W学園――
今日も世界中の国たちが健やかな学校生活を送っていた。
廊下を走らない。皆仲良く。弱肉強食。の三大校訓と絶対権力の下に。
「文化祭?もうそんな時期ですか・・・」
秋に入りかけの、一年でもっとも過ごしやすい季節の最中に文化祭という行事はある。
まぁそれは日本国での話で、この学園の季節ではなかったから、日本の頭からその行事は消え去っていたのも仕方のないことだ。
特に今は手元の書籍に目を落としていたため、文化祭といわれてもピンとこない。
「日本じゃ学園祭のことをそう言うのか?国家権力の見せどころだからな、3ヶ月も前から準備に入る奴らもいる。・・・気がつかなかったのか?」
「皆さんいつも忙しそうですから」
眉間にしわを入れる彼に苦笑する。
今おもえば、少し学園の雰囲気が違ったような気がする。いくら島国だといっても自分の情報の伝達の遅さは理解していた。それに目の前の彼もまた島国であり、まったく言い訳にならない。
少しは世界情勢に気をかけながら生活しろと再三言われるが、日本としては自分とその周囲のことさえ知っていればあとは関わりのないとして興味の対象にない。それはこの学園に来てからも変わりなかった。
「生徒会の方もなにかやるのですか?」
社交辞令のようなもので何とはなしに聞いただけなのに、彼は目を閉じ眉を寄せて頭を抱えてしまった。
何か面倒なことになっているのだろうか。
「アメリカさんとか、目立つことしたがるでしょうね」
「はぁぁ・・・・・・大当たりだよ日本。あの馬鹿、バンドやろうぜ、なんて言い出しやがってな」
日本の手から数冊の本が滑り落ちた。静かな図書館にうるさく響く。
豪快な音にイギリスは吃驚してそれを拾った。
「・・・そんなに驚くことか?まぁ、どちらにしろ却下するから気にするな」
本を落としたまま硬直していた日本が、いきなり本ごとイギリスの手を握った。
いつもと違う日本のあまりの迫力に、イギリスはたじろぐ。真っ暗で光を宿さない瞳が、今だけはキラキラと光り彼を見つめていた。
日本の脳内に『バンドやろうぜ』の言葉がずっとリフレインされていたのである。
「に、日本・・・・?」
「イギリスさん・・・!バンドぜひやりましょう!いえ、やってください!」
皆さんは日本国の最近急成長した文化はご存知あるだろうか。
他国(特にアメリカとフランス)には少しずつ理解されてはいるが、自国の国民には批判され気味な、おおっぴらにはしにくい文化。いや、趣味。
その文化の根元にいるオタクという人種に日本ももれなく当てはまっていて、その日本に『文化祭でバンド』という文句はすばらしく魅力的に聞こえたのである。
日本のオタクに一大ムーブメントを引き起こした大人気アニメ「涼宮ハルヒの憂鬱」を知っているだろうか。
それならば説明は早い。
作中のキャラクター涼宮ハルヒの作った部活は、軽音部なわけでもないのに飛び入りで文化祭でライブにて実行し、大成功をおさめる。
『バンドやろうぜ』とはまさに公式に登場するセリフであり、それこそが日本にここまでの興奮をさせた原因であった。
日本は、3ヶ月前にW学園に登校しはじめたばかりの国だ。
一応入学したことにはなっていたが、いわゆる不登校児を決め込んでいた。ところを、生徒会役員であるアメリカがやってきて無理矢理に連れ出されてしまったわけだ。
長年ひきこもっていたのに、突然世界にひっぱりだされてこの三ヶ月は大忙しだった。まずは国を覚え、世界情勢を覚える。国同士の関係や劣悪、制度など知らなければならないことは山積みで、全盛期を過ぎた日本にはついていけないことも多々あった。
鎖国したいと嘆く日々を支えてくれたのは部活やクラスの友人、また学園の最高権力者である友人だった。
