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バンドやろうぜ☆ -8-



いくら学園祭中で色彩豊かな校内とはいえ、季節外れまっさかりの桜色した着物を着ていると目立つらしい。それか着物を着たイギリスが珍しいか。
どちらかだと信じたい。好奇な視線が、日本が女装している、といった種類のものでなければ、もうなんでもよかった。
一番ドキリとしたのは、中庭を出るとき、おなじく着物を着た香港がこちらを執拗なまでに見ていたことだ。
きっと、隣にいる彼の元宗主国が着物きていて珍しかっただけ、日本はそう自分にいいきかせて急いで中庭をよこぎった。
通り終わると、イギリスがなにやら顔をそむけて騒いでいる。
「……て」
「イギリスさん?」
「て、手っ!」
言われて、はじめて気づいた。
急いでかけぬけたいと思うあまり、イギリスの手を引いてここまできてしまったようだった。
こんな女装野郎が申し訳ない、思って手をはなそうとすると、逆に強く握られた。
どうしたのだろう、日本が再びイギリスの名を呼んで見上げると、今度はその顔はこちらをむいていて、赤く染まっている。
「別に!この、ままで、いい」
少し力の増した手は冷たい、緊張しているのか。手を繋ぐことくらいイタリアやアメリカとすることもあるのに、そうイギリスに照れられると、自然と日本の顔もほてった。
本当にでぇとをしているみたいだ、そんなことを考える自分が途方もなく愚かで、死にたくなった。
日本はイギリスが買ったポテトを受けとり、できるだけ優雅におしとやかに、気を配って口へと運ぶ。女性用の和服は男性のものよりしめつけがあり随分と動きづらいが、不肖島国日本、女形くらいは経験している。
バレたら辱めを受けるのは自分だけでなく、自分を連れて歩いているイギリスも同じなのだ。歌舞伎女形の意地をご覧あれ。
とはいうものの変に緊張しつつ、小またでイギリスの横を歩む。
ふと、前のほうからイギリスを呼ぶ声がした。できることなら自分と面識のない人であることを願いつつ、恐る恐る顔をあげると、残念なことにスペインが手をふっていた。東南アジア系やらアフリカ系が多い飲食店の中、彼は売る側にまわっているようだ。
以前、国内情勢が厳しい国はこういうイベントで金を稼ぐものだとドイツが言っていた。多分それだろう。
「イギリス!寄ってってぇやー、となりの彼女と一緒にー」
「か、彼女って、こいつは……っ!」
イギリスが否定しようとする前にその口を塞いだ。
せっかく勘違いしているのだ、友達の少ないイギリスがいる女は恋人のほうが自然でいい。ツンデレ状態のイギリスを放置するとうっかり真実を告げてしまいそうで怖かった。
日本はスペインをむいて、長い袖口で自分の口元を隠しながら、にっこり笑った。
「メニューは、何があるのでございますか?」
アニメ声とまではいかないまでも、普段の自分とは似ても似つかない高く華のある声をだす。おちついた声とゆっくりした喋りをするお嬢様、あつかましくもそんな設定を意識して話した。
しとやかに女性らしく、いまこそ大和撫子の本領発揮。七色の声をもつ男とは私のことです。声優マニアでもない人に、同一人物だと聞きわけられるような声は出さない。
「ああ、このへんの全部大丈夫やでぇ、オススメはトマト味な!」
スペインはメニューの紙を出してこれまた陽気な笑みを浮かべた。オススメと彼は言うが、メニューには種類は豊富でもトマト味以外のものは見当たらない。
しぶしぶ、そのうちの軽そうなものをお昼に頼んだ。
「これオマケな!姉ちゃんかわええから、つけとくわー。イギリス見捨てんでやってなー」
頼んだものが入った袋と、ハムが棒にグルグル巻きつけてある妙な食べ物をさしだしながらスペインが言った。
「てめぇ……なに言ってやがる」
「彼が、私を見限るそのときまで、そばに居たいです」
「ばっ!見限るなんて、ねェよ!ばかっ!」
なぜか頬を染めつつ全力で否定するイギリス。
恋人である設定を演じきってくれているのだろうか、ならばそれに答えなければ、そう日本が思っていると、スペインがまた口を開く。
「なー、自分こんなんのどこが好きなん?」
「へ?」
