aph

Just Like Heaven 1-恋人はゴースト-.



菊は部屋を探していた。
どうも、辛い思い出の残る場所にとどまり続けるのは精神的に辛い。新天地に赴こう、そう思いたって不動産をあさる。特に立地などにはこだわらないのだが、ベッドだけは別物だ。家具を買い揃えるのも煩わしくて、家具つきの物件を求めた。
「本田さん、もう少し要望を言っていただけませんとこちらとしてもいい仕事ができないのですが」
不動産の言うこともわかる。ここで5件目だ。どれもベッドの価値だけで却下してきた。ダブル並みに大きく、やわらかすぎないベッドが何故か見つからないのだ。
「もうしばらく推敲して我が社を利用することをお勧めいたしますが?」
そう話すキャリアウーマンは、ひどく不機嫌なようだ。それは多分、自分がサブプライムグレードの客に見えるからだろうと菊は推測する。家はそこそこの資産家だったが、地味で質素なものを自分は好んで着ているのだ。とは言っても彼女には、さほど利益のない客の相手を、もう一週間もしてもらっている。
「そうですねぇ・・・」
6件目の物件から出ると、顔面にチラシが飛んできた。なんだろう、彼女の話を耳から流しつつ目を走らせると、良物件ありの文字。みればPasific oceanと書かれてある。目の前にある高級アパートの募集要項であった。
なんとなく雰囲気が気に入って菊は乗り込もうとする。不動産が焦ったように後を追ってきた。
「ちょっと本田さん、そこは大人気の場所でしてね、めったに空きがでないんですが・・・。というより、あなた支払えるのですか?」
払えるわけがない、そんな視線で彼女が見下ろす。欧米の女性はアジア人男性の平均身長を軽々と越す人が多いから嫌いだ。
いやまあ、その白い肌と金の髪には焦がれてしまうのですが。
「ええ、もちろん気に入れば、即金でお支払いしますよ」
「・・・お待ちください。確認してみます」
金額なんて聞かずとも金ならある。要は自分が気に入るか否かだ。そう含んだ菊の言葉を理解したのか、女性は急いで携帯をとりだす。
不動産によると、珍しいことに開いているらしい。一ヶ月契約、という条件だが。大人気といっていたのに。
「何かいわくでもあるんですか?」
管理人に聞いてくれたが、口を渋ったらしい。こういう場合、厄介なことが多いですよとつぶやいて去っていった。なんだあの不動産。
中に入るとそれはそれは理想的なベッドがあった。広い直通の屋上もあり、一発で気に入った。
菊はにべもなく契約書にサインした。



「ふふ、いいベッドですねぇ。これなら私も眠れそうです。・・・・おっと、独り言が増えますね、年取ると」
ばふん、音を立てて寝転がるとベッドはやわらかに菊の体をつつんでくれた。
大切な人が死んでしまってから不眠症に悩んでいる菊にとって、ベッドやらまくらの存在は非常に気になること。枕はご愛用のやつをしっかり持ってきたから大丈夫だろう。
寝てしまいたくもなるがまだ日は明るい。
そういえばこの間いい葉っぱを買ったんだっけ、味をきいてみましょうか、買ったばかりの紅茶セットを取り出して、慣れない手つきで紅茶を入れる。TVでも見ながら飲むかな、振り返ると、そこに誰かがいた。
「へっ?」
驚いてせっかく入れた紅茶を少しこぼしてしまう、が今はそんなことを気にしていられない。
「ああもう、こぼさないでくれよ紅茶なんて!嫌いなのに匂いがついてしまうじゃないか!」
誰、だ。なんでこの部屋に?
顔を上げれば見えたのは高い位置に短い金髪。でかいが若いこちらの男だ。サーッと自分の顔が青ざめるのが分かる。
「ど、泥棒ですか!?私自宅に物を置くタイプじゃないんでなにもありませんよ、金も、ブランド品も、宝石も!」
手をあげて、慌てて叫んだ。一応武道はひととおり習っているが、図体が自分のひとまわりもふたまわりもでかい男に勝てるかどうかは謎だ。命が一番大事です本田菊。
すると男も叫んだ。
「何を言っているんだ、泥棒はキミのほうじゃないか!さっさと出てってくれないと警察呼ぶぞ!」
「はぁ?何をおっしゃっているのかわかりませんが・・・」
「不法侵入在で訴えるんだぞ!」
何かへンだ。
「ここは・・・私の部屋です」
「嘘だね、オレは何年もここに住んでるぞ。君、家賃詐欺にでもあったんじゃないの?部屋は一つだけどカギは5つあるなんてざらにあるよ!見たところ日本人のようだし、平和ボケしてるから騙されやすいんだろ?」
困ったな、一ヶ月契約なんてあの女不動産がついた嘘ですか?
眼鏡をかけたイケメンな男は、プリプリ怒ってリビングを出た。
え、ちょっと詳しくお話聞かせていただきたいのですが。
少しはおちつきを取り戻した菊が慌ててその後を追うが、そこには、イケメンどころか誰もいなかった。
「・・・どちらへ?」
きれいな廊下には菊の声だけがむなしく響いた。



