき、なにも知らずにトドメを刺す彼はKYだが、すぐに謝りにきた彼は、すごく、優しい子。
この部屋を契約した私は当然この部屋にいる権利がある。
彼が覚えているのはこの部屋だけで、すべての頼りはこの部屋のみ。
店員さん、いえ、ヘラクレスさん
「あなたの素性探してさしあげます。思い出したら、出ていってくださいね」
つまりは、こういうことでいいんですよね?





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お察しの通りシリアス苦手です。
バツイチ本田さんはお嫌いですか?1話の本田さんが部屋を探していたのも、悲しい思い出の地から離れてきたからです。
悲しむ暇もなく、アルフレッド登場ってところです。
しかし妻さん名前からすると中国ですね…(適当)一応アメリカで出会い結婚した方向でお願いします。
08.12.23