‐
「風紀副委員長、草壁!出てこい!」
「失礼します委員長!侵入者ですか?」
速いな、おい。
叫び終わった後、5秒と経たずに廊下へのドアがあき、副委員長の草壁が入ってきた。
お馴染みの超直感で呼んだらくる、と思ったのだが。
一体どこで待機しているのか疑問が浮かんだが、それよりもやらねばならないことがある、と頭から振り払う。
「委員長!?どうされました??」
「うるさいです、静かにしててください。雲雀さんは熱がある」
頭に響いてはいけないからとそう言えば、草壁はすぐに押し黙った。
「様子もおかしいんです。風紀委員で、保健室から薬と、毛布を取ってきてください」
「・・・得体の知れないお前を、熱がおありになる委員長と二人きりに出来るか」
確かに草壁の言うとおりだ。
いくらヒバリが最強だからといっても、今は熱がある。
そんなヒバリと、弱っこい容姿をしていたとしても今まで二人きりで無事だったツナとを一緒にして置けるわけがない。
「オレが行ってもいいんです。でも、他の人に今のオレを知られるわけにはいかない・・・雲雀さんのためにも」
ふとんを運ぶのはかなり目立ってしまう。
ツナが応接室に出入りしているのを見られれば、必然的に風紀委員長のヒバリとなにかつながりがあると知られてしまう。
それは当然獄寺や山本の耳にも入る。何もなくとも獄寺ならばそれだけで応接室へと殴りこんできそうだ。
一般人をマフィアに巻き込むわけにはいかない。
風紀委員を使わせてもらっても一緒だ。
直接漏れはしなくとも、以後の風紀委員の自分への態度でわかられてしまう。
「・・・綱吉、そんなことしなくても大丈夫なんだけど」
「雲雀さんは自分の体温をわかってません、黙っててください!」
「はぁ。・・・・草壁行って」
ヒバリがそう呟いて、横で「ハイ!」という声がしたかと思うと、すでに草壁は応接室を出ていた。
ヒバリとツナが広い応接室にポツンと居残る。
「いいのかい?」
「・・・雲雀さんの風邪、オレのせいみたいですからね。風紀委員全員にバレるかなぁ・・・」
平凡な日々は終わり、ヒバリにも迷惑をかけてしまうだろう。
人の口に戸は立てられないから。
「・・・まだ隠しててくれる。草壁にだけ口止めしてれば大丈夫だし」
「へ?」
ガラリとドアが開いた。草壁だけが毛布と薬を持って入ってきて、すぐにドアを閉めた。
廊下に数人の気配がする。
手伝わせた風紀委員だろうか?なぜ入ってこないのか?
ヒバリをソファーに横たわらせておいて、ツナは草壁が布団を引くのを手伝った。
「草壁さん・・?」
「んだよ、バレたら委員長に被害が及ぶんだろーが」
草壁は恐らく、ツナがこの部屋にいることが知られてはいけないと考えたのだろう。
知られることのないように、自分以外の風紀委員には応接室の見張りをさせているようだった。
こういう、機転の利くところを買われて副委員長になったんだろうな。
ヒバリならどんな状況に陥ったって、心配なんてしなくても大丈夫だろうけれど。
それでも雲雀さんには、こんなにも気を回してくれる人がいるんだな。
「雲雀さん薬です、どーぞ」
「・・・・口移しで飲ませてよ」
「・・・熱が下がればそんな戯言言わなくなりますよね?」
ツナはヒバリの口を無理矢理ひらいて、薬を含ませ水をそそいでおいた。
多少咳き込んでいるがまぁ心配しなくてもいいだろう。
夕方頃、ヒバリの熱は下がった。
「何ですか、草壁さん」
「委員長がだな、連れて来いだとよ」
「オレ授業があるので失礼します」
「俺の心情も理解してくれ!連れていかねーと委員長の機嫌をそこねる」
「哀れだとは思いますが、オレの知ったことじゃありません!」
翌朝から毎朝のように人の目が届かないよう、茂みの奥や校舎裏でこんなことがしばしば行われた。
ただし、勝利の割合は草壁が7、ツナが3くらいであった。
苦労人の苦労は一番、苦労人であるツナに伝わったのだった。
-
「あの、雲雀さん。学校では関わらないでもらえますか」
今二人がいる場所は応接室だ。
毎度毎度ここにヒバリ自身や、草壁によって呼ばれるのだが、誰かに見られていたらと思うと冷や汗をかく。
「今更急だね」
「・・・前から言ってたような気が。風紀委員ってのは並盛では何より目立つ存在ですからね」
