Get my reason -後編-
あれ以来、どうもアルフレッドはホンダという疫病神以上のものに好かれてしまったようである。
二人殺したもとの事件については証拠不十分で不起訴処分となった。
アルフレッドを刺した公務執行妨害でとらえられるはずが、ホンダがあれからあのボロアパートに帰ってくるわけもなく、行方知れずのうちにアルフレッドの怪我もきれいさっぱり治ってしまった。
医者が言うには、上手に刺してあり、重要な臓器や血管はたくさんあるにもかかわらず傷つけてないらしい。
すれすれだから、引き抜いたら多分その時に血ドバーで死んでいたがな、そう言われ、止めてくれたフランシスにこっそり感謝したりした。
半年くらいして、ホンダが拘留され、アルフレッド・F・ジョーンズ刑事を呼んでくれと言い出したとかで、アルフレッドが呼ばれて行くと、何をしたのかと思えば単なる(と言ってはいけないかもしれないが)高額万引き。
「……ホンダ?君がやるのは大抵が、快楽のための人殺しだって聞いてたけど?」
「あ、私って基本的に、殺人欲求が限界にこないと殺さない主義なので」
「……君はマゾなのかい」
「あなたに会いたかったから殺してきました。それもなかなか、あなたの苦悩が見られるかなと魅力的ではあったのですが」
格子ごしにさらりとそんなことを言ってのけるホンダの気持ち悪さにぞくりとした。だが、警告音はなってない。
「でも、うーん、わざわざ殺したくないときに殺すのも面倒かな、と思ったので」
「ちょっと待ってホンダ!」
「どうされました?」
きょとんと、アジアン独特の真っ黒な双眼がじっとこちらを見てくる。
「オレ、に……会いにだって?」
「ええ。あなたは私をデータでよくご存知ですが、私はアルフレッドさんのフルネームと刑事だということしか知らないので」
会うには捕まればいいかなぁと、とホンダは言ってのけた。
アルフレッドが唖然としていると、ぶはっ、と隣で吹きだす音が聞こえた。ホンダを逮捕した少年科のティノだ。
ホンダが成人したのはとっくの昔だが、少年科の刑事がやってきたのは通報した店の主人の勘違いである。
「……ティノ」
「す、すいませんっ」
ティノはすぐに頭を下げたが、謝られたホンダは何故笑われたかわからないらしい顔をしていた。
「えーと、なんでオレなんだい?」
「私、捕まったのはじめてだったんですよ」
「は?」
記憶では幾度か、あるはずだった。あの有名な犯行声明も、逮捕しないと得られるものではない。
そんなアルフレッドの考えを読みとったのかホンダが答える。
「あなた以外は、大体自主的か逃げるのが面倒で捕まったので。今回みたく」
ティノを見れば、
「そうです。店主が言うには、自己申告によると3度目の万引きだそうで」
「だって同じ店で適当に盗ったのに、誰も気づいてくれないんですもん」
無表情でぷくりと頬を膨らますが、凶悪殺人犯にそんな顔をされても、うすら寒いだけだ。
「犯人が私だって早々に探りだしたわりに、一人のりこんでくるなんておバカだなあと思ってたら、おヒゲさん手配していたようですし。だから、あなた、お気に入りなんです」
調べたのも、ヒゲのフランシスが乗りこんできたのも、アルフレッドの功績ではなくフランシスの判断である。
「……とにかく、万引きはやっちゃだめだぞホンダ」
「キクって呼んでくださったら、考えないこともないですよ」
「…………………キク、万引きは駄目だ」
了解ですサー。ローテンションで答えたホンダに、またティノが吹き出した。
7日後には脱走したと知らせが来た。
1ヶ月して、今度は強盗で捕まったと連絡が入る。
「あ、アルフレッドさん、こんにちは」
「ハロー、じゃないんだぞホンダ」
「苗字呼びに戻ってます……、ショックです!お約束どおり、万引きしなかったのに」
ざめざめと泣くふりをするホンダ。
彼を見ていると、警察とマスメディアに保存してあるあの声明は、実は別人じゃなかろうかとも思えてくる。
顔映ってなかったし。
そんなことを考えていると、アルフレッドの脳裏にホンダとはじめて会ったときのことが思い出される。
