バンドやろうぜ☆ -4-
フランスはオールマイティー。ドラム経験者にアメリカとイギリス(中級者)、ギターにイギリスと中国(双方とも中級者の域)、ダンスにアメリカと中国という内容のメモからも、彼らの適当さがよくわかった。残り2ヶ月あまりなのに、経験ない者に任せるのは無謀だから。
できるならフランスを今の位置のままやりたい、と頭を悩ます日本は、台湾に声をかけられるまで周囲の状況はおろか就業のチャイムにさえ気付いてなかった。
中心人物と日本以外は、ひたすら暇をつぶすことでその日の授業が終わった。
優勢の確認作業はかなり地味だった。オーディションには程遠い、熟練度をはかるだけのもの。
一番重要視すべきは歌だったが、歌のみでの判断は無茶なので(そう、例えばフランスがボーカルになってしまっては楽器側がきつい)まずはそちらからやることにした。
ほとんどメモのとおりだった。
敢えて付け加えるなら、ギターは中国>イギリス、ドラムだけはアメリカがフランスより秀でてることぐらいだろうか。それ以外はフランスに勝さるものは居なかった。
楽器を変えるならキーを戻してアメリカに歌わせれば、とも思ったが日本以外の国が聞きなれているのはキーを下げた男性用だ。混乱が増える。
だから、いまはソフトでキーを下げたものを流す。先ほどのつたない音を聞いた後だと、プロとよばれる人々の凄さに純粋に感慨する。
アメリカはやはり高すぎた。フランスは情熱的といえばそうだがなんだかねちっこい。それはハルヒ・・・平野も同じようなものだからそう目頭立てる必要もないが。さすがは飛びぬけた最年長というべきか、中国はそつなくこなした。
今の国の中では中国かな、と日本は思う。最終決定はイギリスを聞いてから決めるのだけれど。
歌う部分が終わると止め、はじめに巻き戻して再生する。
「じゃ、イギリスさんお願いします」
「・・・・え、ちょっと・・・」
中国からマイクを渡されたイギリスは慌てている。人前に出ることをなんら気にしない生徒会長だが、恥ずかしいのだろうか。
いつまでたってもイギリスの歌声は聞こえてこない。不思議がる皆を代表したような形で日本が尋ねた。
「や、俺すげー音痴だから」
「そういえば、英国はカラオケでも歌わねーあるな」
「・・・・つーわけで歌わないでいいよな!」
それまで伺うような視線をよこしていたイギリスは中国の言葉に励まされたのか、開き直って胸を張る。
日本は安心させるように微笑んで、それからニコと人の悪い笑みを浮かべる。
「問答無用です!歌ってください」
「よく言った日本!精一杯恥をかくといいよイギリス!」
アメリカがグッと親指を突き出して、にかっとウィンクをする。イギリスの眉間に深い渓谷ができて、白い頬が少し色づいた。
負けん気に火がついた。歌ってくれる。
日本は無言でGod Knowsを再生する。勢いのある曲調が空間を支配する。
あんなに自虐するぐらいだ、日本国民じゃあるまいし、謙遜じゃなく本当に歌は得意じゃないんだろう。だけど彼の落ち着いた声色を日本はとても好んでいた。全校生徒の前で演説するときも、内容は高圧的なものだが日本はいつもその声に聞き惚れていたほどだ。
(大丈夫です・・・!オタク文化の一つ、フィルターの前では音痴なんて敵じゃありません)
前奏の途中で日本からは離れたところにいるフランスが、思い出したようにぽつりとつぶやいた。
「あいつ、そんなに音痴だったっけ」
「俺は聞いたことがないぞ」
アメリカとのその文言は日本、ましてやイギリスに届くはずもなく、彼は歌い始める。小さくて聞こえない。
「もっと大きくお願いします」
日本の言葉にとまどうイギリスが胸を張り、すぅ、と大きく息を吸った。
――壮絶だった。
テクニックとかそういう問題じゃなかった。声質が好み、というのもあっただろうが、とにかくひきつけられる。
深い声は日本を魅力した。低く響いては人の心に直接歌を落とす。立派な声量のため部屋中の壁や天井に反響し、巡り巡ってそれもまた聴衆の心に飛び込んでくる。綺麗で澄んだ声──日本は何故だか泣きそうになった、歌詞でなく、その声に。
そんなことを考えることが出来たのは終わったあとの話で、歌っている最中に日本に出来たことは音痴の意味を考えることだけだった。
日本は曲が終わったのにしばらく気づかず、ほうけていた。
