窓がきっちり閉まっている。軽く開いたカーテンから、淡い朝の日差しが降り注いでいる。小鳥のさえずる声も耳へと入ってきた。
いい朝だ。
光が、現ボンゴレボス沢田綱吉の顔に少しかかっているが、それにかかわらず彼は熟睡中だ。
「起きろ」
ガンッ
リボーンが振り下ろした銃の柄は、今日もむなしくもぬけの殻なベッドにあたった。
「ち」
「ち、じゃねーよ! おまえオレの時はこの起こし方続ける気か!? あいつのときはまだマシだったぞ」
ツナはすでにベッドから出ていた。リボーンには予想内のことだ。
しかし、ツナの居る方向を見たリボーンは固まってしまった。
固まった手から銃が抜け出し、床に落ちて高い金属音を上げる。
「てめー・・・なんで服着てねーんだ」
ツナは産まれたままの姿のままだった。
その身になにもつけていないのだ。
寝ていたときは完全に毛布をかぶっていたために、気がつかなかった。
ツナはぽりぽりと頭をかいた。
「シャワーのあと着るの面倒だったもんで。裸もなかなかいーよ?」
「さっさと服を着ろ!」
リボーンはツナの身体から目をそらしたままで、シーツを投げつけた。
白く染み一つ無いツナの身体は、リボーンの目には毒だった。
顔を背けてはいたが、熱の集中した頬を見られたようで、ツナがくすくすと笑った。
「あっれ、もしかしてリボーン照れてる? うわー可愛いー!」
「うるせー・・・っ」
ツナは裸にシーツを軽くまとった状態で、そっぽ向いているリボーンに抱きついた。
「照れて当然、思春期だし、想い人の裸を見ちゃあね〜。初いやつよ」
語尾にハートがつくような言い方。
ツナはぎゅっと身体が密着するようにリボーンを抱きしめる。
からかっているのだ。
「離れろ。・・・襲うぞ」
「わあ、マジ? 大歓迎! 襲って襲って」
「冗談だ。ほら仕事あんだから着替えろ。行くぞ」
間髪入れずに答えて、リボーンはツナを自身の体から引き離した。
からかい返してやろうとも思ったが、今のツナにエロいことをいくら言っても無駄だった。
常のツナならば、意味がわからず首をかしげたり、真っ赤になってみたりするのに。こうも違う反応をされては、こっちの対応に困る。
後ろのクローゼットをあさる音や、衣服のすれる音がやんだ。
着替え終わったか、と思ってリボーンは振り返った。
するとそこにツナの姿がない。逃げたのだ。
閉まっていたはずの窓が、全開になっている。適当に服を持っていったのだろう、クローゼットはぐちゃぐちゃだ。
ここは3階だが、ツナなら無傷で降りることなど動作も無いことだった。
「ッあの野郎、どこ行きやがった!」
-
「仕事って言ってもなー、あいつがやってたのなんてやる気出ないし。実質よくやってたよダメツナ」
ツナはカタカタとキーボードを叩きながら、喋る。
周りには誰も、何もいない、単なる独り言だった。
その格好はラフで、薄手の白Tシャツに凄くみじかい紺の短パン。
えりあしのみ長いキャラメル色の髪は、しばることなく放置して、そのほかは縦横無尽に宙にむかっている。
場所はといえば、屋外のテラスだ。
銃弾よけのため全面にガラス張りの、ガラスごしにあたる日の光が心地よい場所。
どちらのツナも、この場所は好きだ。
ツナの手が扱っているのはノートパソコンだったが、それは仕事などというものではなく、完全に遊びのために扱っていた。
最後にエンターキーを勢いよく叩いて、パソコンを閉じる。
そして後ろにいる男に声をかけた。
「そこで何やってんの? 獄寺」
「・・・おまえこそ。なんだその薄着は、十代目の肌が焼けるだろうが」
後ろでじっとこちらを見ていた獄寺は、すたすたと歩いてきて、自分が着ていたスーツの上着を脱ぐとツナにかぶせた。
こちらに来る前に、くわえていた煙草も握りつぶしている。
彼がツナの、というよりはダメツナの体をずいぶん気遣うのはいつものことだった。
「スーツって体締めつけられてる気がしない? あれやなんだ」
「・・・・我慢しろ」
「対応悪ぃな。オレだって一応おまえの10代目様なんだけど」
「10代目とおまえは明らかに違ぇ」
「まあ別にして考えるのはいいけどよ。元はあいつもオレも同じ人格なんだ。オレにだって多少優しくしてくれてもよくね?」
