バンドやろうぜ☆ -3-
メインの曲が決まり2週間後の初の音合わせ──日本は浮き足立っていた。
安心していたというわけではない。
まだ個別の音しか聞いたことはないが、アニソンで鍛えた耳によればフランスのベースは文句のつけようがない出来だし、アメリカの荒削りだが高く力強い声は気持ちがよかった。その反面、ドラムは上達は早いがまだ初心者の域は越えてないし、ギターにしても難しいとされる数ヶ所がまだ出来ていないというような不安要素はたくさんある、だがそれ以上にあの曲を、文化祭で、音楽系部員じゃないメンバーで演奏できることが日本の気持ちを著しく向上させていた。
はじめの方は入ることに戸惑いがあったものの、今ではすっかり慣れた生徒会室に入る。
「こんにちはー」
「ボンジュール。今日も可愛いらしいねー、日本」
「・・・っ!?」
書類を抱えたまま入ったので、ドア付近にいたであろうフランスが日本に急接近したことに気づかず、あごを持たれフランスの顔の位置までもちあげられる。
欧米諸国はスキンシップが激しい。それは漫研の二人を見ているとよく知ることが出来たし、理解もした。だけどそれは慣れたことにはならない、ましてや交流の少ない国なんて。フランスとはできるなら有効な関係を築きたい、なら撥ね退けるわけにもいかない、それでもこの場をのりきる術を日本は知らない。
「・・・え、と・・・は、放してっ、いただけますか」
どうしていいかわからず(わかっても動けないだろうが)硬直している中、どうにか言葉をつむぎだすと、それまでにんまりしていたフランスが盛大に吹き出した。
「お、まえっ、顔真っ赤、プルプルしてるし。かわいーっ」
からかわれたのだと分かり、温厚な日本もさすがにムッと来たが何も言わなかった。田舎者がからかわれるのは世の常だ。
「・・・アメリカさんはまだのようですね。楽器のみなさんは全員いますし、先に一度合わせてみませんか?」
「悪いなあの馬鹿が」
「私が最後じゃなくて、正直ほっとしてますよ」
イギリスに苦笑で返す。
自分はこのバンド結成にいたって本当に何の必要もない国だから、と日本は雑手間を一挙に引き受けていた。それもこうやって近くから見守ることができる特権を得るためのようなもので、純粋に日本は嬉しかった。
つたなさがほとんど取れた中国のドラムを合図に、ベース、ギターと続く。
三つの音種と音階がきれいに合わさる――わけもなかった。
リズム感はあるのでドラムはまだ聞けた、難しいのは後半に集中していたから。ベースは問題なかった。というより、危なっかしいギターとドラムをずいぶん引っ張ってくれていたように聞こえた。
一番の問題はギターだ。全体的に難解な音が並べられているそれは所々途切れていた。
大体はその曲だとわかるメロディが流れているが、崩壊する場所も多かった。
「・・・・・・・・・」
「・・・こりゃー厳しいな」
ぽつり、とフランスがつぶやく。考えが甘かった。
ばつの悪そうに中国がスティックをおく。イギリスも同じく、珍しい表情をしている。
なにか声をかけなければ、と思うも恐らく一番盛り上がっていたであろう日本の頭はショートしたままで、なかなか始動してくれない。
大丈夫時間は沢山ある、練習がんばりましょう、精一杯やればいいんです、調子が悪かった、もっと良いものをと思うほど後ろ向きな言葉しか浮かんでこない。こういうとき自国の国民性を憎らしく思う。
それでも暗い雰囲気を打ち消そうと、どうにか日本は話しかける。
「まだ、時間はありますよ。がんばりましょう?私もサポートできる分にはやりますし」
「・・・・・悪い・・・」
いつもは変な感じにポジティブかもしくはツンデレを発動するイギリスが、こちらまで暗い気分になるほど落ち込んでいる。中国も同じだった。
フランスが少しだけ音を弾く。それでも二人の動く気配はしない。どうにかしないと、日本がぐるぐるしはじめ、そろそろこの空気へ接してるのが限界になったとき、ドアが勢いよく開いた。アメリカだった。