「なんだい、君、音痴じゃないじゃないか!」
アメリカの言葉にはと気づくと、困ったような顔をしたイギリスが目に入る。イギリスには謙遜という文化があったのか。しかし日本の謙遜に戸惑っていたイギリスは記憶に新しい。彼の単なる思い込みか。
フランスと中国と目が合い、こくりとうなづく。決定だ。
「ボーカルは、イギリスさん、あなたです」
「・・・・・・はぁぁ!?」
イギリスがマイクを持ったまま大声を出したせいで、キィン、と耳を裂くような音が出た。悪い、とマイクを切る。彼は本当に困惑した表情を浮かべていた。
「な、なんで俺が・・・」
「えーっ!じゃあ俺はどうなるんだい!?」
アメリカが騒ぎ始めた。バンド結束した最大で唯一の目的が”目立つこと”である彼にとって自身がボーカルでなくなることは大きな痛手なんだろう。
確かにボーカルが一番目立つし、ボーカル以外は音楽をやってない人にとっては二の次、付属品同様だ。
それはハルヒというアニメに出会うまで、洋楽系には一切手をつけなかった日本が一番よくわかる。だが、
「アメリカさんにはドラムやってもらいたいんですよ――」
アメリカを口説き落とさないかぎり、歌にイギリスを採用できない。
上手い口はなんのためについているのだと、日本は頭をフルで動かす。いい案?そんな都合のいいこと浮かぶわけがない。
なら、並び立てるほかないでしょう!
「ドラムはテンポを決める酷く重要なものです。つまりあなたが中心となります、あなたが走れば皆走る、あなたが転べば皆転ぶ。中国さんでは荷が重かった!弱者を助けていただけますよね、ヒーローとはそういうものです。みなさんの中で一番ドラムが卓越していたのはあなたです。それに始まりはドラムからですし!ええと、貴方ならドラムでも輝けるといいますか・・・っぇえと、ま、毎日でもゲームしにきていいいですからー!」
最初こそ勢い良かったものの、だんだんと理由がなくなり仕舞いには関係のない言い訳が並ぶ。
目立つことに全てをかけているといってもいいアメリカに、ボーカルより目立つわけないドラムを褒められる点があまりにも少なかった。
黙りこくるアメリカに、日本は大いに慌てる。
「アメリカさんの素晴らしいドラム技術を、世界に役立てましょう!」
口が回りすぎた、と日本は思った。アメリカ以外のみんながじとっとした目で日本を見ていた。恥ずかしい。アメリカはというと何故だかキラキラと目を輝かせていた。
「そんなに言うんならドラムしてやってもいいんだぞ!ま、俺ヒーローだしね!」
何故だろう。
それはこの場にいるみんなが思うことだったが、とりあえずアメリカが片付いたので突っ込む人もいなかった。さすがは空気が読める諸国である。
アメリカがドラムになったゆえに居場所がなくなった、元ドラムの中国が首をかしげる。
「あいやー、じゃあ我はどこにいくあるか?」
「中国さんはギター出来ましたよね、そっちに行ってもらえますか」
「む、難しそうある・・・」
フランスは忙しいから変更はしない。こうすれば無理があるのは中国だけですみ、日本はそこだけに尽力すればよかった。同室ならばイギリスのときより指導がしやすい。
アメリカと中国に新たな楽譜を渡して解散とする。
このメンバーでいこうと日本が自身を確かめるようにかみしめ顔を上げると、太い太い眉毛の真ん中にしわが入っているのが見えた。
強敵すぎるアメリカに気をとられて大本命を忘れていた。
部屋には日本とイギリスだけしか残っていなかった。イギリスは腕を組んでいる。忘れていた罪悪感も手伝って、控えめにお願いする。
「お願い・・・できませんか?生徒会のバンドですし、やはりご立派な会長がボーカルをやるべきかと思うのですが・・・」
「・・・っべ、別にしてやらんこともないぞ!お前のためじゃなくて俺のためだけどな!」
日本が詭弁を並べるとイギリスが落ちた。
たまには舌も武器になるらしい、日本がほっとしたのもつかの間、生徒会長様は条件をつけてきた。それは日本にとってはとんでもないもので、他のものにとってはある意味当然のことであった。
「だけどな、お前もギターとして出ろ!それがなきゃ俺はボーカルをしねぇ」
「で、では。貴方はもとの女性歌詞で歌っていただきたい!・・・です」