「学校で会わないと夜しか会えないんだけど」
「それで十分ですよ?」
ツナは否定の言葉を受け付けないといった、陰のある笑顔でにっこりと答えた。
それはいい加減我慢の限界な、ヒバリの傍若無人なふるまいに対してと、気だるげな自身の体に対してのイライラのせいだ。朝起きたときから妙に重たい。
ツナがじーっと笑顔のままヒバリを見ていると、ヒバリは一瞬遠い目をして(とはいってもそれはツナにも中々読み取れないものだが)そして何かを思い出したように口を開いた。
「恭弥」
「は?」
「恭弥って呼ぶなら学校で話しかけないであげる」
ヒバリはにんまりと笑っていた。
ツナでなくともヒバリが意地の悪い笑みをしていると分かるだろうほどに、口の端がもち上がっている。
「雲雀さんは雲雀さんですから」
「恭弥」
「もー!なんでオレが呼ばなくちゃいけないんですか!」
「恭弥」
ヒバリは一向に引こうとせず、だんだんとその顔から笑みが消え始めた。
このままツナがヒバリを名前で呼ぶことを拒絶しつづければ、確実に機嫌が悪くなるだろう。
まったく、この勝手気ままな皇子さまを誰かどうにかしてくれ。
「・・・・恭弥、サン」
「まぁ、それでいいや」
「学校ではヒバリさんですから!」
名前でさえもなく、通称で呼んでやる。
その意味がはたして口語で相手に伝わったのかはさだかではないが。
その日から約束どおり、ツナへの風紀委員からの接触はなかった。
最近よくツナサボってんなぁという山本の言葉に軽く苦笑いし、今度行くときはオレもお供します!という獄寺をなだめて授業を受けた。
実のところサボり先は応接室で呼び出されているのであって、不可抗力でサボっているのではないのだが、それを言うと今までの苦労が水の泡となるから黙っておいた。
学校が終わった後、朝から感じていた気だるさが、確実なだるさと頭痛へと変わっていた。
風邪かな・・・・。
「あー・・・あたま痛い」
そう言うと獄寺は家まで送ると言い出したが、じとーっと見ると何を感じたか、おとなしく身を引いた。
痛いのに耐えていたから睨んだ風になったのかもしれない・・・それも素の入った。
頭が、ズキンズキンと痛む。
家にまっすぐ帰っていたのだが、そういえば先日ランボという、うるさい子供が家に来たのだった。
静かな休みは取れそうにない。
そう考えると、ツナは一度も家によらずにそのまま学校へと踵を返した。
どこかのカギでも開けて侵入して保健室ででも寝ていよう。無理矢理にでも開けて。
後で考えれば一度家に寄らないと心配されてしまうと思うのだが、熱のせいか今のツナにそれは思いつけなかった。
もう随分と時間が経過していて、すでに当たりは真っ暗で月が昇っていた。
宿直室は当然教師が使っているだろうから、保健室に向かうと電気がついていた。
こんな時間にだれが保健室を使っているというのかまったく。
ツナは自分のことは棚に上げて見知らぬ誰かに心の中で悪態をついた。
早く寝転がりたい、頭がズキンという痛みからガンガンという強い痛みに変わってきた。
ガラリ
ツナが別の寝るところを探そうと思ったとき、保健室のドアが開いた。
ヤバイ、『ダメツナ★学校に不法侵入事件』になる・・・。
「あれ、綱吉。何してるの」
「ひば・・・恭弥さんこそ。何を・・・って保健室ってことはまた風邪ぶり返したんですか!?」
「別に。書類整理してたんだけど、寝るときはいつも保健室だよ」
保健室から出てきたのはツナの予想をおおいに反して、ヒバリだった。
ツナはいつものごとく苗字で呼んでしまいそうになり、あわてて名前に訂正する。
そのせいかどうかは疑問だが、ヒバリにしては珍しいほど機嫌の良さそうな顔で答えた。
ツナはヒバリの言葉にほっとした。
それにしてもこの人は、たびたび学校に寝泊りしているのか。
こんな学校よりも家のほうが居心地いいんじゃないだろうか。結構な金持ちの家だと聞いたことがあるが。
成績なんかは優秀だが喧嘩っ早いその性分から厄介者扱いでもされているのだろうか。
ああ、それにしてもすぐに寝転びたい、頭が割れそうだ。
「まあ、ベッド二つあるから寝てなよ・・・って綱吉!?」
ツナはヒバリの腕の中にフラリと倒れこんだ。頭の中が一瞬、真っ白になったのだ。