「文化さ・・・いえ、学園祭ってここ、何するんですか?」
「・・・やはり何かやらなければならないのか」
日本に答えたのは、ここ、漫画研究部所属のドイツである。
「何か、って・・・?」
「いや、俺とイタリアが入部するまで漫研の部員はゼロでな。伝統は途絶えているんだ」
「ヴェー、漫研なんだから漫画だそうよー!」
「かけない奴は黙ってろ!」
ドイツに怒鳴られて、しょぼんと落ち込む彼はイタリア。
漫研の部員は日本、ドイツ、イタリアの三人だけだった。正式な部活動ではない。彼の言うとおり文化祭に漫画など展示しても、誰も目もくれないだろう。
弱小クラブが人を集めるには、内容よりもまず見た目にインパクトがなければ話にならない。参考までに兼部をしている二人に聞いてみた。
「イタリア君、美術部は何をされるんでしょうか?」
「うーんとねぇ、毎年のことだけど、各国の肖像画だよ!今年は俺が日本とドイツ描くからねっ」
「お前去年も俺のを描いてなかったか?」
「毎年かくよー」
ヴェーと笑うイタリアはドイツの意図するところを読めているように見えなかった。
「ドイツさんは?」
「ああ、運動部だからな。俺のとこはやらないことになっている」
「そうですか・・・」
ふぅとため息を漏らした日本をドイツが気遣う。
「あまり気に病まないことだ。この学園祭はクラスまたは個人が基本で、部活なんて二の次なんだからな」
不器用な優しさに「はい」、と返事するものの、話を聞けば大体の文化部は出し物をしているようだ。
他の二人が他の部活で忙しい中、自然と自分がつくこととなった部長席だが、日本は人の先頭にたつことは非常に苦手だった。
日本は悩んでいた。
先日本学園の生徒会長イギリス様に、興奮のあまり「ぜひバンドを」など言ってしまったがために引き起こした事態に。
文化祭を約二ヵ月後に控えた9月、日本はイギリスに執務室に呼び出されていた。
彼によるとバンド結成はほぼ決定し、「日本があんなに意志表示するのは珍しいからな」とのことで私もメンバーに引き入れてくださるそうだ。
冷静になって考えれば、オタクではない生徒会員たち(アメリカはゲーム好きであるし、フランスも興味を示しているが)が「涼宮ハルヒ」なんて知るわけもなく、一般的にカッコイイといわれる、青春的に正統派バンドを目指しているであろうことは簡単に予想がつく。非常にまずかった。日本としてはただ、専門部以外が文化祭にバンドをやってくれるという事実だけで満足できたのに。
目の前に生徒会室と書かれたプレートがかかっているドアに、なかなか手が伸びない。
”苦手ならステージじゃなくて、裏方でもなんでもいいから”との優しいイギリスの言葉を信じてノックしようとするが、中から聞こえる会話に入りづらさを感じて、手が動いてくれない。
そもそも今の生徒会は連合国組で結成されており、仮にも自分は枢軸国・・・つまりは相対する部類にいる国なのだ。いきなり部外者が仲間に入れるものなのだろうか、日本の心は不安で凝り固まっていた。
何度も手の上げ下げを繰り返したあと、ようやく叩くことを決意した日本が手に力を込めると、その瞬間、ドアが開いた。
「イ、イギリスさん・・・」
「やっぱりいた、こいつらに遠慮なんていらねーからさっさと入れよ」
「すみません」
軽く一礼して中に入る。一般の生徒が入ることはまずないので、日本が生徒会室に入るのは初登校時以来だった。
予想通り生徒会長イギリスに、副会長のフランス、アメリカ、中国がいた。なぜだかロシアはいない。アメリカが話しかけてくる。
「やあ日本!まさか君もバンドやりたいだなんて思ってもいなかったよ!君のおかげで堅物まゆげも落ちたことだし、持つべきものは友達だね!」