「後々のために教えといてやぁ」
スペインにはオマケしてもらった恩もあったし、それ以上に日本の心にあったのは、イギリスがこなす恋人設定に答えなければという思いだった。
バレないために協力してもらっているのだから、自分のつたない羞恥心でバレてしまうような真似は武士道が許さない。
「この方の、好きなところ、ですか……?」
時間稼ぎとばかりに、なるべくかわいらしく首をかしげる。顔にかかる偽の髪が少しわずらわしいが、気にせず頭をフル回転させる。
ツンデレな部分です。だめだそんなの。オタクとばれれば”私”の正体が日本へと直結しそうだった。
表面上はポーカーフェイスで思案していると、ぽんと予想外にうしろから肩に手をおかれた。
「オレもそれ気になるなぁ、教えてよイギリスの彼女さん!」
そこにいたのはアメリカと、むすっとした表情のロマーノだった。
この二人、一緒に行動することがあるのかとツッコんだのは恐らく日本だけではない。
さらに予想外だったのは、動きだしたのがアメリカよりもロマーノが先だったことだ。ロマーノはするりと日本のまえに出てきて、彼には珍しくにこやかな笑顔で日本の手をやさしくとった。
「ロマーノ、どうしたん?」
普段からするとおよそ彼とは思えない行動に、保護者同然のスペインももの珍しそうにロマーノを見ていた。
ロマーノは日本の漆黒のかつらを人房やさしくつかむと、そっと口づけた。
その一連の動作は優雅でそつなく、いかにもなイタリア男のソレだ。頬がほてる。
「な、何をなさいますか……っ」
「お嬢さん、オレと一緒にお昼でもどう?美味しいイタリアンの店を知ってるんだけど」
ばっちりと男前ウィンクでそう言うロマーノに怯み、スペインをちらりと見ると何故かなごやか笑顔だった。
「ロマーノーあかんでぇぇ、その子はイギリスのやー」
「げっ、眉毛の?」
「だれが眉毛だ南イタリア!」
「う、わああああああイギリス様ー!?」
イタリア兄弟の性質を思い出す。
女性を口説くときは一直線に!まわりなんて目に入らないよと兄のほうが言っていたのは記憶に新しい。
本当に今、ロマーノはその場にイギリスがいることに気がついたのだろう。自慢の逃げ足でスペインの後ろに隠れた。
日本はそんな彼のそばに言って、ぺこりと頭を下げる。
「申し訳ありません、もうお昼は買ってしまいましたし、イギリスさんと先約が入っております。お気持ちだけ……ありがとうございます」
「べ、別にかまわねーよこんちくしょー」
アホ毛をゆらしながら、ロマーノが答える。
その言葉遣いにか、イギリスが怒りだしそうだったので彼の名前を呼んで静止した。
ロマーノがお昼を誘ってくれたことで、自分が少なくともまともな女性に見えていると自信をつけてくれたのだ。
感謝すれども、怒るなんてとんでもない。
日本は、はやく失礼しましょう、とそのついでにイギリスに目で訴えてみたのだが、目をそらされてしまった。
ツンデレの性質を持つイギリスにアイコンタクトが成功したためしは数少ない。
「で、なんなんだいイギリスの魅力とやらは」
「せや、ここはびしっと言ったれ!」
アメリカとスペインがまだ攻めてくる。
スペインはともかく、交流のあるアメリカに見られているといつ自分が日本だと知られるかは時間の問題のように思われて、日本は逃げだしたい一心でそれに答えた。
「お優しいところ、紳士的なところや、頼れるところ、それにお強いところ、でしょうか」
交流をもった当初より憧れているところを言うだけだ。
「生徒会長もなさっておいでですし。……とても、お、お慕いしております」
本人の目のまえで言わされると妙に気恥ずかしく、誤魔化すように苦笑した。
「私などでは、分不相応ですけれど……」
なぜか黙ってしまった他四名にあせっていると、急にイギリスが日本を引きよせた。
「アメリカ、お前そろそろ南北米組のステージの時間じゃねぇのか」
「へ?そうだねぇ、さっさとマシュー捕まえて行ってくるかな!みんな、ヒーローのオレを見に来なよ!別にイギリスは来なくたっていいんだぞ!」
「頼まれたって行かねぇよ!ばかぁ!」
イギリスはアメリカにまったく怖くない声で怒鳴りつけると、行くぞ、と日本にささやいて、食品店地帯を抜けた。



