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ヒバリは肘をこたつにつけ、頬杖をついてくつろいでいた。
「あー、オレ昨日倒れて・・。家まで連れてきてもらったのはなんとなく解るんですけど、なんで恭弥さんが?」
ツナはほぼ覚えてないとはいえ、己をここまで運んでくれたヒバリへ掛けた言葉が先刻の一言だけでは悪い気がして、多少の補足をした。
しかしそれも虚しく、ヒバリは常人では見分けられないほど軽く、だが確かに眉をひそめた。
「君覚えてないわけ」
「はあ、えーっと・・・そう言われましても」
ツナは頭を悩ませたが、ヒバリが沢田家に今もいる理由などまったく覚えが無い。
しばらく考え込んでも答えが出ないことが分かると、ヒバリは顎を手に乗せたまま顔をフイと背けた。
「わからないならいいよ」
ツナの目にはヒバリが微妙に頬を染めているように見えた。ひょっとして拗ねているのだろうか。
ツナはクスリと笑ってしまいたいのを必死でこらえた。
ヒバリは突然すっくと立ち上がり、扉を開けて下の階へと言い放った。
「奈々、綱吉起きたみたい」
奈々ですと!?
人の母親を自分よりいくつも年の離れていない者が、会って一日も経たずに呼び捨てでタメ口!?
一瞬そんなことがツナの頭に浮かんだが、ヒバリの辞書に常識という言葉は一切存在しないと思い直した。
それよりも、あのヒバリが奈々に敬語を使ったり、おばさんと呼ぶのを見るほうがツナの精神には良くない気がした。
ヒバリに、実にフレンドリーに奈々が言葉を返した。
「ほんとー?雲雀くん。ちょっと待ってて、体温計とお薬持ってくから」
「うん、わかった」
バタバタと下から忙し気に奈々が動く音がしだした。
ヒバリはまた元のようにこたつに腰を降ろす。
何故ここまで奈々とフレンドリーなのかはひとまず置いておこう。確認しなければならないことがある。
「恭弥さん。オレ大衆の面前では猫かぶってますよね、母にもです。・・・母さんに何か言いました?」
ヒバリに伝えていなかったのはツナの責任だ。
だけれどもヒバリを家に招待する気もなかったし、いつかは母と知り合うかもしれないと思っていても、こんなに早くそして急になどと誰が想像するだろうか。
ヒバリさえ考えて無かったぐらいなのだから。
ツナの眉間は少ししわが寄り、その手は布団をひそかに握りしめて、かすかに震えていた。
ツナ本人でさえ気づいていない無意識のそれを、ヒバリは見逃さなかった。
「別に」
「じゃあ昨晩のことはどういう風に?」
奈々は普段ならば必要以上に詮索してこないが、昨日の場合は聞いてこないほうがおかしいだろう。
「綱吉から聞きなよって言ったけど」
「そうですか」
ツナがホッと息をついた。
ツナの手の震えが止まったのを見てヒバリの表情がわずかにゆるんだ。
ヒバリの微細な表情の変化を見抜けるようになった今のツナならば気付いただろうが、下を向いていたため気づくことはなかった。
ツナはまた一息ついて落ち着いてくると、家の中の様子が近頃と違うことに気がついた。
奈々が動いているであろう音以外しないのだ。
「ていうかランボ珍しく静かだな、昨日も音しなかった感じだし」
「らんぼ?」
「あ、牛の子です」
正確にはランボは牛柄のシャツ(尻尾付き)を着ている普通の(とは少しかけ離れてる感じがしなくはないが)人間の子供である。
だがツナは面倒なため上記のごとく、ランボは晴れてヒバリの中の認識では牛の子だ。
怒ってもなかなか黙らないしそれどころか逆に泣くし、ランボが居るといつもとてつもなく煩いのだが。
「ああ、あの子供。脅したら静かになったね」
「恭弥さん・・・子供相手でも容赦なしですか」
ツナの脳裏にトンファーを構えた最凶最悪の風紀委員長VSぶるぶると縮こまった牛の仔が思い浮かんだ。
まあ、オレもやったことあるけど。
下の階からせわしなく響いていた音が止み、階段を上る音へと変わった。
何度も言ったとおりツナは奈々の前でも猫かぶっているので、鋭かった眼光をいつものへにゃりとしたものに戻した。
ガチャっとドアが開く。
「ツっ君おはよ。おじや持ってきたわよ、お薬と体温計も。昨日はすっごく熱高かったんだから、ほらほら熱測って」
奈々のマシンガントークに、ツナはとりあえず挨拶だけ返して体温計を受け取った。
沢田家では大体が口内温度計だから、ツナは体温計を口の中にくわえた。
37.5度あった。
ぐっすりと寝たというのに翌日まで熱が残るのも、熱が原因で倒れたりするのも凄く久しぶりだ。
奈々におじやを渡され、あーんと食べさせられそうにもなりながらもなんとか自分で食べる。
「はい、食べ終わったらこの薬飲みなさいね。そーだ、雲雀くんにお礼言っとくのよ、昨日からずーっと見ててくれたんだから」
「ヒ、ヒバリさんが!?」
「あら、ママの前だからって遠慮しないでいーのよ。昨日はちゃんと恭弥さんって呼んでたじゃない」
ダメツナの場合だと通称である「ヒバリ」で呼ぶのが普通だ。
だがツナは熱で昨日のことも、そんなことを口走ったことさえも覚えてない。
