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バンドやろうぜ☆ -7-


イギリスは手に握る白い携帯を見つめながら、校内をうろついていた。
変な問題が起きて、今の今まで対応に追われていたのだった。もうそろそろ昼になる。携帯が無くて、日本は困っていやしないだろうかと心配になった。
急いで漫研のとった教室に向かった。
なんと言って返すべきか。ありがとう。いや恥ずかしい。寝過ごさずにすんだ、いやなんか違う。助かった。困らなかったか?まぁそんなところだろうか。
何度も脳内でシュミレーションをして、いざ、イギリスはコミック・ソムリエと書かれた教室に赴いた。
入り口にはドイツとイタリアしかおらず、促されて奥へはいる。傍にはアメリカが、日本のものであろう漫画を読んでいた。本という本で溢れている教室の角にはハンガリーと台湾が、窓際には日本とフランスがいた。各自なにやら熱心に話しこんでいる。
話が終わるのを待つか、なんてガラにもなく気を遣ってみた。
色情魔フランスと日本が最近仲がいいのは知っているが、イギリスからすれば彼らは正反対の性質を持っているように感じていた。だからこそ、彼らの話の内容が気になるのは人の性だ。仕方があるまい。
盛りあがりのわりには小声の彼らにそろりと近づく。と、その行動にあまり意味はできず、彼らは興奮ゆえか急に声量が増えた。
イギリスは驚いた。急に大きくなった声、というよりその内容に目を見開いた。
「・・・いでしょう?」
「もちろんだ!愛してるぜセニョリータ!」
「セニョール・・・!」
フランシスが手を広げ、それに答えるようにその腕に日本が向かっていく。
唖然、とは上手くいったもので、まさに今のイギリスを文字通りに表現していた。
二人がこちらに気がついて、気まずそうにする。
「イ、ギリスさん……?」
「おー…………。ジャマ、して悪かったな。後はごゆっくり!」
愛の告白をしているところをみられたからだろうか、フランスと共にいるからだとは思いたくはないが、真っ赤な日本にそれだけ言うと、イギリスは教室をとびだした。
一気に三階からかけおりて突っ走り、中庭に出る。
日本までもがエロ国にやられるとは思ってもみなかった。いや、自分が見ることを拒否していただけでそんな傾向は前からあったのだろうか。
呼吸器に無理を強いた副作用で、しばらく咳き込んでからおちついて周りを見れば、中庭では野点をやっていた。
香港が、彼にしては驚いた表情でこちらを見ている。
普段は人が来ないためイギリスお気に入りの場所であるが、学園祭最中は勝手が違うようだ。他の茶道部員たちの視線もあり、しずしずといつものベンチに座った。ちょうど校舎とプラタナスの木に挟まれていて周りからは目が行かない場所だ。
ふと、お礼どころか、返しにいったはずの携帯を未だに握り締めていることに気づいてイギリスはさらに落ち込んだ。
また返しに行かなければならない。色情魔に魅せられてしまった、日本に。
目の奥がじわじわと熱くなって、出てくるであろうモノを必死になって飲み込もうとする。
突然、音楽と共に手の中の白い携帯が震えだした。

お馬鹿をやりあっているときのフランスは、日本は好きだった。
なんの冗談かせまってくる時は煩わしい以外の何者でもなかったが、彼のかもし出す冗談まがいのやわらかな心地よい空間はなぜか安心できた。
だからちょっと、公共の場で悪ノリしすぎたのだ。その最悪の瞬間を、彼に見られてしまった。
「日本ー?アレ、絶対泣いてるぜ」
「え、ええ。ですが、店番が……」
走り去る瞬間、痛そうに歪められたイギリスの表情。
なかなか始動してくれない日本の頭の中をどうしようがかけ巡っていると、なぜか見ていたらしい、イタリアとドイツがひょいと顔を出した。
イタリアはアホ毛を揺らしながら、にぱっと親指をつきだした。
「行っておいでよー。ドイツじゃ不安ならオレがいるから!」
「ぐ……。……そのとおりだ、迅速に行動するのが一番だぞ」