「オレが遣えるのは10代目だけだ」
獄寺はすこしも迷わず戸惑うことなくそう答えた。
ツナはそれにたいして、怒ることもなく不満げな顔をするでもなく、肩を軽くたたいて笑った。
「うん、おまえいいな。ツナの右腕に相応しいよ」
「当然だ!オレ以外に適任は居ない。だけど10代目は・・・・」
獄寺が肩を落とした。
落ち込んで、ふるふると震えるさまはまるで忠犬のようで、ツナの腹筋を震わせた。
が、ここで笑うほど酷い心は持ち合わせていなかったので、耐える。
「山本、か」
「・・・・」
「まぁなー、一番山本と仲いいもんな。でもあいつはおまえを右腕に選んだんだろ? 友達の面ではともかく、仕事ではお前が一番だって認めたんだから、いいじゃん」
「そう思うか?」
「そう思うね」
「・・・・・・おまえなんかいい奴だな」
「沢田綱吉様だからな、あたりまえだ」
ツナはそれが当たり前、そんな自信満々の顔をして胸を張った。
だが獄寺は突っかかってくる。
「おまえは10代目じゃない!」
「あー、はいはいおまえの好きな10代目じゃないですよ。でも両方沢田綱吉だしなー・・・。
あいつのことは10代目、でオレのことはツナ様って呼ばない? 呼んでみてよ」
「・・・・ツ、ツ、ツ・・・・っ、無理だ! 10代目のお名前など恐れ多くてお呼びできない!」
「ツナはおまえに名前で呼んで欲しいって思ってたぜ?」
「10代目がお望みとあらば何度でもお呼びいたします! ツツツツツツ・・・っ!! できねー!!」
「っはは、おまえ面白ーなぁ。おまえら全員なんか、初々しいね・・・大丈夫なのかボンゴレ・・・」
要だと思っていたリボーンでさえ、ツナの裸を見て赤面。
ツナの姿をしているというだけで、武器を突きつけられるものの、肌一つ傷つけられない守護者達。
俺があいつでないことに感づいたのには感心したけど、それは良しとできない、むしろ悪い。
今までは奇跡的になかったけれど、精神をのっとられたり、マインドコントロール、または催眠なんかでツナの体をした敵がいたら・・?
傷のひとつやふたつ負わせてでも助けなければ、ツナ自身の命までかかわってくる可能性もある。
それに俺という人格が悪そのものだったらどうなるんだ、俺のときもあっさりと手を引いたし。
ボンゴレのみんながみんな、あいつに惚れてるっていうのも考えものだな。
あー・・シャマルあたりとビアンキは違うか?
獄寺がテラスから、廊下に戻ろうとした。
「じゃあオレは仕事あっから・・・」
「うん、獄寺、スーツ返す」
「10代目の珠のようなお肌をやくな、着てろ」
「部屋の中に入るからいらないよ。はい」
ツナの言葉に獄寺は、何かもの言いたげな表情をしたが、スーツを受け取って出て行った。
確かにこの白い肌をやいたら魅力半減かもしれない(それにしたって守護者+αくらい卒倒させられるが)。
-
「雲雀。やっほー」
「なんで君がいるの、そんな姿で、ここに」
そんな姿で、とは例のごとくノースリーブ&短パン。そしてこことは、ヒバリの個室だ。
部屋主がもどる以前に、ツナはヒバリの部屋でくつろいでいた。
姿のことは大目にみてもらおう。
ツナは極度の暑がりなのだ。それなのにダメツナはなにを間違ったか寒がりで、ボンゴレの屋敷内の空調はかなり高い。
だからこんな格好で体温調整をしている。
まあ、軽装が好きってのもあるけど。
「雲雀のことだから、部屋豪華かなあと」
「・・・で、感想は?」
「ツナの部屋より、物品は豪華。質素に見えるけどかなり高いブランドがずらりだ。
警備体制はこっちは無いね、まあ雲雀の部屋だからか」
ボンゴレの財政のほとんどを牛耳っているヒバリは、本人の冷酷さとアルコバレーノという異端さゆえに怖れられているリボーン以上に、部下たちからは恐怖の存在として認識されている。他のマフィアの認識もそう違いはなかった。
彼に近づけば命はない。近づかなくても集団でいるのを目撃された場合は、生き延びることを諦めろ。など、まさしくそのとおりな噂がマフィア界には流れている。
