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バンドやろうぜ☆ -6-


大きな宮殿の西向きの中庭に、多くの歌声が響く。
ピクシーのかん高い声、ブラウニーの低くしゃがれた声、ニミュの深い声に、ケット・シーの愛らしい声。
妖精たちの合唱の中、一人の子もまた歌っている。が、彼も人ではなかった。
金の髪を持つその子を妖精たちは取り囲み、子も妖精たちに笑いかけ、共に楽しく歌っていた。子は妖精に歌を習い、子が作った歌を妖精に教え、楽しい一時を過ごしていた。
ある霧の濃い日、数多くの妖精たちとは異質の、黒い、子と同じ大きさの妖精が一人現れた。
インプだ。
子は言う。
「おまえも一緒に歌うか?」
黒い妖精、インプは答えた。
「お前のような下手なやつと歌えるか!音痴!ド下手!聞いているだけで吐き気がするぜ!」
ピクシーたちは必死になって、泣く子を励ました。
「下手じゃないよ」
「綺麗な声だよ」
「インプはいじわるなんだ」
それでも子は、かろうじて妖精の前では歌うようになったが、人の前では声をメロディに変えなくなった。




学園祭当日。
少しレトロな、だがきらびやかなドレスに身をつつんだ背の高い女性が日本にかけよってくる。けつまづきそうになりながら、彼女は大きく手を振った。
残念なことに彼女の記憶は日本にはない。彼女の名前を言わなくてすむように会話を進めなければ、日本は軽く手を振りかえした。
「こんにちは」
「にっほーん!チャオー、みてみて似合うー?」
「・・・なんだ、イタリア君ですか。可愛らしいです。劇の衣装ですか?」
女性にしてはすこし低い声で彼女がイタリアだと気づく。ただの杞憂に終わってよかった。
見れば彼女、もといイタリアの背後には、中世の騎士らしき格好のドイツもいた。オールバックな髪は、今は自然におろされている。
「そーだよー。俺ねぇ、ヒロインなの!ドイツはヒロインを守るナイトなんだー。結局俺は婚約者じゃなくて、ドイツと愛しあうんだよ!」
「イタリア、先に結果をバラすんじゃない。日本はネタバレを嫌うんじゃないか?」
「ヴェー!ご、ごめん日本ー」
ドイツにたしなめられて、申し訳なさそうにするイタリアに日本は慌てた。
「いえいえ、そうなる過程を見るのも好きですから」
そういえば、ぱぁっと笑ってイタリアは抱きついてきた。彼の元来のやわらかい髪質と同じ、長いウィッグが鼻先をかすってむずむずする。
「日本は制服のままか」
「まあ、のちほど。それにしてもドイツさんよくお似合いで。剣はクレイモアですか?ご立派ですねぇ」
彼は腰にかけていた剣をガシャン、と音を立ててさしだし、持たせてくれた。半端なく長いこの刀、重みと鈍い輝きは本物だ。よく見れば、ドイツの身につけている兜や甲冑は、使い古されたように黒ずんでいて、妙な世界観をかもしだしている。さすがは完璧主義のドイツだ、どんなことへもこだわりは強いらしい。
イタリアがドレスの端を器用に持って、軽く跳びはねた。ドイツが注意するがどこ吹く風である。
「あのね!ヨーロッパクラスのステージ10時半からだから、見に来てねー!」
「ええ、必ず見に行きますね」
「わはー。ねぇ、バンドは何時から?衣装はなに着るの?そのまんま?」
「・・・あ、すみませんその生徒会の準備がありますので、失礼します」
ヴェー?と擬音を発するイタリアと、ドイツと別れて日本は生徒会室へと足を急がせた。
言えない。今手にしているバッグの中に、セーラー服を貴重としたコスプレ衣装が入っているなど、言えるわけがない。
はじまりは、先日。ハルヒのビデオを見直していたアメリカが突如言い出したこと。