「は、はいっ」
「そのまま遊んできていいからねー」
日本はお礼をする間もなく、イギリスが消えた方向へ走りだした。
イギリスの金髪を遠めに見つけて、中庭に来てみたものの彼の姿は見当たらない。
どこに行ったか見当もつかず、携帯も手元になく。どうしよう、と汗をぬぐっていると彼と似た眉毛、香港がいた。
「香港くん、あの、イギリスさんいらっしゃいませんでしたか?」
イギリスと個人的に交流があるという香港は、ゆらりと首を頷いた。
「Yes。顔をパネェくらいレッドにして走ってった」
「どちらに行ったかわかります?」
「多分、まだ中庭じゃん。でもあなたから探されてるから、気づいてエスケープ、スかね」
イギリスを彷彿させる眉を持つ彼は、ご本家眉毛とは違い淡々と述べた。
えすけぇぷ?こちらの姿を見たら、イギリスはまた逃げ出すということか。少し思案してから、日本は香港に向きなおった。
「すみませんが、携帯をお貸しいただけませんか」
「……イギリスのナンバーなんて、今は入ってないスけど?」
「かまいません」
あの時、一瞬だけかたまったイギリスの手には、白く丸っこい日本の携帯が握られていた気がしたから。
案の定、わりとすぐそばで鳴った。
選曲は図らずとも、らき☆すた〜かえしてニーソックス〜だ。文化祭だとはっちゃけて選んだ今朝の自分を殴りたい。
手の中でアニソンを流して震える携帯に、イギリスはひっそりとたたずむベンチでひどく焦っていた。携帯の音を止めて、また逃げ出そうとしたところをどうにかこうにか日本は捕まえた。
「っ待ってください、イギリスさん!」
欧州の国にしてはそう太くはない手首をしっかりとつかむ。
「あ、ああケータイか。俺はさっき返そうとしてだな……っその、邪魔する、つもりはなかった」
顔を盛大に背けながら、イギリスはずいと携帯をさしだしてくる。
見たくもないほど、彼の目に私はおぞましく、愚かなものに映ったのだろうか。
「は、はやく受けとれ!」
私のものに触れていたくないと思うほど、私の手をふりほどこうとするほど。当然か、彼は紳士の国。所詮私などが近づいていい国ではなかったのだ。
白い、今は静かな携帯を受けとると、日本はそっとその手を放した。
「誤解です。ええと、漫画の。フランスさんが登場人物の気持ちがわからないとおっしゃいまして、ですから、その、再現の最中だったんです」
嘘っぱちだが、本当のことよりはマシそうな言い訳だけ言って、これ以上嫌な思いをさせないうちに彼の前から去ろう。
ああしかし、しばらくすればライブがはじまる時間になり、どうしても顔を合わせることになってしまう。どうやら私は貴方に不快感を与えてばかりのようです。
では、と日本は浅く会釈した。
「失礼します。……また、のちほど」
くるり、その場を去ろうとふり返った瞬間、手が取られた。
日本が驚いて、少しの期待をもってふりかえると、顔が面白いくらい真っ赤になったイギリスが、日本の手をつかんでいた。
「イギ、リスさん?」
「あ、その、誤解だって言うのはわかった。……それで、残りの文化祭、お、俺と一緒にまわらないか!?」
その言葉にも驚いて、日本がきょとんとすると慌ててイギリスが弁解した。
「か、勘違いすんなよ!お前のためじゃなくて俺のためだからな!」
その顔は、真っ赤だ。何がイギリスのためになるというのだろうか。まったくわからない、これが、ツンデレというやつか。
日本は満面の笑みをもって、その誘いに頷いた。

とは言ったものの、どこに行けばいいのだろうか。
イギリスは得意のツンデレを発動中らしく、いわく日本の行きたいところに行け、だそうだ。どこへ行こう。自分が行きたかった場所はほとんど午前中の家にまわってしまった、午後は漫研のほうに費やすつもりでいたから、予定はない。
「ええと……イギリスさんは、アジアクラスにもう行きましたか?」
「俺は生徒会の仕事があったからな、展示をみたのは漫研がはじめてなんだ。だからどこに行こうとかまわない」