カランコロン、ゲタなるものを鳴らす日本と、スペインの店を離れた。
自分はただのサンダルだが、日本は不可思議な履物をはいている。ただでさえ女の和服というのは窮屈そうに見えるのに、そんなものを履いてよく走れるものだと感心する。
とはいえ、普通着よりずっとのろい自分たちであるが、彼らの姿が見えないところを見ると、さすがのKYも恋人同士の時間を本格的に邪魔するほど野暮ではないらしい。
女形とやらが日本にあったからだろうか、女物に身をつつむ彼の物腰は淑やかで実に女らしい。たしかに日本は普段から物静かで、乱雑な男っぽさというものがなく、女性的な静けさがある。
その雰囲気がイギリスは好きだったが、目のまえにいる彼はそんな次元の問題ではない。
淑女だ。ボディラインを強調しフェロモンをふりまき男を誘惑する国の女どもとは違う、その高潔な清廉さに妙な色気がある。
歩き方が小股でいじらしく、しゃがむのもつつましい。手首の折りかた、首の傾げかた、髪の書き上げ方、どれも清らかに洗練されている。
「どうやら撒けたようですね……イギリスさん?」
「あ、ああ」
じっと見つめていたイギリスに日本が首をかしげる。
女の姿をした日本は走った影響で頬を赤くしている。そんな顔でこちらを見られて、イギリスは間がもてなかった。
なにせ先ほど、虚偽ではあろうと正面で告白をされたようなものなのだ。必死に別の話題を探した。
「そそうだ、なにか出店でもやろうぜ!」
指をさす方向を確認する余裕もなく、指さしながら日本にそう言う。
イギリスが指したのは金魚すくいだった。日本がなぜか困った顔をする。
「……嫌か?」
「いえ、着物がぬれてしまいそうで……気をつければ大丈夫かと。お付き合いいたします」
そう言って日本は、赤白黒の金魚が泳ぐ水槽のそばに、優雅にしゃがむ。
あまりに似合っていたので忘れていたが、そういえばこのキモノはレンタル品だったと思いかえす。
「お姉さんキレイだねー。はい、頑張って掬って」
店子が日本を一瞥すると安っぽく笑い、ポイを渡した。それから立っているイギリスにも手渡そうとしたのだろう、見あげ、そこでようやく”イギリス”であると彼は気づいたようだ。
表情がまたたくまに青ざめ、固まる。ちょうどいい。荒れた時代を思い出しながら、眼つけて見下す。
「おまえんとこの金魚がはねて、彼女を濡らしてみろ。……どうなるか、わかってんだろうなぁ?」
「……は、はいいいいっ!!って、そんなこと言われましても……!」
「うるせぇ黙れ。それと、金は」
「はいっ!もちろん会長さんからはお取りしませんとも!」
その言葉に満足そうに頷いて、イギリスも日本の横にしゃがんだ。店子からポイを奪いとる。
「イギリスさん、無茶をおっしゃっては……。一回おいくらですか?」
すでに二匹ボールに掬っている日本が苦笑して、完璧な女声で話しつつ、巾着をとりだした。
店子が首と手を左右に振る。
「……い、いえ無料です」
「一回2ユーロ、ですね。わかりました二人分お支払いいたします」
ご丁寧に水槽の脇にはりだされている値段を見て、その金額分をコトリと低いテーブルに置いた。
せっかく無料になったっていうのに、なんでこう融通がきかないかな、こいつは。
イギリスは置かれた金を奪いとって日本につき返し、代わりに自分のサイフから5ユーロとりだして乱暴に置いた。もちろん1ユーロはチップだ。
「ありがとうございます」
「……紳士として、女に払わせるわけにはいかない」
「そうですね、すみません」
金魚はイギリスは掬えなかった。日本は、こつがあるんですよーとにこにこ言って1つのポイで15匹は余裕で引きあげていた。
少しは男の顔を立てることを覚えろよ、と思ったが、日本のことを明らかに女扱いしていることを、イギリスは気づいていなかった。








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一応、文化祭メインですので、長いですよ!女装日本!
金魚すくいが外国でもあっているのかとかは知りません。日本の誰かやってるとかいう感じで。無茶か。
声優マニアとかありますけど、私はドラマCDで声優さんの声がまざりあって誰が誰だかわからない人間です。
10.1.3