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『リボーン』
『?』
『母さんに怪我を・・・、いや、少しでも悲しませたら。お前を、そして元凶のボンゴレを許さないから』
ツナの手は強く握り過ぎて、拳が震えていた。
『どうするって言うんだ?』
リボーンがそう聞けば、震えはとまり、自身の目の前に手のひらを持ってきてまた握り締めた。
『潰してやるよ』
思わずリボーンがブルっと体を震わせるような圧力だった。
直接なにかをした訳でもない、一瞬ツナと目が合っただけでそれを感じた。
(ボスの素質として、いーもん持ってやがる)
ツナは家の片付けを始めた。
『オレもママンのコーヒーが飲めなくなるのは嫌だぞ』
リボーンは不適に笑った。まるで、ツナ以外にボンゴレの10代目は無いとでも言うように。
コイツにとって家族は弱みになるか?それとも強みに?
後者はほぼ有りえないと経験からわかってはいても、ツナの異端さに惑うリボーンだった。
笹川京子が死ぬ気モードになって奈々に向かっていったのだったが、ツナはよっぽど母という存在に依存しているらしい。
笹川京子が好きだというのも演技だな。
どう見てもツナの意識は奈々の方に向いているから。
-
ツナは夕方、町にいた。
片づけが終わってからすぐに家を出て、うろうろしていると夕方になっていた。
とにかく何か家に居たくなかったのだ。
途中絡まれて、いくらか倒した。
木刀に引っかかったみたいで、手の甲が少し傷ついていた。
にじむ血をボーっと見ていると嫌なことを思い出す。
『恐らくお前の特出した能力はボンゴレの血のせいだぞ』
リボーンの言った言葉。
嫌だ嫌だと思っていたこの力が血筋のせいだと・・・ふざけるな。
あの苦痛でしか無かった日々が全てボンゴレのせいなのか。
この力のせいで母さんがどれだけ追い詰められたことか。
普通だったら発狂しててもおかしくない状況。心の強い母だったから耐えられたが、耐えきったからといっても心に刻まれた傷は常人と代わりは無い。
引っ越してから元のくったくのない笑顔に戻るまで、彼女がどれ程の努力を要したかは、そばに居たツナが一番知っていた。
それは全て自身のせいだと思っていたから。
一生とは言わないまでも、奈々とつながりがある時までずっとダメツナをかぶり続けよう。それで償えるとは思わないけれど、もう苦労をかけたくは無いから、そう思って今まですごしてきたのだ。
だけれどそれがボンゴレのせいならば・・・もう無駄なのかもしれない。
どんなことをしても、母を巻き込むことになるのだろうか。
自分と違って彼女は、肉体的に弱い。巻き込まれれば、確実に被害をこうむってしまうだろう。
守るために強くなったというのに・・
自分はこんなにも非力なのか
「綱吉?」
突然声をかけてきた声の持ち主はヒバリだった。
ずっと考え事をしていたのだろうか、あたりはもう真っ暗になっていた。ネオンの明かりだけが街に広がっている。
ツナは少し大通りから離れたところにいて、人通りは少なかった。
「綱吉?何でそんなに薄着なの」
「そーですか?まぁ少しありまして。別にどうってこと・・・へっくしゅん!」
喋っている途中でツナは盛大にくしゃみをし、ずび、と鼻をすすって罰の悪い顔をしてヒバリを見あげた。
また鼻がむずむずして慌てて下を向いた。すると、ヒバリがだろう肩に何かをかけてきた。
学ランだ。
ヒバリは自分の学ランをツナに掛けてくれたのだった。
「ありがとうございます、でもー・・へっきしゅ!」
ツナのくしゃみがヒバリの至近距離で勃発した。
先ほど出そうになっていたから下を向いたのに、ヒバリの行動に驚きヒバリのほうを向いてしまっていたため、当然目の前のヒバリには、ツナの唾が飛びちった。
「・・・綱吉」
「・・・あ!す、すみません」
ヒバリの顔に付着したモノを拭おうとするも、着ているのはヒバリの学ランで、当然ハンカチなんて物、学校でもないのに持っているわけなかった。
