BABY☆pop star --あゆみより--
W学園中等部。高等部と同じく、ここでも生徒会長はカークランドである。
「イギー!」
「は、アメリカ?……な、なんの用よ?」
一般人は入りにくいという生徒会室に飛びいる。執務中ではないようで、そこにはイギリスとフランスしかいなかった。イギリスは読書を、フランスはなにやら念入りにネイルアートをしている。
「ねぇ、社交辞令って知ってる?アンタにも日本に社交辞令される?」
「社交辞令……って、ああアレね。されてるかもしんないけどわかんないわよ、そんなの」
「なんだぁ。じゃあアンタと日本、友達じゃあないじゃない」
「な、なんでよ?」
「友達になったら社交辞令ってしないって聞いたもん」
イギリスが日本と友達、ではないとするなら、友達一号の座はまだ開いているではないか。
少しだけやる気をとりもどしたものの、一号の座にどうやって座ればいいのか見当もつかない。
うんうん唸っていると、突然、イギリスが泣き出した。
「え、ちょ、なんで泣くの?」
「っあ、あたしちゃんと友達なんだから……!嫌いって言われたこと一度もないもの!」
「知らないよ、それが社交辞令なんじゃーないの?あーもーウザいなぁ泣かないでよ」
そうはいってもなかなかの泣き虫イギーが泣き止むわけもない。日本にとって友達ってなんなの?
あたしが慌て始めると、横でぶほっと吹きだす声が聞こえた。フランスである。乾いたらしい、妙に派手派手した爪の手を振り振り笑い続ける。
「あは……っくふ、っは!なにアンタたち!馬鹿じゃないのかしら。おかしいったらないわねー」
「なにがよオバハン」
「私そこのイギリスとそんなに年変わらないわよ!……まぁ、そこまでいうなら説明してあげるわ」
なにも言ってないけど。
「社交辞令は、友達ならしないってわけじゃない。親しき中にも礼儀ありってことわざもあるの、社交辞令の数で友達度なんて計れないわ。それよりは、それが社交辞令なのかどうかを見分けるのが先じゃない?」
「見分けるのは日本人以外には無理だって、アルフレッドが」
「うふふ、日本文化に傾倒中のフランス人を舐めんじゃないわ、お姉さまに任せなさい。今度私とその子を会わせなさい、見極めてあ・げ・る」
ばっちんとウィンクつきで投げキッス。キモイ。男だけにしてろ。
それでも今頼れるのは彼女以外なくて、ヒーローには必ず味方がいるものよね、と結論づけてイギリスとフランスを連れて本田宅へ赴いた。
*
古ぼけた、だが威圧感のある彼女らの家。菊は、庭いじりをしていたがこちらの姿をみると、いそいそとやってきた。
「こんにちはみなさん。おや、珍しいフランスさんではありませんか、ようこそいらっしゃいました。……どのようなご用件で?」
「ボンジュール菊。久しぶりねぇ……って、アメリカ!アポイント取ってないの?」
「取ってないけど?いつでも来ていいって言われてるもの」
そう言えば、フランスの綺麗に整えられている眉が歪んだ。こっそりと耳打ちしてくる。
「馬鹿ね、それこそ社交辞令よ。来るのはいいけど一言くらい連絡してから来なさい……あのねぇ、菊。私、日本に会いに来たのよ」
「おやまあ。珍しいことですね、ぜひ会ってあげてください。今……原稿中ですから、心配ではありますが」
原稿中、以前にも聞いた単語ではあるがわからない。ところがイギリスもフランスもわかっているようすで、少しだけ頭を抱えた。
だからアポイントくらい取りなさいって言ってんのよ、フランスが小さく愚痴りながら、菊に案内された部屋の前で止まっている。
入らないの?聞けば、イギリスが答える。
「締め切りはいつかわかる?デカ乳」
「黙りなさい貧乳エロ子…………5日後だったと思うわ。……まあ、なんとかなるでしょう。日本ー?入るわよ?」
わけがわからないが、あのフランスが少し躊躇しつつ、ふすまを開けた。
あるのは、見慣れたこたつにざぶとん、テレビにゲーム、巨大本棚。違ったのは、そのコタツの上に広がる紙の束と日本の様子だけであった。
まず、いつもは肩ほどしかない髪を短い髪をしっとりと下ろしているが、今は無理矢理一つに縛り、カチューシャで前髪は全てあげている。額には冷えピタ。服はいつもならキモノか、いかにも女の子のでも落ち着いたかわいらしいものを着ているのに、今日は学校指定の芋ジャージである。
とろん、と眠そうながらも意志の強い瞳が、いまは驚愕に見開かれていた。
「っきゃああああーーーー!!」
「え、なに、何?」
「出ていってくださいーー!」
突然叫びだした日本。わけもわからず焦っていると、フランスに引っぱられて部屋の外に出される。外に出されたのはあたしとイギリスのみ。
きょとんとイギリスを見やれば、彼女は少々驚きつつも納得しているようだった。
「ちょっと、なによこれー!」
「すみませんっ少々お待ちいただけますかイギリスさん!」
あたし無視かよ。渋々、二人でろうかで待った。
ギャーギャー騒ぐアメリカを外に押し出して、フランスは彼女のいる部屋にとどまる。