ああは言っていたが、彼は泥棒なのかもしれない。専門の業者を呼んでドアのやら窓の強化をしてもらった。これでもう大丈夫だろう。
風呂は残念ながらバスルームだった。しかし、外国にいる以上仕方がないのかもしれない。シャワーをあびて、満足ではないがさっぱりして髪を拭く。正面にでかいガラスがあった。外観よりずいぶん豪華なアパートだなぁ、とくもった鏡を手で拭く。
鏡ごし、菊の後ろに例の金髪の男の姿があった。
「はやく出て行ってくれよ!」
ちょ、不法乱入再びですか?急いで振りかえるも、そこには誰も居ない。
再び鏡を見る。自分しか、いなかった。



菊は早くもなじみのバーに出向いた。そこには、つい最近友人になった人がいて、にこやかに手を振ってくれた。
イタリア系の男性で、持ち前の陽気さで話しかけてくれ、出会った期間は短いがすでに長年付き添った友人のようにまで思えている。
「はぁ・・・」
「キク?どうかしたの?」
フェリシアーノの言葉で、自分がため息をついたことに気づき急いで口を押さえる。も、彼は悩み事があるなら言ってよ!陽気だ。
こういうことを話していいものだろうか、自分が霊的なことはあまり信じていなかったもので悩むも、フェリシアーノは話しやすい雰囲気を作ってくれていた。菊は恐る恐る、金髪で眼鏡の彼のことを話す。そうそう、フェリシアーノの髪は軽い栗色だ。
「私最近、幻の人が見えるんですよ」
こちらの町で出来た友人はまだ彼一人だ。
「二度も、私のアパートに現れたんです」
離れていったりしてしまわないだろうか、恐々と反応を待つ。
「えーっと、つまり幻覚なの?寂しいとかじゃない?その人見たとき酔ってた?」
「確かに、酔ってましたが・・・私は、ところかまわず怒鳴り散らす人は友人にしたくはありませんね」
フェリシアーノは妙な擬声を発した後、ぐいと肩を寄せてきた。
「キク、最近お酒増えてるでしょ?」
「ええ、まあ・・・」
飲みなれていないように見えるのか。ただ単に私が話してしまった過去から予想して言っているのか。
「恋人作ろう!なんならオレまた紹介するし!友達でもいいからさ、もうすっぽかしたりしないでねー!」
そういえば、アパートを借りる前にフェリシアーノが友達増やそうよと食事を設けてくれたことがあった。彼の言葉どおり、すっぽかして、しまったのだが。
「忘れなくてもいいけど、いつまでもいない人を思ってちゃ、駄目だよ?もう二年も過ぎたんだ。そのために、新しい町に来たんでしょ?」
いつも明るい顔を、しんみりとさせて言うフェリシアーノ。
自分でも、そう思うのだが、今急なのはやはり、眼鏡の男だ。