胸を張って答えたイギリス。自慢することではないと思うが、そこはそれ、空気を読んで口には出さない。
「では、行ってみませんか。衣装の試着もできるんですよ、きっとお似合いだと思います」
好きにしろ、と言ったイギリスの手を引いて、アジアのほうへ向かおうとすると、ペシンと手が払われた。どうしたんだろう、振り向くとイギリスの顔は再び赤くなっている。
「一人で、歩ける!案内だけしてろ」
「あ、はい。向こうの方向です」
日本が指差すと、イギリスはずかずかとそちらへ闊歩していく。相手は紳士の国なのに手を繋ぐなど拙いことをしてしまった、慌てて日本は後を追った。
教室に着くと、みごとにまわりはカラードばかりになった。そして珍しいのか横にいるイギリスに視線が集まる。こういうときくらい一緒くたになって楽しめばいいと思うのだが、なかなかそうもいかないらしい。
ただ、フランスなどはゲイシャやチャイナ服萌えを見にくるとか言っていた。どんなきっかけでもいいので交流が深まればいいと思う。植民地だの宗主国だのは抜きにして。
入ると、すぐに中国が気づいて寄ってきた。
「日本!漫研のほうはもういいあるか?……ってなんで英国までいるあへん」
笑顔とまではいかなくても、機嫌のよさそうだった顔が、イギリスを見ると一気に歪んだ。二人の間にあった確執については日本はよく知らない。
イギリスは中国を気にも止めず、珍しそうに周囲の衣服を見渡している。それに中国が腹を立てるといった悪循環、ケンカをはじめられては困る、日本は中国に話しかけた。
「二人でまわっているんですよ。中国さん、イギリスさんに何かみつくろってくださいませんか?」
「ああん?レンタルあるか?」
「ええ、90分ほどお願いします」
「な、何の話だ?」
イギリスが少しだけ不安そうにしている、日本はにこりと笑っておいた。
中国は不満そうに、他の東南アジア諸国に何かを命じた。彼らはイギリスに少し怯えながらも、奥の試着室へ引っぱっていく。
おい日本!イギリスの非難が聞こえたが、手を振って見送っておいた。出てくる頃にはどこかの民族衣装に身をつつんでいることだろう。
何を着せられているだろうか、中国のことだからやはりチャイナ服だろうか。イスラムのパンジャミなんかも似合いそうだ。だけれどここはアオザイを推したいところ。チョゴリ?チマならいいですがパジは萌えがないです。
心を弾ませていると、中国が日本の手をとった。なんですか?聞こうとするも、中国の浮かべる笑みに背筋が寒くなる。
これは、そう、彼がイタズラを思いついたときの顔。
日本は一歩二歩と中国からあとずさる。
「ちゅ、中国さん?」
「日本も着替えるあるよー!」
「え?ちょ、待って私は別に……ってベトナムさんにフィリピンさんっ!?」
中国から逃れようと下がると、後ろから羽交い絞めにされる。見れば東南アジアの二人。がっちり日本の腕をつかんでいるあたり、確実に中国側である。
逃げられない、日本は諦めたように静かに目を瞑った。

見覚えのない男の国たちに無理矢理着替えさせられた。
力ではイギリスが圧勝なのだが、日本の知り合いを殴るわけもいかず、抵抗しつつもついには奇妙な服に身を包んでいた。
終わるとすぐに試着室らしきところから出された。
よく見るとこの服は日本がよく身につけている着物のようである。なんとなく、服を着ていない感じがしてストリーキングでもやっているような感覚に襲われる。
しかし教室内に日本と中国の姿がない、どうしたのだろうか。それ以外のイギリスの知り合いなんてミャンマーくらいだが、彼女も遠巻きに見ているだけ。イギリスはアジアクラスで実質一人だ。
まさか置いていかれたんじゃあるまいな。そんな小さな不安がとてつもなく大きくなったころ、ようやく奥から中国が顔を出した。彼はイギリスを上から下までじろりと眺めて、眉を歪めた。
「洋人なんかに着物は似合わんと思っていたあるが……おまえは本当に憎たらしいあへん」
「そりゃどうも!じゃなくて、日本どこだよ!?」