それをヒバリが危なげに受けとめて、支えた。
ツナの意識はすぐに戻ってきたが、それは酷く朦朧としていた。
「ど、どうしたの、綱吉」
ヒバリはかなり慌てていた。
天下の風紀委員長といえど、今の今まで支障もなく話していた相手が急に倒れてきたのに驚かないはずが無い。
特にそれが自分ほどに強いツナなのだから。
まわりに並盛中の生徒や風紀委員がいたら確実にヒバリの名誉が傷つくだろう瞬間だった。
「ハァ・・えーと・・・・大丈夫ですか、ら・・」
「・・・熱!・・・・僕のがうつったの」
受け止めたツナの半そでから覗く腕はひどく熱かった。
正確な体温はよくはわからないが、ヒバリが今日出た熱よりもあきらかに高い温度だった。
ヒバリが熱を出したときに真っ先に看病をしてくれて、一番近くに寄ったのは綱吉だ。
「・・恭弥さん、ベッドに寝かせて・・・くれれば、いいですから」
口調もたどたどしく、かすれた声をしていて、自分の体重をほぼヒバリにもたれかけているというのにツナはそんなことを言う。
思わず、普段は冷静なヒバリも軽く怒鳴るような口調になった。
「君馬鹿なんじゃないの!何のつもりで学校に来たのさ」
「・・・・・家に・・帰ると、さわがしー、ので」
ヒバリが見る限り、ツナの家はツナにとって安らぎの場所のように見えていた。
確かに夜たびたび家から抜け出てきていたようだが、ヒバリと別れ、帰るときの雰囲気が丸かったから。
ツナは何よりも家を優先していたから。
どんな家庭なのかはわからないが、ツナが守ろうとしている場所。暖かいことに変わりはないだろうと思う。
普通病気で弱っている時は多少うるさくとも、家にいて家族に甘えたいとでも思うのではないだろうか。
生憎とヒバリにはその普通の感覚はよくわからなかったけれど。
いつまで経っても動き始めないヒバリから、体を離しツナはベッドに向かおうとした。
だが、ヒバリからベッドまでの距離はひどく短かったのに、半分も行かずにツナは倒れた。
「ああもう!勝手にするよ」
ヒバリは有無を言わさず(といってもツナの意識は飛んでいたので、どうやっても言えないのだが)ツナを家に運ぶことにした。ツナの家など知らないので、急遽、草壁に調べさせた。
ヒバリはツナを肩に担いで運んでいたが、脱力している人間は随分と重かった。
真っ暗なので人一人担いでいてもさほど目立つこともなく、無事に沢田家へとたどり着いた。
「綱吉が・・・」
「まあ!ツっ君!は、早くあがって頂戴」
ツナの母は顔を青ざめながらも、ヒバリへの配慮を忘れなかった。
やはりいい親なのだろう。背負っていた綱吉を受け渡す。
「いや、僕は帰るから」
君は綱吉を、という言葉を伏せ、視線の動きで示した。
奈々は一瞬迷ったあと、任せてと頷いた。
それを確認してから、ヒバリは再び学校に戻ろうときびすを返したが、後ろに何か引っ掛かりを感じた。
振り替えると奈々に抱きとめられたツナが、ヒバリの学ランを弱々しくつかんでいた。
「綱吉?」
「きょ・・やさん、行かないで・・・・」
高い熱のせいで赤く染まった頬と、潤んだキャラメル色の瞳。
そして桜色の可愛らしい口から出たかすれた熱っぽい声色で、己の名前を呼ばれ、はたまたお願いをされてはヒバリであれ誰であれ適わなかっただろう。
奈々の許可もめでたく得て、その日ヒバリはツナの傍にいるべく沢田家に留まった。
-
チュンチュン、という鳥の声と差し込む日の眩しさにツナは目を覚ました。
体が妙に気だるく体を起こすのも億劫でこのままもう一度夢のなかに戻りたかったが、そういう訳にもいくまいとゆったりと上体を起こす。
ふう、と一息つくとツナの目線はある一点に注がれた。
「・・・・・・おはよーございます」
「おはよう」
こたつにヒバリが居たのである。
とりあえず沢田家礼儀の一つの、挨拶をかわして状況把握にうつる。
ツナは昨日自分が倒れたことを思い出して、ようやく体の倦怠感とべっとりと体中にかいている汗に納得がいった。
だがわからないこともある。
「なんで恭弥さんがいるんですか」
ツっ君うつされて風邪っぴき(ベタ展開)。雲雀さまツっ君家訪問。
やっぱり自分奈々ママン好きだなぁと。
07.04.10