「やーやー元気かいみんな!遅れて悪いけど、さっさと音合わせするんだぞ!」
なんというKY。
だがそのKYが今の日本には救世主に見えた。アイスブレイカーの乱入で凍りついた空気が少し緩む。
「なんか皆暗いぞ?やんないのか?」
「予想を超えて合わなかったので。・・・もう一度やりましょうか」
先ほどとは変えて、CDを流しながらやることにする。これで少しは中国とイギリスの負担が減らせるだろう。ボーカルを交えてやれば少しはなんとかなるかもしれない、と思い直す。それが思い過ごしでしかないことも頭の端に残しておきながら。
上手かった。荒削りだが強いクレッシェンドに派手なスタッカート、嫌味じゃないくらいきまっていて、アメリカらしい歌だった。
・・・・・だが、あまりにも高すぎた。
音が外れているわけじゃなく、純粋にアメリカは1オクターブ上を歌っていた。
「た、高いです・・・ね?」
「相変わらずバカ高いなお前」
「そうだな、高くて強い歌のほうが好きだぞ」
そういえば、と思い返す。こんなに大きな体躯を有していてもアメリカは、自分よりずっと若いイギリスたち以上に若いのだった。若さゆえの声帯と音楽形態の違いがここまで出るということを予想もしてないとは、愚かで盲目だったとしか言えない。
元は女声用の高めな歌だとしても、今は男でも歌えるようにかなりキーを下げている。楽器と声とが融合しない。キーいじらなきゃ良かった、そんなの後の祭だった。ただでさえボロボロな状態だ、今更戻したらもっと皆が混乱してしまう。
頭をたれたまま黙りこくる日本に、イギリスが戸惑いながら近づいた。ぽん、と縮こまった肩に優しげに手をのせる。
「・・・日本、大丈夫だよ。お前もいるし、いざとなりゃフランスをリードに持ってくればなんとかなるって」
「イギ、リスさん」
慰めにはならなかった。現に自分はGod Knowsをモノにするのに半年程かかった。彼以上に初心者だったとはいえ、それはひきこもりの時代の話だ、一日中練習に費やせたのに、それでも半年かかったのだ。それは中国、ましてやイギリスに対する絶望にはなれど、希望にはならない。アメリカの声の高さに対する解決策がわかなかった。
「おいおいお坊っちゃん、俺はベースでなら、ってことで参加してるんだぜ?それに直前に変えるっつったって、さすがの俺でもきついよ」
ちゃらけたようにフランスは言うが、正論だった。
先日教えているときに中国に聞いたが、フランスは毎年個人でステージに出場しているらしい。
音楽文化に長けているフランスはギター、バイオリン、ピアノなど様々な楽器を駆使してその空間を支配する。彼の演奏に魅了され常連になるものも少なくない、中には弟子入りを志願してくる者までいるそうだ。かわいらしい男や女、妖艶な女しか弟子にとらないというのは大変彼らしかったが。
趣味で行っているとはいえ、演奏のための練習にも時間をさかなければならないのに、低レベルなバンドにも回ってくれている彼に、これ以上を強いるのは間違いだ。
「だからって、お前なぁっ!」
正論だからこそなのか、憤慨したイギリスがフランスな掴みかかる。
「英国!やめるよろし!」
「あーやだやだ、他力本願は生徒会長サマのお得意ですってか?」
手は降参のポーズをとりながらも、フランスはイギリスを追い詰めることしか言わなかった。
フランスの襟元を掴みかかっていた手を離すとイギリスは舌打ちして、日本の耳には届かないくらいの小さな声で毒づく。この場に、フランスのそばにいるのが耐えられないとでもいうように部屋を出た。
張り詰めていた空間の緊張の糸が音をたててきれる。
日本はため息をひとつついた。
自分のせいで、彼らを険悪な雰囲気にしてしまったことへの罪悪感が心に重くのしかかる。だからといって感傷に浸るわけにもいかない。フランスに近寄り、背伸びして彼の乱れたままの襟元を正す。
