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バンドやろうぜ☆ -9-




イギリスがそわそわしはじめたのは、1時の15分ほど前のことだ。
1時からあるのは南北アメリカクラスのダンスである。
彼の性格から言い出しにくいんだろうが、弟思いのイギリスのことだ。弟の雄姿を見にいきたいのだ
ろう。
見かねて、日本が言った。
「イギリスさん、ステージを見に行きませんか?」
「お、お前がどうしてもって言うなら、いいぞ!」
なにを見にいく、とは一言も言っていなかったのに、イギリスにツンデレを発動されて、日本の悪戯心がくすぐられた。
「楽しみですねぇ、オーストリアさんの個人ピアノ演奏」
「え……」
オーストリアのピアノ演奏はいま真っ最中である。アメリカクラスの前に行われているはずなのだ。
不本意だ、とばかりのイギリスを見て、いたずら成功とばかりに日本はクスクスと笑った。
「冗談ですよ。見たいのは、アメリカさんたちのダンスですよね?」
「あ、ああ」
イギリスは一度ペースを相手に握られると弱い、相手に飲まれてしまう傾向がある。
完璧ではないそこがまた、日本の心をくすぐる。
二人はいそいそとステージに向かった。




ステージでは南北米クラスの国たちが思い思いに音楽にあわせて踊っている。
バラバラなものかと思えば、どこか統一性のあるそれは、しっかり練習してあるんだろう。
曲調が急にアップテンポに変わったかと思うと、一斉にステージ上のメイン5人が、頭を中心に回転しはじめる。
「ぶれいきんぐ、お上手です……!いつの間に練習したんですかねぇ」
「カナダが言うには、あいつが家出してたときにストリートでロックは覚えてきたそうだ。それで、提案をしたんだと」
個人的には信じられないことだが、アメリカという国土と国民の風土をもってすれば、やってのけないことはないだろう。
「光景が眼に浮かびます」
「あいつドラムは完璧だからな、他のメンバーよりはクラスに当てる時間はあったんじゃねぇ」
「ふふ、ヒーローは努力するところを見られては駄目なんです。かっこいいですねぇ、アメリカさん」
それは、日本が昔アメリカに言った言葉だった。
「……どーせ、グチグチ練習しろっつってた俺はヒールだよ」
ヒール、つまりは悪役だ。イギリスはむっつり唇をとがらせていた。
このまま機嫌が急降下されても困る。
「私、子供の頃から、アンパンマンも好きですが、どちらかといえばバイキンマンの方を応援してた子なんですよ?」
「……?」
ああそっか、日本では常識でも、イギリスには通用しないか。
日本は比喩表現を直接的なものに置きかえる、これはいつになっても慣れないが、つまり。
「ヒールなイギリスさんも、格好よくて、私は好きです」
にっこりとそう言うと、イギリスは真っ赤に染まって、沈黙してしまった。
そう照れられると、恥ずかしい台詞を吐いた気がしてきて、こっちまで赤くなってしまった。




最後に残ったアメリカがバックスピンしながらひっこんで、同時に緞帳が閉まった。
「良かったですね」
「あっという間だったな」
カーテンコールなどはせず、颯爽と舞台を降りた南北米大陸クラス。
アメリカの性格なら、ここで派手にやるだろうに、それをしないのはあの漫画の影響だろうか。
ヒーローは去る時も美しく清らかにさっぱりとがモットーの。
まわりの観客はさっさと動きだした。
日本は、アメリカとカナダに声をかけていきたそうなイギリスの、垂れている袖を小さく引く。
「イギリスさん、もう着替えてきませんと。次の次は、私たちの番です」
イギリスはいまの着物姿のまま直行でもかまわないかもしれないが、日本は不可抗力にも女装させられているのだ。コスプレでもないのに。
そのうえさきほどは生徒会の皆にまで、この姿で会い、恐れ多くもイギリスの彼女と言って誤魔化した。
その女が、日本であるとバレたなら。
イギリスにどんな迷惑がかかるか知れたものではない。
イギリスは名残惜しそうに緞帳のおりたステージを見て、「そうだな、急ぐぞ」、と紳士的に日本の手を引いた。
ゲイだと中傷されるかもしれないし、そもそも自分のような小人が恋人などというガセが流れてしまったら、イギリスを慕っている子が勘違いをしてしまい怖気づき、可愛らしい彼女ができる機会を彼から奪ってしまうかもしれないのだ。
そこで、はたと気づいた。
フランスやアメリカから聞いた覚えはないが、ただ自分には知らないだけでイギリスにはすでに彼女がいるかもしれない、ということに。
日本は痛みに近い動悸を覚えた。
どうして失念していたんだろう。
欧州クラスの実力者で、学力武道共に良好、ルックスも十分でさらには生徒会長という地位。
恋人がいる可能性は十分高いではないか。
イギリスが引く手を、日本は反射的にパッとふりはらった。
「日本?……どうした」
「……すみません。はやく、行きましょう」
ドキドキと鼓動がうるさいのを叱りつけ、日本はイギリスから顔をそらす。
長いウィッグが急にわずらわしく感じてきた。
こんなもの、はやく外してしまいたい。
混雑する人の波をかいくぐり、どうにかして会場を後にしようとしていると、緊急放送が入った。
「申し訳ありません、ハプニングがありましたので、次の出演は後回しにさせていただきます。ただいまから始まりますのは、プログラム12番。生徒会主催によるバンド演奏です。出演者はすみやかに集まってください。15分後に開始いたします」
二人でその放送を聴いて、ギョっとした。
同時に、二人のケータイが鳴る。思わず顔を見合わせた。
ここからはなれたところにあるアジアクラス。
むこうから戻ってくる余裕はあっても、こちらから一度寄って着替えて戻ってくる猶予は、どんなに前向きに考えてもなかった。
「仕方ねぇ、行くぞ日本!」
「え、ええっ!ちょっと、お待ちを……!」
必死で訴えてはみたものの、ハプニングに揺れる場内、日本の必死な声はイギリスに届かなかったらしい。ぐいぐいと手を引かれていく。
日本は困った。このままでは悪夢が現実になってしまう、と。
そんな日本の思いはどこへやら、イギリスはさっきとはうって変わって強引に日本の腕を引き、ステージ裏へと確実に近づいていった。









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くぎりがいいのでここで区切らせていただきます。いつもの5分の2……!
どうでもいいですが、小さい頃から悪役が好きです。ていうか素直に、バイキンマンがかわいいと思います
10.1.21