「日本ー、あへん野郎のお呼びある。出てこいあるー」
そう言って、中国は高い位置でてのひらを二回鳴らした。イギリスは条件反射でかまえるが、とくに何事もなく、奥から日本の声がした。
「……日本?」
思わず呟くと、中から出てきたのは、予想外の人。
イギリスとおなじ種類の着物に身をつつむものの、袖が長く帯が太い。髪の質などは日本のものと似ているが、黒は腰ほどに長かった。
「日本なのか……?」
日本は慌てて顔を隠した。どこからどう見ても女にしか見えない。
どうしよう、イギリスが立ちすくんでいると、中国に二人の背を出口にむかって押しやられる。結局、教室の外に押し出された。
「なにしやがる!ジャンキー!」
「普通の男女がやるって言ったらでぇとある」
「はぁ!?」
「店先で騒ぐなあへん。あへんはともかく、日本は誰も知らない女の子あへん。法国はともかく、美国やら徳国は名前も知らないアジアにわざわざ寄ってこねーあへん」
それはつまり、二人で安心して文化祭を回れるということで。
何故イギリスの味方のような真似を、あの中国がしてくれるのか。その問いが顔に現れてしまったのか、中国は去りぎわにこう言った。
「日本、ぎたーの借りはこれでチャラあるからな」
何の話だ?







そんな。日本のわがままな夢を皆に叶えてもらうのだから、稚拙なギター技術を教えるくらいでは申し訳なかったのに。これではさらに中国へのかりが増えたようなものではないか。
どんなことがあろうとも、中国クオリティのコピー品だけは承諾しないつもりだが。
日本はちらりイギリスを見た。困ったように頭をかいている。
当たり前だ。でぇとってなんですかでぇとって。異性交友中の男女が出かけること。それくらいは知っているが、イギリスは男で日本も男だ。
「すいません、中国さんが」
「い、いや別に……」
「私、日本ってバレバレですよね……」
何故女物、そのうえ何故、振袖なのだろうか。ご存知か?未婚の女性しかつけてはならない振袖。純潔にのみ許された際骨頂。
年をとった、というか大前提として性別の違う自分などが着てはいけない尊いものだ。
「そんなことはないと思うぞ。欧州はアジアなんて日本と中国くらいしか知らないからな。日本に似た兄弟の誰かだと思うだろ」
「それにしたって女性には見えないでしょう?かつら付けただけでは、着物の男女差なんて認知度低いですし」
「そんなことはない!」
アーサーは先ほどよりずっと強く否定した。そんなに力説せずともわかってますとも、自分が男性的要素に欠けていることくらい。
沈黙が続いて、日本は観念した。自分の姿は女に見える、そういう事柄を無理やり自分に理解させる。カツラをかぶって服を着替えて、少しだけメイクもされて。女には見えなくとも、日本とばれなければいい、違いますと言い通せば大丈夫なはずだ。文化祭で異装をしているものは多い。
気を取り直して、日本はイギリスを見た。
日本が女装への道を歩んでいた時分に、イギリスも着替えさせられていたようで、いつものきっちりとした洋服ではなく、緩やかな我が国の服を着てくれている。
紺色の地に小豆色の十字が飛び、落ち着いた水色の帯で締めてある。下はこけたら大変だから、ということで貸し出し用はビーチサンダルにしておいたが、どちらも粋に似合っていた。日本が洋服を着ると似合わないのに、外国の色を持つイギリスが和服も似合うとはなんとも不公平だと思う。
二人とも押し黙り、気まずい空気が流れる。
「マーケットにでも、行くか」
開いてるだろ。イギリスがぽつり呟いた救済策。そう言えばもうお昼の時間が来る。
その後に続く彼のお決まりのフレーズを聞くまでもなく、日本は大きく頷いた。








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数ヶ月ぶりです……!多分半年振りじゃないかしら。この辺でようやく日本くんの卑屈っぷりが……微妙……です……
ようやく英日っぽくなってきましたw
09.7.7