「・・・怒らねーの?日本」
「そうおっしゃるということは、フランスさんは反省なさっているんでしょう?」
にっこりとほほえむと、フランスは罰が悪そうに頭をかく。ぼそりと呟いた。
「・・・悪い、言い過ぎた」
「よくできました。できれば本人に直接お伝えくださいね」
日本は慈愛に満ちた笑みを湛え、襟を正し終えたという意味を込めてフランスの胸をぽん、とはたいた。
とたん、自分の今の行動のなにが、彼のなにに触ったのかわからないが、日本は急にフランスに抱きしめられた。そのまま頬ずりされて、彼の象徴ともいえるヒゲが当たってちくちくする。
フランスの行動の意味も分かないままどうしていいかわからず、ただ日本が慌てていると、中国とアメリカが引き離してくれた。
「称死!日本に触るな変態爺!」
「そうだぞ!病気がうつったらどうするんだ」
「・・・いや、持ってないし。変態だけど俺病気持ってないし」
今度は中国に抱きつかれたままだが、小さいころからなので定位置のようなものだ。フランスのときとは違い、逆に人肌に安心する。欧州諸国よりもずいぶんと小柄な、でも自分よりは大きな腕の中で日本はくすくすと笑った。
「アメリカさん空気読めるようになりましたねー、脱KYですね!」
「だって俺関係なかったしな!」
まぁ、そうなんだけど。
実はアメリカはAKY(あえて空気を読まない)なのではないかと思いながら、日本は不器用なイギリスを追っかけた。
彼は図書館にいた。
落ち着きたいとき、一人になりたいときに彼がよくここを利用するのを日本は知っていた。また、日本とイギリスが仲良くなったきっかけもここだった。
最近イギリスが生徒会のほうで忙しく、図書館で会うこともなかったために少し気が緩む。静かにうつぶせてる彼の隣に行き、一つ開けて席に着く。短い金髪がぴくりと動いた。
「他力本願と言っても、生徒会長は人を使う職業ですしねぇ・・・」
「・・・・・・やめろ、あいつが正しいのはわかってる」
イギリスとフランスどちらも自分の否を言われずとも認め、反省できる力を持っている。きっと口にする前には、後悔しそうだ、なんてことも感じているだろう。素直になれず言葉にしてしまうだけで。
イギリスはゆっくりと顔をあげた。
「わりィ、力になれなくて。・・・お前、凄く嬉しそうな顔してたのに」
よく見てるな、と思った。そのときの自分の酷く緩んだ顔を思い出すと恥ずかしかった。そのうえ自分のその表情が、今彼をここまで落ち込ませている。
日本はぺこり、と深く頭を下げた。
「私こそすみません。甘く、みてました」
漫画、アニメでさほど問題なく実行できていたから、なんて言い訳ならあるが、詭弁にすぎない。所詮二次元と現実は違う。理解もしているつもりだ。それでも、現実を見ないでずいぶん楽観視してここまできた自覚もあった。これがオタクの嫌われる理由だとわかっているのに、自分自身がわりきれていなかった。
「変われって、無理だよな。日本励ましてるつもりで俺の逃げ場作ってた・・・ごめん」
「・・・あとは歩み寄りですね」
二つの意見が対立した以上は、互いの譲歩が和解への第一歩。
そう例えば、せめて変わるなら直前でなく今から変わる、とか―――
日本はハッとした。全ての解決策になりうるかもしれないことが日本の頭に浮かんでいた。
「イ、イギリスさん。今の、役割・・・バンドの、はどうやって決めました?」
「へ?適当に自主性かな・・・?中国からギター役を奪い取ったのは俺だけど」
「わかりました、ありがとうございます!」
いつもゆるやかに動く日本が、珍しく勢い良く立ちあがり去ろうとする。イギリスが呼び止める前に振りかえり、びし、と指差す。人を指差してはいけないというが今はどうでもいい。
「皆さんに言っといてください」
「・・・何を?」
「選抜、おーでぃしょん、やりますから!明日!」