「ねぇねぇ、コスプレして出ないかい?」
すぐにハルヒの魅力に落ちたフランス、曲に魅せられた中国は快くOKしたが、イギリスが猛反対した。その顔はほんのり赤い。
「・・・っおま!じょ、女装する気か?」
「何言ってるんだい、そこまでしたらキモイだろう?君のバニーガールなんて見られたもんじゃないよ。そうじゃなくて、この高校の男子制服を着ないかい?ってことだぞ」
己の勘違いに、イギリスが顔を真っ赤に染めている。
恥ずかしながらも、日本もまたバニー姿のイギリスやセーラー服(超ミニ)姿のフランスを想像してしまっていたところだったので、イギリスを責めることは出来ない。むしろ自分が口にするまえに彼が間違ってくれたおかげで恥にならずにすんだ、と心の中で感謝する。
「文化祭だから、逆に制服のほうが少なくて目立っていいと思うんだ!」
そういうことなら、とイギリスも同意し、では私が調達してきますね、と言うとアメリカがつけくわえた。
「あ、でも、もちろん日本はちゃんと長門コスプレで頼むんだぞ!」


なんてことだろう、そんな妄言にフランスや中国、イギリスさえも同意してしまうなんて。日本の意見などないも同然であった。
男装は似合わない方が可愛らしさがでていいが、似合わない女装など害悪以外の何者でもない。実年齢ではフランスよりずっと年を食っている日本があの、女子高生の一般的思考から見てもあきらかに短いセーラー服を着るなど。愚の骨頂、もう笑う以外のことは出来なかった。
一応他のメンバーらの男子制服の調達は完璧だ。サイズもしっかり合っているし、アメリカのメタボ体型対策もばっちりである。
問題は自分ひとり。
日本は一人ため息をついて、生徒会室のドアを開けた。あまり早朝だから誰もいないとばかり考えていたが、それは思い違いだったようだ。
イギリスが、寝ている。
規則正しい静かな寝息を立て、彼は机に伏せて寝ていた。昨日遅くまで仕事をしていたようだったが、その途中で寝てしまったのだろう制服のままだ。
「まだ・・・開始まで時間ありますよね」
欧州組でも生徒会員には配役をまわしていないと聞く、なら朝の練習に向かう必要もないだろう。ここ数日忙しそうだったイギリスをいま起こす気にもならず、日本は音を立てないように動いた。朝はさすがに肌寒いだろう、生徒会室に備えつけてあるタオルケットをその肩にかける。熟睡しているのか彼は身じろぎもしない。
このままほうっておくと、寝過ごしてしまう恐れがないこともない。日本は自身の携帯の目覚ましに、時刻を設定してイギリスの耳元においた。
「さて、漫研のほうにでもいきますか・・・」
移動して、漫研の展示教室をテキパキと準備を整える。大量の漫画を運びいれてブースの設置が終わると、少し考えてから奥に丸秘スペースを作っておいた。お仲間用である。


「やぁやぁ、皆元気かなー?今日はお待ちかねの学園祭の日だぞ!今日は全力で楽しむといいんだぞ!普段の主人公は俺だけど、学園祭の主人公も俺なんだ!さぁ、学園祭をみんなの手で完成させようじゃないか!」
わけのわからないアメリカの言葉から始まるオープンセレモニーで、学園祭は幕を開けた。
生徒会員の席にきちんと生徒会長もいて、目覚ましがきちんと役割を果たしたことに日本はほっとする。
まずは吹奏楽隊の派手なオープンコールで盛りあがり、終われば総勢50人にもなるコーラス部による合唱。それから各クラスの出し物となる。
一番手は中東らしい。怪しげな雰囲気をまとった音楽で始まり、焼けた肌と白い服のコントラストが印象の美女が数人顔をだす。セクシーに腰をふりはじめたので、彼女らのクラスはダンスなのだろう。
漫研の開始予定は午後からだがクラスの割り当てが今からだ、日本はクラスへと急いだ。
騒がしい韓国と共に、自国の衣装を身にまとって来客を扱った。
途中で欧州組の劇「レイチェルの始動」を見にいった。
ギャグとシリアスがいい比率で混ざっているそれは、なんともまぁ、面白かった。何がいいかって、性別の関係ない役分けだ。ドイツは騎士だったが、イタリアやスペインは終始女の子だったし、ハンガリーは一転して男装をしていた。
それから、ドイツとイタリアと共に各クラスや部活の展示物も見てまわった。
美術部にいけば、物珍しい笑顔のドイツ氏と、不満げな表情の自分の絵画を見つけた。他の主要国も描いてあり、普段見慣れぬ表情はなかなか面白かった。
日本がたまに顔を出している科学部は、見事なまでに客がいなかった。今年はカルメ焼きに挑戦していたが、失敗続きだった。
最後に中庭で野点を行っている茶道部に行って、着物美人!な台湾に茶菓子と茶を貰った。
そうして午後、漫画研究部始動である。
「いらっしゃいませー、どのようなお話がお好みですか?」
「え?えーっとファンタジーかな、アクションがあればなおいいわ」
「普段漫画はお読みになりますか?絵の好みは」
「読まないかな、小説ばかり。そうねぇ・・・すっきりした絵をお願い」
「恋愛要素はいりますか?」
「必要ないわ、あってもいいけど」
彼女の話を聞いて、日本はパソコンにYES,NOの情報を入力し、出力したデータをプリントアウトした。厳選された5つの漫画の名前、作者名、出版社名が書いてある。
「こちらがあなたの好みに合うかと。悠々白書は置いてありますので、いつでも読みにいらしてください」
「まあ、ありがとう」
とまあ、こんな感じでコミック・ソムリエは、イタリアはうっかり女性を口説きそうになったり、ドイツは戸惑ったりしているがおおむね順調だった。