いや、声明と初期ホンダなら同じだってわかるんだ。その二つのホンダと現ホンダが結びつかないだけで。
「アロー?わー、キクちゃんてカワイんだねー」
そんななかひょっこり現われたのは、もはやオレの相棒と化したフランシスだった。本田菊の名に怯えていたのはどこへやら、格子むこうのホンダに投げキッスをしている。
ホンダはホンダで、フランシスを指差していつぞやのおヒゲさん!と言い、なんだか挨拶をかわしている。
「キクちゃん、アルが気に入ったんだって?」
「いま一番のお気に入りです」
大体が、ホンダがアルフレッドを気に入ったとかいう要因だが、彼のただの勘違いですべてはフランシスの手柄だ。
図書記録から犯人がホンダだと割りだし住所を調べたのはフランシス、アルフレッドの独断行動にわざわざかけつけてくれたのも、フランシス。
オレは先走って怪我しただけだ。
「とにかくホンダ、強盗しちゃダメだからな!」
「本田に戻ってるのに、ですか?」
「……キク、強盗も禁止だぞ!」
合点承知!ホンダがわざとらしく敬礼して、フランシスがまたかわいいーと騒ぐ。
翌日見に行って、脱走するなよと言ったら無理ですと言ってのけ、12日目に抜け出した。
「アルフレッド・F・ジョーンズ刑事!」
殺人科の入り口で、恐る恐る呼ぶ声が聞こえた。
お馴染みになりつつある、少年科のティノ・ヴァイナマイネンだ。
アルフレッドと同じように、何故かある犯人のお目付け役的存在になりつつあった。
「またかい……」
「は、はい。キクホンダが詐欺罪で拘留されています」
「行きたくないなぁ」
ホンダと会うと精神的に疲れる気がする。
言うと、ティノは困った顔をした。同時にこちらの上司がケチを入れる。
「アル、行ってこい」
「なんでだよ」
ぷく、むくれていると、フランシスが覆いかぶさってきた。
「こーら。もとはと言えばうちの科のホシだろ。それに最近落ち着いてきたんだろ?キクちゃん」
この相棒はいつも、頑ななアルフレッドと上司の間に入って、クッション的役割を果たしている。
彼がいなければ恐らく、理想の正義と少しズレている警察で続けることは難しいだろう。
それを理解しているから、アルフレッドはフランシスに逆らいづらい。
渋い顔をしつつ、おとなしくティノについて独房へむかった。後ろにはフランシスもついてきた。
「やぁ、ホンダ」
「お久しぶりです、アルフレッドさん。と、おヒゲさん」
「アロー。ひょっとしてお兄さん、名前覚えられてない?」
「必要ないものは覚えないので」
「ひっどー!」
無表情とおなじような薄い笑みをはりつけて、ホンダは笑う。
その手には薄っぺらい本が握られていた。
「それ、なにを読んでるんだい?」
「そちらの刑事さんに貸していただいたんです」
聞けば、ホンダはティノを指し、読んでいたらしいページを見せてきた。
ガラスごしに見えたのは、ローティーンズ向けだと思われる特撮モノの雑誌。ライダー的なものが写真でのっていた。
ティノが持っているとは、趣味なのだろうかと一瞬思ったが、ここは少年科だ。
年齢層の低い子がきたとき用ってやつだろう。
「ヒーローを勉強しようかと思いまして」
「ヒーロー、ねぇ」
「あれぇ、食いつきわるいですね。アルフレッドさんはヒーロー志望なんじゃなかったですか?」
「うん、そうだけど」
ヒーローは勉強するものではないとどうやって教えれば良いのだろうか、データではアルフレッドよりもずっとずっと頭がいいはずなのに、なんだこの世間知らずは。
「オレがヒーローだって知ってれば、あとは問題ないんだぞ」
「アールー、なんだそりゃー。お前いつでもヒーローについてとくとくと語ってるじゃねーか、キクちゃんにも語る機会じゃん?」
たしかにフランシスの言うとおりだが、初見でホンダにヒーローについて笑われた身としては、それはいささか戸惑われる。
勘弁してくれ、思ってホンダを見ると、突然鼓動がうるさくなった。
警告音?なんで、いま。ホンダはおとなしく檻のむこうにいるのに。
「フランシスさん」
「………ん?」
あれだけヒゲヒゲ言い続けてきたホンダが、フランシスを名前で呼んだ。