「・・・いつから私とあなたは友人なのですか」
「出会ったその日からさ!」
素敵なテンションのアメリカに日本はついていけなかった。
それは他の生徒会役員でも同じようで、皆アメリカをおいて中央のテーブルの周りに腰かける。日本も右に習った。
「説明したと思うが日本は臨時でメンバーに入る、本人の希望だ」
横にいるのが中国でよかった。全寮制のこの学園は、基本的に二人一部屋で中国とは同室だったから慣れている。ひきこもる以前からの交流もある。
「日本・・・お前こういうの好きだったあるか?」
「なりゆきと申しますか・・・ええ、なりゆきです」
中国の指すこういうの、とは大衆の前に出て何かしらのパフォーマンスをすることだろう。日本は凄く苦手だった。
イギリスがもくもくと確認事項を述べ、アメリカがちょっかい出す中、ひそひそと会話を交わす。
「なりゆきってお前・・・。自己主張は大事あるよ?今からでも我が言ってやるよろし」
「ありがとうございます・・・でも、楽しそうだから、いいです」
心配してくれる中国に、にこりと微笑む。社交辞令じゃない、ワクワクしているのは事実だった。
入学時にいろいろと教えてくれた中国はとても頼りがいがあった、さすがは仙人と噂だかい国だ。かといって日本も若い方ではなく上から数えたほうが早い年齢を夕に過ぎていたが。
「さて一番の問題なんだが、やる曲は決めたか?アメリカ」
「決まってないんだぞ!」
「さっさと決めやがれ!お前が曲決めないと何もはじまらねーんだよこの馬鹿!」
イギリスの怒声が飛ぶ。日本は毎度びくりと驚くのだが、日本にとっては大きい体躯のイギリスでも、アメリカからすれば小さいのだろう、なんとも思っていないようで、それが少し羨ましい。
アメリカはチッチッチ、と指を立てて振った。
「イギリス、俺にはバンドをやるという事実が必要なのであって、内容には興味ないんだ。結果が全てなんだぞ」
「・・・ってめぇ・・・!」
「相変わらずお前は目立ちたがり屋だなー」
「ヒーローだからな!」
HAHAHAと笑うアメリカはたしかにヒーローであった、あくまで日本的に。そう、彼の目にはアメリカがまるでSOS団団長の彼女のように映ったのだ、”何をやるかは大事じゃない、何かをやることが大事なのよ!”という彼女に。
それまで大人しく従い適当に裏方にでもまわろうとしていた日本に、戦慄が走った。
(皆さんに弾きたい曲がなければ、私が提供してもなんら問題はないのではないか?だってほら、イギリスさんをはじめ中国さんもフランスさんも意見待ちみたいですし)
そう考えつくと、日本はすぐさま挙手した。無駄に恥ずかしがり屋な日本だったが、趣味に関することは別腹だった。
「なんだ?日本」
「私からひとつ推薦させて頂いてもかまいませんか・・・?」
「むしろ大歓迎だ、このままじゃ練習も出来ないからな」
「God Knows...がやりたいのです!」
日本の出した曲がわからないのだろう、皆説明を求めて日本に視線を集める。
「切ない恋の歌です、明日にでも楽曲をお持ちしますので、試聴してから判断していただけませんか?」
わかった、とイギリスが了解の意志をしめすように片手をあげた。
その日は日本以外の意見がでず、日本の歌に期待がかかって終わった。
勝負は明日にかかっている、と日本は思った。
神曲だと断言できるが、アニメの曲だと一般の人から見たイメージが下がってしまうだろう。
いずれは雰囲気を掴んでもらうために見てもらうにしても、明日はDVDではなくCDを持くことにする。
さしあたっての問題はGod knowsが女性の歌であることと、ギターがやけに難解だと言うことくらいだ。
なんとしてもSOS団の再現を、と異常なくらいの興奮をする日本がそこにいた。