ツナは奈々の前でそう呼んでしまったのだろうと、昨日の自分に舌打ちしつつ言いなおした。
「へ?あー・・・うん。恭弥さん、ありがとうございます」
「見てたっていうかこの部屋に居ただけだけどね」
ああ、そうなのか良かった。
ヒバリが甲斐甲斐しく誰かの看病をしているだなんていろんな意味で怖すぎるし、それが自分ならばなおさらだ。
奈々が何かを思い出したようにあ、と間の抜けた声を出した。
「雲雀くん、学校遅れちゃわない?ツナはもう今日休ませるけど」
「ああ、大丈夫。僕風紀委員長だから」
「まァ、だったら安心ね!」
にこにこと笑う奈々の影響か、ヒバリの雰囲気もが柔らかく感じる。
というかなんで本当に昨日あったのが初めてのくせに、この二人こんなにフレンドリーなんだ。
奈々ならばまだわかる。でもヒバリはありえない。
「どこ!?ねえどこが安心ー!?風紀委員長だと遅刻OKなの!?母さんも納得してないでー!」
「綱吉うるさい」
人が渾身込めて突っ込んだというのに、二単語で返されてしまった。しかも小突き付き。
仕方がないじゃないか、ダメツナは突っ込まずにはいられない性分なのだから。
そういう性格にしたのはお前だろうという、得体の知れない黒スーツの赤ん坊の声が聞こえたような気がしたが無視することにする。
ツナがおじやを食べて薬を飲み終えると、奈々は先程までおじやの入っていたお椀を持って立ち上がった。
「じゃあツっ君、安静にしてなさいね」
「うん。・・・今日リボーンは?」
「昨日から居ないわよ?9代目がどうとか言ってたけど」
9代目?9代目が今更リボーンに何の用があるんだ?
リボーンは9代目が1番信頼を置くヒットマンで、ツナのことも一任していると言っていたから用があるとは思えない。
まさかリボーンがツナの本性を伝えに?
それこそ今更だ。リボーンには日本に来た時点である程度バラしていたし、それ以来もこれといったことを知られた覚えはない。
「綱吉?」
「あ、すいません。・・・てかオレもう大丈夫なんで学校行ってくれていいですよ?」
奈々はすでにツナの部屋から出て行っていた。
もう太陽はほぼ頭上に上がっていて、これ以上いくと遅刻というかただの休みになってしまう。
だからそう言ったのだが、ヒバリから返ってきた言葉は予想だにしなかった言葉だった。
「バカ綱吉」
「き、恭弥さん・・?」
何がどうして自分がバカと呼ばれなければならないのか。
ただちょっと(いや絶対に)心配する必要が無い人を心配しただけじゃないか。
「ほんっと馬鹿じゃないの。倒れるほど具合悪いなら寝てればいいのに」
ヒバリはむう、と口をへの字にしてむくれたような声で言った。
ヒバリと出会う以前のツナならば全然わからなかったその表情と声の違いも、今では面白いくらいに区別がついた。
(なんだ、そこを怒ってるのか)
「ここまでとは思ってなかったもので」
「・・・・して・・・かった」
「へ?」
ヒバリにしては珍しく、小さな声でつぶやいたものだからツナはうまく聞き取れなかった。
だからもう一度聞きなおした。
するとキッとツナを睨んで、今度は少し怒鳴るような声を出した。
「うつして悪かったっていってるんだよ!」
「あー・・・でも、助けてくれたから。オレが看病したのと1・1で対等じゃないですか」
「うつしたのを入れると1:2で僕の方が多いからね、貸し」
ツナはヒバリが怒鳴ったのを今はじめて聞いた。
いつも無表情な(最近その区別がつくようになったが)声でぼそりと声を吐き出すばかりだったヒバリが怒鳴った。
本人には悪いが似合わない。
別にうつしたと言っても、自分からヒバリの看病を申し出たのだから気にするべきではないと思って弁明してもヒバリは引かなかった。
「うう。強情ですね〜、いいって言ってるんですから甘んじてればいいじゃないですか」
「そういうのは何か嫌」
あくまで強情だ。
ヒバリは唯我独尊で自分がこうだと思ったことは十中八九ではなく、十中十、曲げることは無い。
そのことをツナは短い付き合いながらしっかりと理解していた。
何か貸しを返さないと、ずっと引かないだろうこの人は。しかしすぐに思いつくような良いものは無い。適当なもので済ますのもなんだか歯痒い。
「面白いから、残しておきます。いつかなにか頼みますから」
「・・・・・意地悪いね。まぁ無理難題じゃないことを期待しとくよ」
それでこの議論は終わった。
ヒバリは何故かそのまま居座り続け、とうとう学校が終わった時間になっても引こうとせず、さらには夕飯まで沢田家で食した。
恩人のヒバリを無下にすることもできず、我慢していたツナだったがいい加減限界が来て、夕飯後ヒバリを追い出した。
あの時追い出してよかったと本当に思った。
その後10分としないうちにリボーンが戻ってきたから。
まさしく危機一髪。
これにて雲雀さま編終わりー。耐え性がないので、少したつとすぐ応接室編でしょうがw
グダグダ会話ばかりですみません、グダグダは読むのは嫌いだが書くのは好きという究極っぷり。
あー・・・・唐突に9代目を出してしまった・・・どうしよ・・(ぇ
07.04.10