イギリスの突きつけた刀に、一瞬遅れて日本もイギリスの喉に刀を押し付ける。どちらにしても、もう引き下がれない。
そんな感じだった。
「コミック・ソムリエ?」
珍しくイタリアとドイツの声が重なった。
「・・・ってなーに?」
イタリアがアホ毛をかしげつぶやくと、横のドイツも勢いよく首を縦に振った。ここは漫画研究部部室・・・ようするに倉庫だ。
日本の作った造語なんだから知っていたら逆に驚く。生徒会への提出書類に黙々と記入しながら日本は説明する。
「ソムリエといえば、ワインなどを専門知識を持ってお客様にお選びする職業・・・ですよね?」
「まぁ、平たく言えばな」
「それの漫画バージョンですよ。客に質問し、好みと思われる漫画をこちらでお選びしするんです」
ドイツが納得したようにうなづき、イタリアがポン、と手を打った。
この案はまるきり日本のオリジナルじゃない。とある漫画にあったものを採用しただけだ、その漫画ではゲーム部がゲームソムリエなるものを行っていたが。
ともかくソムリエの対象を長編漫画にしぼり、雑誌ごとやヒロインの特性、物語の特徴ごとにジャンル分けをしておけば、さほど漫画に詳しくないドイツでも客を相手にすることはできるだろう。悪くないアイデアだと思った。
書類に部活名、代表者、部員、希望教室を書き込み、目的を記入する前に日本はペンを止めた。
「えっと・・・二人とも、コミックソムリエでいいでしょうか?もちろん私が抜ける部分のサポートはしておきますから」
「?日本抜けるの?何かあったっけ。クラスは展示だったよね」
お菓子を食べながらイタリアが尋ねた。
そういえば、と日本は思い直す。生徒会のバンドのことはすでに知れ渡っているが、日本がそれに絡んでいるとは誰にも話していなかった。
とくに、ギターで舞台に立つ、なんてことは。
何よりも羞恥心が打ち勝つ日本は、そのことをこれからも口外する予定はなかった。だけれども、漫研の二人なら日本の羞恥心もそこまで働かないだろうと、打ち明けた。
「・・・生徒会の皆さん、とバンドをやることになりまして。ギ、ギターひきます・・・」
訂正しよう、働かなかったわけでない。話せる程度には弱かっただけである。
ぱちくり、という古めかしい擬音が良く似合うほどに二人の瞳が開かれる。それと比例するかのごとく、日本の頬に熱がこもるのがわかった。
やはり自分などには似合わないのだろう、それゆえの驚愕だ。そうだ、音楽が得意ならイタリアがいる。彼なら頼めばやってくれそうだ、わざわざ不釣合いな自分が出ずとも。日本の前面に恥ずかしさが募る。
「え・・・えぇぇええ?ホントに!?しかも生徒会と?」
「お前、まさかあのイギリスに脅されているわけじゃあるまいな!」
「脅されてなどいませんよ、そういうことをなさる方じゃない。自主的です」
少々自主的とは言いづらいが。
「そうなの?よかったー。絶対見にいくね!日本が音楽に興味があったなんて嬉しいなー」
ヴェーと笑うイタリアに、日本はほっと息をつく。
彼の笑顔は全てのしがらみを解き、周囲を暖かくする力があるような気がした。
「今度機会があれば、イタリア君と弾きたいですね」
ぶっちゃけ自分はアニソンしか弾けないが。
日本が微笑めば、イタリアはぎゅっと抱きついてくる。ハグと呼ばれる西洋の挨拶のようなもので、日本はどうしても慣れない。戸惑いながらも抱き返して、ドイツに再び尋ねる。
「そ、それで、文化祭の件・・・」
「ああ、それでかまわない。俺はあまり協力できなさそうだがな」
すみません、と頭を下げる。ドイツは慌てたように手を上げた。
「いや、そういうことじゃない。イタリアも日本も漫研以外で忙しそうなのに、部活のことも手伝えないのは心苦しくてな」
確かにイタリアは美術部、日本はバンドで時間をとられる。漫画に広く詳しくないドイツはソムリエが手伝えない。実質日本とイタリアで準備することになる。それが見た目と異なり、ずいぶんと優しいドイツには、歯がゆいのだろう。
「欧州クラスは劇をすると聞いています。そちらに尽力してください」
人は適材適所。役立てるところで役立てばいいというのは、歴史からもよくわかる事実だ。
日本は記入用紙に必要事項を書き込んだ。
今のような遅い時期だと立地条件は悪い教室があたるだろうが、それは別にかまわなかった。そう繁盛することもないだろうから。
