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バンドやろうぜ☆ -10-




「あ!イギリス!」
ステージ裏の天幕を空けると、真っ先にアメリカがこちらを見つけて、その声にみなの注目が集まる。
日本は思わず声をあげそうになった自分に焦る。バンドの皆が”北高”の制服に着替えていたからだ。
まあ、アメリカはコスプレの上からしっかり、いつものジャケットも羽織っているが。
「遅いぞ!なんでケータイに出ないんだ!……って女連れかい。いーけどさ!」
スペインので店の前で、アメリカには女装した状態で、イギリスの彼女だと紹介されてしまっていた。
「それより日本知らないか?アイツも連絡つかねぇんだ」
イギリスが焦ったように首を振ると、フランスはケータイをとりだして日本にかけた。
マナーモードにはしていなかったので、当然、女装している日本から音楽が流れた。
「……あれー、お兄さんイギリスの彼女に番号聞いたことあったっけ?」
「ただのかけ違いだろう?それよりはやく日本呼ばないと!」
アメリカがそう言ってくれて助かるが、どうにかこうにかこの場を離れなければ”日本”は現れない。出てきたくったって、無理だ。絶対に。
「あ、この曲、日本が文化祭に着うたにするってハシャいでたやつだ」
返してニーソックスが高く鳴り響く。
バンドの映像を見ていらい、ハルヒにハマりはじめたフランスに、当然ながららき☆すたも紹介し、嬉々としてそう話した記憶がある。
まずい、身から出た錆で気づかれそうだ。
キモノを脱ごうと孤軍奮闘しているイギリスは役に立ちそうにもない。
「あ、これ日本さんのケータイなのですか?」
日本はとっさに、袖から白いケータイを取り出す。もちろん自分のだ。
「先ほど中庭で拾ったのです。どうしようか迷っていたので、良かった……」
ニコニコと優しい笑みを浮かべてみる。
じゃあオレが返しておくよ!と言ったアメリカにはホッとするが、依然フランスはいぶかしげな表情を浮かべたままだ。
じっと見られて日本はとまどう。
「お兄さん、女の子のことで忘れることってないんだよねー、とくにこんなに可愛い子は。でも……君のデータはないな」
「……普段とは、メイクも服も異なりますから」
「それにしたって、こんな美人さん、見逃すわけないの。イギリスなんかの彼女だったらなおさら」
顔はそらしてるものの、側面からフランスの目が凝視してくるのはわかる。針のムシロとはこのことか。
バレる。バレてしまったら、日本はともかくイギリスに迷惑がかかってしまう。ゲイだのホモだのの穿った噂を流されてしまう。
これ以上ごまかすのは限界だ、と感じたとき、さっと控え室のカーテンが開けられた。
みなと同じく北高の制服を身にまとっている、中国だった。
「あ、ここにいたあるか、探してたあるよ」
「にーに!」
日本は中国が余計なことをバラすまえに行動に出た。中国の目が驚きに大きく見開かれる。
そうだろう、そう呼んでいたのは幼い頃の一時期だけで、それでも彼はその時の日本を未だに切望しているのだから。
「ど、どどどどうしたあるか」
「にーに、バンドなさるんでしょう?がんばってくださいましね」
近づいて、フランスらに見えない位置で口に人差し指をあてる。頼むから、黙っててください。私の名なんて呼ばないで。
きもちわるいくらい満面の笑みになりかけてた中国の表情が萎む。
にーに、と呼んだことが、単なる中国を引き止める手段であることに気づいたからだろう。
「イギリスの彼女は、中国の妹なのかい?」
「……アジアは皆、我の兄弟あるよ。って、ちょっと待つあへん、英国の彼女あへん!?」
「私などでは勿体のうございますが……そうです」
少し恥ずかしそうなふりをしつつ日本は答える。
なぜ中国が驚いたのかわからなかった。なにしろ、日本とイギリスに着物を着せてデートだのなんだのとはじめに言いだしたのは彼なのだ。
驚くわけがない、それなら中国の今の反応はなんだ。
驚いたフリ。何の目的があるのか、日本にはわからない。
「中国、妹のことなのに知らなかったんだ?」
「知らねぇある!この子が、まさかこの子が……」
中国は日本の肩に手を置く。それだけでなく、長い髪を無造作につかんだ。
その瞬間、日本もようやく、中国の行動を理解した。
止める間もなく、日本の長いウィッグが中国にバサリと取り払われた。
「日本が、あへん野郎の恋人だなんて認めねーあへん!」
中国の驚いたフリは、日本に、自分はイギリスの恋人だと認める発言をさせるためだったのだ。
イギリスはともかく、アメリカとフランスがあんぐりと大口を開けてこちらを見ていた。
「……中国さんのおたんこなす」
「日本。にーに、あるよ」
中国はニンマリ笑って、カポッとまたウィッグを日本にはめてきた。
地獄の底でものぞくような心地で、日本は恐る恐るアメリカたちをふりかえる。
日本が今、一番恐怖する対象はアメリカだ、なにしろスペインの店の前でやった酔狂な告白劇をまるっきり見られていたのだから。
ところが予想をうわまわって、アメリカは妙に生き生きしていた。
「うっわー!トゥーキュートだよ日本!いやぁ、君に女装癖があるなんて知らなかったぞ。でもお似合いだ!」
「っ女装癖じゃないです!」
「つうか……イギリスの恋人ってのは、ナニ?」
フランスが恐る恐る聞いてきた。
一気に頭の血が下がった思いがした。
「ああ、それは……」
「ちがいますっ!!」
気まずそうに答えようとしたイギリスの言葉を、日本は遮った。
自分のせいだ。はじめに恋人のフリをしたほうが上手くいく、と言い出したのは日本なのだから。