♪〜乾いた 心にかけぬける ごめんね 何も出来なくて

ヴー、ヴーというバイブ音とともに大音量で流れ出した、携帯に驚いて、イギリスは飛び起きた。
震えるおかげで机から落ちそうになる白の携帯を、かろうじて受け止める。イギリスの携帯も白だが、形状が違った。それに流れた曲は、バンドの、God knows。イギリスの携帯には入っていない曲である。
自分にかかっているタオルケットと、自分のではない携帯をみて、誰かが来て、親切にもかけてくれたのだろうとイギリスは思った。
しかし、誰が。
なり続ける目覚ましを止めるために、携帯を止める。閉じようとしたイギリスの手が、待ちうけを見て止まった。
いつぞやのバニーガールだ。ハルヒ、と言っただろうか、God knowsを歌うバンドのボーカルとしてアニメに出ていた彼女。彼女と、その傍にいたギタリストの少女、長い髪を持つ少女が猫をかかえて遊んでいる。
これは日本のものだろう。
なにやらフランスもこのアニメに興味を抱いていたが奴の携帯は毒々しい赤だった気がするし、なにより奴がイギリスにタオルケットをかけたり、わざわざ目覚ましをかけてくれている姿なんて想像もしたくない。
時計を見れば、開式までにちょうどいい残り時間。
彼の決め細やかな心遣いは、疲れたイギリスをほわりと暖かくしてくれた気がした。