仕方なしに中に着ているノースリーブでふこうと、内から伸ばす。
「拭きますから、少ししゃがんで貰えますか?」
ヒバリは軽く膝を曲げてくれたが、それでも届かず、せいいっぱい背伸びをしてなんとか届いた。
きれいに拭き終えたが、それでも他人の唾液を顔に受けたのだから気持ち悪いだろう。
ヒバリは何事もなかったかのように話を戻した。
「綱吉、どうしたの。薄着できたら風邪引くだろうに」
「・・・ちょっと、自分の力量の限界を感じまして」
「早くない?」
「そーですね」
ツナは、ははと軽い笑いをした。が、何処か誤魔化せなかったのだろう、ヒバリは疑うような視線を向けてきた。
そしてヒバリはツナの肩に手をかけ、体を抱き寄せた。
「えーと・・・雲雀さん?」
「膿は出し切ったほうが治りが早いと思うけど」
「膿?そんなの溜まってませんよ」
「嘘だね」
さっきは肩にあったヒバリの手が今はツナの後頭部にある。ぐいとさらに胸に抱き込まれた。むぐ、とツナの顔がヒバリの胸にうずまる。
誰かに見られたら、どうしてくれるんだこの人。
ツナはぼそり、としゃべり始めた。
「・・・弱みを一番握られたくなかった人に、自分から教えちゃいました」
「綱吉に弱みなんてあるんだ」
「まあ、1つ2つは」
この体勢は恥ずかしいが、相手に顔が見られない分、安心感がある。
「笹川に、って言ってれば殺気の言い訳もついたのに。それでも、言わずには居れなかったんです・・・」
これは半分ウソだ。
母のことをリボーンに言ってしまったことを後悔しているのは事実。
しかしツナが一番くやしんでるのは母をマフィアの世界に巻き込まずに普通に生きていてもらえる、そんな力が自分にあるかどうか。
今まで沢山の努力をしてきたけれど。全然足りない風だ。
ツナはヒバリの胸のあたりに手を置いてある手を、無意識に握り締めた。
ああ、オレは確実に母を守ることが出来ない気がする。
この体に流れる血の所為で。
「・・・まあいいや。ひととおり後悔したなら次だね。誤魔化すの?つらぬくの?」
リボーンにごまかしが効くとは思えなかった。ヒバリにも。
ツナはヒバリの手から逃れ、ヒバリの目を見据えて言った。
「つらぬきます」
-
ツナは学校の応接室の前にいた。
手には昨日借りたヒバリの学ランを持って、少し緊張した面持ちでドアの前に立っている。
まさか学校で自分からヒバリに会いに行くときがあるとは、自分でも驚きだ。
だけどあの人いつも学ランだし。学校だけかと思いきや深夜徘徊の際も学ランだった。もしも、万が一、ほかにストックがなかった場合。または他のストックも出張中の場合。
困るかもしれない。
誰かに見られたらダメツナにとって一大事だと、キョロキョロと辺りを見回したが誰も居ない。
ツナは一息ついてノックをしたが、返事が返ってこないので勝手にドアを開けた。
「ワォ、綱吉じゃないか。何のようだい?」
誰も居ないのかとも思ったが、そうではなかった。返事が面倒だっただけだろう。
ヒバリは来客用の高級ソファーに腰掛けて、数十枚はある書類を処理していた。いつもどおり風紀の腕章がついた学ランを着ていて、ツナは少し驚き、少しほっとした。
同時に、他にスペックがなければ彼は貸しはしないだろうと自分の思考を浅く感じた。
ツナはヒバリに諭されて、ヒバリの向かい側に座った。
応接室になんてよほどの物好きでも入ってきやしないから、素のままで大丈夫だから息抜きできる。
ツナは手に持っていた、綺麗に折りたたまれた学ランを机の上にだした。
「昨晩はありがとうございました」
「なんだ、学校でも殺りたくなったのかと思ったのに。そんなこと。
――学校では絶対に関わらない綱吉が来るなら、学ラン貸すのも悪くないかもね」
「もうあんなヘマしませんから」
馬鹿だった。
不測の事態とまではいかないが、精神が安定できてないときほど、周囲に気を張ってないといけないのに。ヒバリに声を掛けられるまで、肌寒ささえも感じなかった。