「ちがうんです。あれはただの、恋人設定で。わ、私が一方的にイギリスさんをお慕いしているだけで……っ」
みんなの視線が痛い。味方になってくれてもいいはずのイギリスまでが、日本を凝視してくる。
そうしてやっと、自分の失言に気づいた。
「や、それはなんの関係もないんですけど……っ」
なんの言い訳にもなっていない、これではまるで愛の告白だ。
日本が慌てすぎて、どうしていいか頭が追いつかないでいると、思わぬ方向から助け舟が出た。
「べ、別に一方的にじゃねぇからな!」
「イギリスさん?それは、どういう……」
もしかしたら、と思った。
一方的ではないということは、つまりは、イギリスも日本のことを少なからず思ってくれている、ととっていいのだろうか。
いや、まさか。
かたまってしまったイギリスを見つめていると、しばらくしてから顔が真っ赤になってから動いた。
「い、今のはちが……っ、いってぇ!」
「中国さん!?」
イギリスがなにかしゃべろうとしたのを、中国が後頭部をパァンとはたいて遮った。
派手な音のわりにはたいして痛そうでなかったので、少しほっとする。
「なにしやがる!」
「痴話話は後にしといて、さっさと準備するあるおまえら」
そう中国が言うと、いままで見世物でも見ているようだったアメリカとフランスも動きだした。
「そうだぞ、もう8分しかじゃないか。さっさと着替えなよ!」
個人的にはその痴話話とは違うがこちらの話も日本としてみれば大事なのだが、さすがに全校生徒のまえで発表する、生徒会のバンドとは比べ物にはならないだろう。
残り五分で、レンタルの女性着物を皺にならないように脱いで、制服に着替えろと?
「あ、もちろん日本は女装スタイルでね!」
しかも長門に化けろというのか、この国は。
そりゃあ一応それっぽい用意をたくさんしてきたが、0コンマ1秒を争うような状況は想定外だった。
「時間的に、女子のいでたちは絶対無理です……!」
「じゃあ男装でいいから、とにかくキタコースタイルで!」
キタコーなんて言われると、一瞬おとなりさんの放送部のことかと思ってしまうが、正確には北高である。
ていうか男装ってなんだ。日本はちゃんとした男だ。
せっかく、女らしくないが男らしくもない薄めのすね毛やらのムダ毛をすべて処理して、太眉の良さもわかってるつもりだが眉も整えて家を出たというのに。これでは女装する気満々のただの変態である。
まあ、全校生徒のまえで女装するという珍事よりは、よっぽどましである。
時間があるなら中国はイギリスの着替えにまわしてあげたいところだが、男物の数倍の時間が女物にはかかってしまうから、日本は中国に手伝いを請いつつ、マッハで着替えを終えた。
仕上げとばかりに長門マントと帽子をかぶり、ギターをかまえる。心配していたイギリスも着替え終えていた。
「あと60秒しかないぜっ、日本にエロ大使、はやく並べ!」
小声でフランスが怒鳴る。
緞帳の降りたステージの裏に、コードに気をつけながら急いで並び、アンプを取りつける。
重いカーテンの向こうから、ざわざわと音がする。人の音だ。
一枚の布のむこうには世界中の国々が集まって、生徒会を待っているのだ。
それを認識したとたん、どくどくとした鼓動を日本は感じた。これは緊張だろうか。
ならば他のみなも緊張しているのだろうかと見まわすが、みなリラックスしているようであった。それは練習の賜物、というよりはむしろ、普段から生徒会というみなの前に立つ業務を請け負っているからだろう。
本番で足をひっぱるかもしれないのは、緊張しきっている自分ひとり。そう考えると背筋にいやな汗が流れる。
「日本」
「っ、はぃ?」
イギリスに呼ばれて、思わず声が裏返る。他のみなに、シーッとしかられてしまった。
日本はますますをもって落ちこみ緊張する。
やはり自分など裏方で十分だったのではないかと思う。
イギリスに強く押されてうっかりギターなんて引き受けてしまったが、どうにかこうにか中国も弾けそうだったのに、わざわざ生徒会活躍の場に一般人が割りこまなくても良かったのに、と思わざるを得ない。
イギリスの言葉の続きを待った。
「俺、日本と恋人設定のままがいい」
「はいっ?」
足をひっぱらないように、トチらないように最善を尽くさなければ。
そればかりが頭をめぐっていた日本に、イギリスの言葉はすばらしい衝撃をとどけた。
どういうことだ説明してくれ、と思ったのが視線で伝わったのか、イギリスは答える。
「……これ終わったら、答えくれ」
恋人設定のままって、どういうことですか?その問いにいますぐ答えてくれる人はおらず、イギリスはすべてを日本に押しつけ、やり終えた顔をしている。
救世主なんてものも現れないまま時間はすぎ、頭がぐちゃぐちゃの状態で、アナウンスが流れる。
『さてお待たせしました。W学園生徒会メンバーによるバンド演奏。曲は、God Knowsです!では、どうぞ!』
無常にも、日本の動揺はおいて、緞帳が開く。
重たそうに開いていく緞帳の先には、総勢たる国々が、ところ狭しと並んでいた。
ふと、先ほどまで緊張しきっていた手が、大人数の客をまえにしても震えていないことに気づいた。
イギリスの言葉、ひどく驚きはしたし、どういうことかもいまいちわからないし、たくさん考えなければいけない気もするけれど。

でも、緊張は取れました、ね!

その側面だけイギリスに感謝し、考えることは後まわしにして、日本はピックを持ちなおした。








God Knows -aph-








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完結です。ありがとうございました。

10.3.20