菊は夜遅くにアパートに戻り、ベッドに横になった。
やはりこのベッド、素敵に癒してくれる。が、質の悪い酒を飲みすぎた、頭がガンガンする。明日に残るだろうなぁ、まあ大して問題はないですけど、ぼんやりと眠気に意識をゆだねる。
「どういうつもりなんだ、早く出て行ってくれよ!」
若い男の声に、一度は落ちた意識がまた浮上する。そして頭痛も戻ってきた。
「私、眠いんですよ・・・・」
だから寝かせてください、菊は枕を抱きつつ再び目をつむる。
「そこオレのベッドだぞ!眠りたいんだけど!不法侵入辞めてくれるかい?」
ああ、もううるさい。
菊はがばっと身を起こした。そこには案の定彼が仁王立ちで立っていた。プリプリと怒っている、がそれはこちらも同じだ。
「ここは私の部屋です!そしてこれは私のベッド、あなたが出て行ってください!」
人付き合いは下手にでることからはじまる。ケンカ?もってのほかです。そんな信条をもつ自己主張はしません本田菊、寝起きは年をとるごとによくなったが、今は酒のせいで頭痛もある、信条なんてドコへやら、その男にどなりちらした。
「相当重症のようだね、少し質問してもいいかい?」
「あなたは幻です、消えてください」
男は私の返事もろくに聞かずに、質問をはじめる。
「最近アルコールが増えただろう?」
ええまあ。答えると男は得意そうに笑う。
「他の人には見えないものが見えたり、聞こえたりしないかい?」
ええ。まさにあなたが見えます。後半のセリフは辛うじて残った理性で飲み込んだ。
ベッドの周りを歩きまわりつつ男は質問を続ける。
「友人や医者にそのことを相談したりしたんじゃないか?」
なんで知ってやがる。
「ええ、まあ」
「人に恨まれていると思うかい?」
「・・・質問をいいかげんやめていただけますか?」
「答えはイエスだろ。・・・そのベッドの角をひっくり返してみなよ。赤いしみがあるだろう?」
ええい煩わしい、ひっくり返せというのなら返してやる。男の言うとおりにすると、確かにそこには赤いしみがあった。年季の入ったものだ。
「なぜ知っているのですか?」
「知っているさ、それはオレが汚しちゃったやつだからね。そのベッドをどこで買ったかもだいたいの値段もきっちり覚えてる」
まさか、どうせ口からでまかせだと思うが、男のまっすぐな視線はどうも嘘をついているようには思えない。
「はっきり言わせてもらおう、君は精神をやられている。この部屋を借りたと勘違いしているんだ」
そんな馬鹿な。
「もういいよ!弁護士呼ばせてもらうから!」
「え、それはちょっと・・・」
病気になっているほど自分がヤバイとは思っていないが、揉め事は面倒だ。この部屋を知り尽くしているらしい男は、すぐに子機に手を伸ばした。
が、その手は子機に触れることなくすり抜けた。
男は怪訝な顔をして、もう一度、二度手を伸ばす、がどれも触れられることはない。
「・・・電話に細工をしたかい?」
「まさか」
「じゃあ、なんで・・・持てないんだ!ここはオレの部屋だぞ!オレのベッドにオレの電話、オレのコーヒーセットにオレのナイトテーブル!」
部屋の中をうろついて、男はヒステリックに叫ぶ。眠いんですけどねぇこちとら。仕方なしに黙って彼の言い分を聞く。
「オレのナイトテーブルの上にはオレの写真が・・・・・って、ないじゃないか」
男が指差したテーブルの上には、読書用の眼鏡しか置いていない。男の言う写真はなかった。男が勢いよくテーブルを叩く。
「君、処分したかい?」
「・・・・するわけないじゃないですか」
菊がこの部屋を借りたときは個人を特定できるものなんてひとつもなかった。それが正常な物件である。
絶望にかられているらしい男はもう何も言う気配はなかったので、菊は布団をかぶって横になる。出て行ってください、もう一度そう言って無理矢理目を閉じた。
が、一晩中騒いでくれた彼のおかげで、ろくに眠れもしなかった。さすがに朝方には消えていてくれてほっとし、予想以上にだるい体と頭を抱えつつ、菊はアパートの管理人の部屋を訪ねる。
聞きたいことはただ一つ、部屋の元の持ち主それのみだ。
だが、管理人は言い渋った。
「死んでいれば、月契約ではなく、長期契約できるんだけどね」
喜怒哀楽のはっきりしている不動産屋のキャリアウーマンが、微妙な顔をしていたのを思い出す。つまり、相当不吉な何かが起こったってことですね?




   back    next






わほーい。ほっとんど映画のままです。いや、記憶の限りなので実際はよくわかりませんけどね。
なんていうか、小さな描写とかも省略したいんですけど(面倒だから)、伏線になってるから消せない。くやしいっ!(ビクビク
米日がブームです最近!そのせいで早く完結させたい学ヘタが終わらない。
08.12.11