ツナ的には出会った当時よりだいぶ落ち着いたと思うのだが、周りからするとそれは些細なことで、さらにツナの前だけというものだった。
ひとつだけ確かなのは成長につれて、ヒバリの標的になった相手の生存率が急激に落ちたことと。(容赦がますますなくなった)
そしてヒバリがツナに恋愛感情を有していることだ。
「用がすんだなら帰りなよ」
「恭弥さん・・っひどいです、オレ決死の思いでここに来たのに・・! ・・・だ、抱いて、ほしくて・・・」
ツナは目を潤わせながら、震えた可愛らしい声で言った。
その顔は真っ赤に染まっている。
小さくだが、ヒバリが唾を飲む音が聞こえた。
「・・・綱吉は僕のことを恭弥とは呼んでない」
「うわ、意外と細かいのな雲雀。お前のことだから、ダメツナに名前くらい呼ばせてるかと(強制的に」
ツナは先ほどの切羽詰まった涙目はどこにいったんだと聞きたくなるくらい、ケロリと表情を変えた。
ヒバリはそんなツナを見て呆れたように息をはく。
「嘘だね。昨日の食事のときは、綱吉の演技をしていた君は゛ヒバリさん゛て呼んでいた」
「・・ーん、試してみただけだよ、ほんの悪戯。中身が多少違くても襲うかなぁと。しっかし、雲雀に理性がそんなにあったなんてね」
「君が下手なマネをしているのが気に入らなかっただけだよ。僕は君でもいいけど」
「うわぉ。一応オレはじめてなの、いきなりSMはきついと思わない?」
「腕は保証するよ」
「上手い下手の問題じゃないし」
むしろ雲雀の場合上手い方が痛そうだし。
ツナはごろんとヒバリのベッドに寝転んだ。
「誘ってるの?」
「いや、寝るだけだし。ここならリボーンに見つかりにくいと思って」
「勝手にしなよ」
ヒバリはそれだけ言って部屋を出て行った。
何かをしに部屋に来たくせに、何もせずに帰るとは。変な奴だ。
ツナは布団をかぶって目を瞑った。
眠い。
生身の体を使うのは約12年ぶりで。あまりに長いブランクを背負いながら、わずかではあるが成長した体を扱うのは酷く疲れる。
もともとは俺も使ってたんだ、2・3日すればすぐに慣れる・・・。
目をつぶって数分もたたないうちに、ツナは眠りについた。
-
それから何時間寝たかはわからなかったが、ふいに部屋のドアが開く音がした。
ツナは部屋主のヒバリが戻ってきたのだろうと思ったが、その認識は間違っていた。
「やっと見つけたぞクソツナ・・・」
彼のトレードマークともいえる帽子をきゅっとあげ、殺気をこめて見下ろしてきた。
その殺気は、目に見えるほどに充満していた。
ツナは眠気を覚まそうと、半分だけ開いた目をこする。
「ん・・・・はろー・・・リボーン」
「はろー、じゃねー! さっさと仕事しろ、まともな服着ろ」
「2つもやだ。1つだったらいーよ」
「・・・仕事だ。もちろん、自室に籠もってな」
リボーンの言葉に従い、ツナはおとなしく自分の部屋に戻ったが、仕事はほとんどしなかった。
リボーンが仕事をしていろとだけ言い残して、部屋を出ていったからだ。
逃げるほど仕事が嫌なやつに、仕事をさせるときは見張りを立てなきゃ無理だろう。
たとえ部屋内にいても、ツナはリボーンをからかうのに忙しくて仕事には手がつかなかっただろうが。
ツナはダメツナと同じく、ゲームと漫画をこよなく愛している。
二重人格でこれほど性格が違えど、元は同じ精神だからか二人の趣味・好みはわりと似ていた。
ただ、ダメツナはやるときめたら真面目で仕事熱心だったものだから、彼の部屋には買われたままで使われていない、積みゲーなるものがたくさんあった。
それのおかげで、窓・ドアともに頑丈に外側から閉めきられた部屋にいても、ツナは時間をもてあますことなくサボることができた。
もちろん、リボーンの戻ってくる直前にはゲームをやめ、あたかもずっと仕事をしていたかのように机に向かう。
まあ遊んでいただけなんだから、仕事の進行具合ですぐばれてしまうのだったが。
望みじゃ出番が少ないごっくんと山本を立てようと孤軍奮闘中。
山本が立つのはかなーり後になりそうですがね。
多いから減らそうとは思ってるのに、今のところリボツナ一直線だ。リボツナ好きやねんもん・・・。
多分ヘンな方向にいきつつ終わります。
07.08.11