あれから帰って母のことを診ることができたが、風邪を引いていたらそれは難しかっただろう。
そして少しヒバリに愚痴をこぼしてしまったこと。
半分ウソだが、半分は本当なのだ。
アルコバレーノとしてのプライドがあるリボーンが、奈々を人質にするような卑劣な真似までするとは考えにくい。
それでもツナをボンゴレボスにするために、可能性がないとも言い切れないのだから、誰に対してでもこの弱みを出してはいけなかった。
あの瞬間、そうした危険にまでも頭が回らなかったわけではない。
自身の一時の感情さえもコントロールできずに、母を危険にさらしてしまったのだ。
ツナはギリ、と唇をかんだ。
ヒバリに愚痴を吐いてしまったこと、リボーンに弱みを教えてしまったこと、自分の感情をコントロールできなかったこと。そしてそれを巻き起こした自分の非力さがやるせなかった。
「綱吉、血が出てる」
ペロリ
「・・・へ、ひ、ばりさんっ?何するんですか!」
ツナは目の前のヒバリから遠のこうとするも、イスが邪魔でそう離れられなかった。
頭が正常に働いていたのならば、イスをよけて離れるということを行えただろうが、今のツナにはそれが精一杯だった。
普段冷静なツナに何がそこまで驚きを与えたのか。
この男が、自分の唇をなめたのだ。
さきほどのペロリという音は、悲しくもそのさいに出た音だ。
ツナがあわてるのも無理はない、今の今まで自分はシリアスな雰囲気になっていたのだから。
ヒバリはそういう雰囲気くらい簡単にはかることが出来る。
ただそれに合わせようとすることは全くないが、だからといってここまで突拍子な行動・・・。
ヒバリは首を可愛らしくかしげた。とはいっても、普段の彼を知っているツナから見れば怖いだけだが。
「何って・・・・消毒?」
「オレに聞き返されても!ってかこんなちっこい傷どうでもいいじゃないですか!」
「もう一回する?」
「誰がするか!!」
ツナは目前に居たヒバリを突き飛ばした。
そして袖でヒバリになめられた口をごしごしと拭う。
ヒバリがもう一度、なんてこと言うものだからさっき舐められたときの感触を、思い出してしまう。
ペロ、と熱くざらりとしたものが唇に触れたかと思うと、ヒバリの整ったつらが目の前に・・・。
ツナの顔がほのかに赤く染まった。
それをヒバリはこともあろうか、不思議そうに眺めている。
まてよ?人の体温は万人同じだと言うのに、あんなに熱く感じるものだろうか?
もしかして・・・。
思い立ったら即行動とばかりに、ツナはヒバリの額に手を置いた。
熱い。
健康な人のそれではない。
熱があるからおかしい行動をしていたのか。
ツナはほっと一息ついた。
だけれどもホッとするばかりではいけなかった。恐らくヒバリが体調を崩したのは昨日自分に制服を貸したから。
つまりツナが原因なのだ。
「雲雀さん、あなた熱があります。吐きそうとか、寒いとか、お腹空いたとかないですか?」
「・・・・別に」
ヒバリを熱があるという前提でよくよくみれば、いつもより呼吸が速く、すこし目がとろんとしている。
ああもう、どうしてこう強情かなこの人。病気人には何でも言っていい権利があるのに。
「じゃあ、ここに風邪薬とかありますか?」
「ないけど。大丈夫、たいしたこと無いよ」
「駄目です、病人は寝ててください。・・・っと、ああもう、ここ布団とか無いのか!」
ふらりとヒバリがツナにもたれかかってきた。
布団や薬は保健室にあるだろうが、そこに行くためにヒバリをここに一人置いていくことは出来ない。
獄寺たちを使ってもいいが、ヒバリをマフィアと接触させるのは気が向かない。
使いたくは無いが使えるのはやつしかいない。
ツナはすうっと大きく息を吸い込んだ。
「風紀副委員長、草壁!出てこい!」
草壁さん以外に出す人いなかったんですyo。
いえ、好きですよ草壁さん。雲雀ダイスキな草壁さん、ドMな草壁さん笑。
07.03.29