「こんにちはー日本さん」
「こんにちはハンガリーさん。男装、とてもかわいらしいですよ」
『レイチェルの始動』から衣装をかえていないハンガリーは、長い髪を一つに縛り、かっちりとした中世男らしい服に身を包んでいる。細くだが豊満なその体に、男装は似合っていない。似合っていない反動ゆえにかもしだす可愛らしさは、すごく・・・素晴らしいです・・・。
「うーん、男前!のほうが今は嬉しいですけど、日本さんだし許しときます」
白い頬をほのかに赤く染めて、ハンガリーは笑った。
日本は自分の頭に浮かんだ煩悩を追い払うと、にこりと笑って奥の部屋に手をのばす。
「例のものは奥にありますよ。どうぞお楽しみくださいお仲間さん」
「えっ、ほんとですかー!?日本さんが描いたやつも置いてあります?」
「残念ながら私は今回、土希やったんです。ハンガリーさんの好みとは少々・・・」
「かまいません!わたし、じゃなくて俺、日本さんのおかげで仏英の良さにも気づけたんです、だから読みたいです師匠!」
「師匠は恥ずかしいですよ・・・では、机の中に入れていますからどうぞ」
はい!と元気よく答えて、男装ハンガリーは奥の丸秘スペースに入った。例のもの?今年のコミケで発行された同人誌である。BLものも、ハンガリーの好む墺モノもたくさん仕入れてあった。日本はいわゆる酷い雑食である。ノーマルはもちろんBLも百合ものも、どのような要素も美味しく萌えることが出来た。
ハンガリーの直後客が途切れ、ふと息をついていると後ろから誰かがのしかかってきた。
「にっほーん、仏英なんか作ったの?仏日つくろうぜ仏日」
「・・・っフランスさん?おや、もう飽きたんですか」
この男は、丸秘スペースで同人あさりをしていたはずだが。いや、むろんR指定モノや百合もので、ハンガリーとは別の趣向のものだが。
「ハンガリーがいるところで見てたらフライパンで殴られるよ」
そういえば彼女はフランスの天敵だったような気がする。大きなくくりではおなじジャンルなのだから、仲良くすればいいのにとは思うが口には出さない。
「・・・こちかめ全巻でも読んでいればどうです?ひとまず離れてください」
「読んでるぜ、今。58?巻くらいかな、いやー長いね」
離れろとの頼みは無視か。嫌味のつもりでいったのに、まさか読んでるとは思わず日本は驚く。いつ終わるかが謎すぎるあの漫画に今から手を出すとは。日本はもちろん全巻持っているのだが。
客が来る気配はない、日本は中に入って、窓から校庭を見下ろした。
ちょうど視線をやった先に、リトアニアとポーランドがいた。相変わらず仲がいいようだ、そろって女子高生のコスプレをしている。
ポーランドは超ミニのチェックスカートに、ダボダボな茶のセーター。ルーズソックスをはいているあたりちょっと古いのかもしれないが、それ以外はいたって普通の女子高生。一方リトアニアは、ひざがギリギリ見える丈の清楚な紺色折スカートに同じく紺のベスト、中のシャツはうすい水色でボタンはきっちり第一まで留めてある。清純派、といったところか。彼のイメージにはぴったりマッチしていた。
「おー、ポーランドいいねぇ。絶対領域絶対領域」
いつのまにか隣にきて、同じく彼らを見ていたフランスが言う。あごひげを弄るのは女性を値踏みする際の彼のくせのようだ。
「私はリトアニアさんのほうが萌えますねぇ」
「・・・わからんでもないけど、絶対領域とそであまりには勝てんだろー」
ずいぶんと専門用語に詳しくなったものだと思った。そのあたりを育てたのは日本だが。
「考えてもみてください。あのきっちりガードされたスカートの下にあるのは、アダルト黒のレースか、清純まっしぐら純白か、それとも最強のしまパンか。想像したとき感じるエロスは、リトアニアさんの圧勝のはず」
「・・・っ確かに。チラリズムなひざもなかなかの、」
「でしょう?それに、あの恥じた顔!一級品です。コスプレの一番重要な要素は恥じらいです。それがまた清純派にぴたりと合っている」
「悪い日本、俺の負けだ!」
「いえいえ、無邪気なポーランドさんもすごく・・・そそります・・・」
「・・・きもちわるいぞ、君ら!」
盛りあがっているところに割り込んできたKYを見れば、当然ながらアメリカだった。その手にはDB9巻が握られている。
「どうせ、萌えのわからない人には理解できませんよ」
「OH?わかるよ、モエ!ネコミミだろ?メイドとミニスカ、幼女にツンデレ・・・」
「いーですから、手のものを読んでいてください」
そう言って椅子を出せば、アメリカはおとなしくDBを読みはじめた。いつのまに入ってきたのだろうか、存在感が強いのか弱いのか謎な国である。いや、確実に強いのであろうが。
戻れば丸秘スペースに台湾が増えていた。きゃいきゃいと女性特有のハイテンションで、二人して薄い本をあさっている。混ざりたい衝動に駆られるが、女性同士の楽しい時間をジャマするわけにもいかないだろう。
しっとりとした髪を上にもちあげ、スリムな体の体の線が良くでるチャイナを着ていた。台湾は同じ亜細亜クラスだが、日本とは割り当ての時間がかなり異なり、チャイナ姿の彼女を見たのは今がはじめてだ。
男としては少し落ち込む要素なのだろうが、スリットはふくらはぎまでしか入っていない。恐らく中国の仕業だろう、妹にハレンチな衣装は駄目だと騒いでいた記憶がある。
「フランスさんは、どっち派ですか?メイドと、チャイナ」
「メイドだろ!」
「どのように短いスリットであっても、そのチラリズムに引き寄せられる欲情には逆らえないと思います」
「いやぁ、でもなぁ足なんかチラリとも見えないメイドが俺は好きかな」
「スリットです!」
どのような要素も美味しく萌えることができるが、日本とて順位はある。
「メーイード!思い出せベラルーシを!クーデレメイド健気系、いいだろう?」
「いいですとも!ですがご覧ください、台湾さんいいでしょう?」
「もちろんだ!愛してるぜセニョリータ!」
「セニョール・・・!」
フランスがノリにのって両手を広げた。競りあがったテンションで、日本も腕を広げ返し、このままなら抱き合うだろう、とその瞬間。
彼が訪れていることに誰も、否、日本とフランスは気がつかなかった。







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08.12.6