その声がいくらか低いように感じたのは、警告音による意識のしすぎかとも思ったが、次のホンダの台詞でそれは否定された。
「アル、ってその愛称やめていただけますか?」
「へ?」
「やめてください。いやなんです……私の言っている意味、わかります?」
薄く開かれた冷たい漆黒の双眸、おなじく薄く開いている口端が、すこしだけ持ちあがる。
それはアルフレッドとフランシスに、あの声明映像を、思い起こさせた。
人を殺すこと?私にとっては、食事のように、睡眠のように、性欲のように、生きていくうえで欠かせぬものです。にこりと歪曲した口元で淡々とのべられるそれ。
正常な人間があの映像を見ると、どうしようもない恐怖と、実態のない絶望にとらわれる。
同胞の命の灯火を自身の手で幾度もひねりつぶすことを、単なる生理機能のように、むしろ快楽であるがごとく語る彼に。
人類の絶対的な敵が擬態して人にまぎれこんでいるかのように、ホンダに怯えさせられる。決してとらえ得ないソレに恐怖する。
アルフレッドはフランシスの袖をせかすように引っ張った。
「……はーい、気をつけるよ」
「ありがとうございます」
シリアスを知りつつおちゃらけ気味にフランシスが答えると、ホンダはころっと笑顔になった。
同時に鼓動もおさまって、少しほっとする。
それにしてもなんだったんだ、今のは。
「ホンダ?」
「アルフレッドさん、゛答えはきーてない!゛」
とあるヒーローの口癖だった。
「……電王かい?」
「正解です、さすがですね。ご正解していただいたところで、今日は疲れたので、お引き取りいただけます?」
「ちょっと待ってよ」
「゛答えはきーてない!゛ですよ?」
普通に笑った顔であるはずが、アルフレッドの目にはどうにも歪んで見え、フランシスと共に早々と退散した。
翌日は忙しくていけなかったから、ホンダが詐欺罪で捕まってから3日後、ふたたびアルフレッドは彼のもとに訪れた。
世間様同様、警察も彼の形容するところの家畜小屋も、ちょうど昼時なので、彼は狭い格子の中でもそもそと配給食を食していた。
こちらに気づくと、スプーンをくわえたまま、ぱちくりと瞬きをする。
「やぁ、今いいかい?」
「……見てのとおり食事中ですが」
「”答えはきーてない”んだぞ!」
3日前のホンダの真似をしてそう言うと、彼はくすりと笑って、口に含んでいたスプーンをおき、こちらに向きなおる。
眠そうに開かれた目、その黒さは慣れていながらもぞっとするが、あの声明映像にそれはうつっていない所為か、緩やかに歪む口元よりはいくらかマシだ。
それにいま警告音はほとんど聞こえないから、ホンダが情緒不安定というわけではなさそうだ。
「この前のはなんなんだい?」
「この前の?」
「アルがどーとか、ってやつだよ」
あれですか、というホンダは何の反省もしていないようで、突発的な発言ではなかったとわかる。
「ホンダ、君、愛称とか嫌いなの?」
「そうでもないですよ?」
「じゃあなんなんだよ」
呆れてきくと、ホンダは、フランシスが愛称で呼んだことに怒った当人の癖して顎に手を当て悩みはじめた。
「言われてみると……どうしてでしょうねぇ」
「はぐらかさないでくれるかい?」
「知りませんよ」
「天才の君にわからないことなんてあるのか?」
「わからないものがあるから、知識を得てみた。それだけですよ」
「ふぅん?」
「わからないことは、やっぱりわからないままでしたけどね」
言って、少し悩んでからホンダは食事に戻った。
アルフレッドとしても用はそれだけだったので、答えないのなら仕方がない。職場に戻ろうとするがもう一つ用事があったことを思い出し、ホンダをふりかえる。
「ホンダ……いやキク。詐欺も、もうやっちゃダメだぞ」
「ずっとそう呼んでくださればいいのに」
「わかったかい?」
少しだけむくれたような顔をして、ホンダはYesと答えた。
「あとオレは、ライダーよりレンジャー派なんだぞ!」
言うと、きょとんとした顔をされたので、アルフレッドはライダーとレンジャーの違いについてホンダに一から説明することで昼休みを丸々つぶすことになった。とくに電王が、その説明の邪魔になった。だって五人もいるんだもん。