小さな日本に、自信のある安心スマイルを麗しく届けた。
「ボンジュール日本。こうして話すのははじめましてかしら?」
「え、ええそうですね……。あの、すみませんが、少々失礼してよろしいでしょうか……」
兄と一緒に菊に漫画を借りにくるかたわら、部屋のすみでひっそりとたたずんでいた日本。話しかけてみたことはあるものの、何故だか逃げられてばかりだったように思える。
今はおそらく、原稿中特有の格好を見られるのが嫌なのだろう。とっさに髪はほどいているが、顔を真っ赤にしている。
「私、あなたと同類だから大丈夫よ。着替えてらっしゃい?あいつらを入れても大丈夫なように片付けておくわ」
ね?そう言えば、一時躊躇してから、では失礼いたします、と奥に引っ込んだ。
当初の菊に比べても、相当強敵のくらいがする。
現在進行形な部分、ヒッキー率は兄よりも高いのだろう、アメリカらの苦労を思いながら書きかけの原稿を手に取ると、思わず目を見開いた。
なんだこれ。
「フランシス?……こっちは、アーサーじゃない……え?あらやだ、アルフレッドまで……」
まさか、動揺しつつ表紙ページを探す。ようやく見つかった、まだ色のついていない塗り絵状態のもの。表紙を見るとR18の文字。それはいい、彼女はあの菊の妹だから。
それより問題なのは。
仏英、米英の文字。
「まさかとは思ったけど・・・生モノもいけるのね、あの子」
確かに、学園内では高等部に限らず中等部でも彼らの人気は高い。知らぬものはいないほどに。
需要はあるだろう、供給が少ないだけで、需要は確かにあるはずだ。まさか、二次元の王様とも呼べる菊の妹が作っているとは思わなかったが。
きっと、二次元を超えたのだろうと思う。二次元から三次元にうつったのではなく、三次元を無理矢理二次元に押さえ込んで、それに萌える、そんな高等技術。
「……さすがは菊の妹、ね」
それら原稿を傷つけないよう、汚さないように、昔、菊に習ったとおり丁寧にしまう。
しまうと、ふらりと彼女の本棚に向かった。奥のほうに隠されたように眠る、同人モノ。
やはりというか、彼女の兄のものもあった。いけないとも思いつつ、なにやら気分が高揚する。
私、こっち方面もいけたのかしら、と思いつつ開くと、かわいく、でも乙女の気持ちをとらえるような男の骨格をもつようにデフォルメされた彼らの姿が。
つい読みこんでしまって、着替え終わった日本にまた悲鳴をあげられそうになってしまった。
「本当に……ひとこと言ってからにしていただかないと、私にも用があったりするんですよ」
ひそひそと話すフランスと日本の声、家捜しみたいな音をふすまごしに聞くこと数分。
ようやく見れた日本と部屋は、さきほどの影はまったくなく、まるきりいつもと同じように可愛いしとやかな日本に戻っていた。
そしていつものようなお説教タイムだ。
「はいはい、次はそーする」
「あなた、前もそう言いませんでした?」
「ごめんなさい日本。あたしがアメリカを止められなかったから」
「いえ、イギリスさんの所為ではまったくありません、諸悪の根源はアメリカさんです」
「そこまで言わなくてもいいじゃーん」
傷ついたーとばかりにオーバーリアクションを取れば、日本は苦笑した。
一人の時はそうまで思わないが、イギリスや菊と共にいるといかに自分への態度がおかしなものかがわかる。
イギリスや、フランス、兄に聞くかぎり日本人というのは総じて穏やかで我慢強く、謙虚で物事を歪曲して言うらしい。
それは菊を見れば納得できるが、あたしの知る日本ではなかった。なんというか、自分以外といるときの日本なら当てはまる気がするのだが、そんなおしとやかな日本が。
「で、さあ。さっき何やってたの?なんか知らないけど原稿中ってやつ?」
珍しく、日本がびくりと揺れた。いつも以上に厳しい目つきでぎろりと睨んでくる。小さいから全然怖くはないけど。
「あなたに関係ありません」
「初対面みたいなフランスはいいの?」
いつもの物言いだが、淡々とではなく本当に突っぱねるような口調だったのでむっとして返す。
そっぽをむいた日本の代わりに、フランスが漫画を読みながらこちらを見た。
「趣味が同じなのよ、趣味が。異性にしろ同性にしろ趣味が合えば急接近するでしょう?そーれーよ」
そう言って呼んでいる漫画を指す。
「あたしだってコミック……はそこまでないけど、ゲームは好きだもん」
「あなたがやるの、バトルアクションだし、コミックはジャンプを真面目に読むくらいでしょ?私たちの好みとは多少種類が違うのよ。ねぇ日本」
「私は許容範囲わりと広いですけど……」
「そういうんじゃなくて、一番の話よ」
そういうフランスらとの間に一線引かれている気がするが、ここで戸惑うのはイギリスだろう。彼女はコミックもゲームも好まない小説派だから。だが、それも日本の趣味と合うのかもしれなかった。
「真面目にってなんだい?」
「物語を物語の中だけで楽しむ正統派の読み方をしてるでしょ?って言いたいの」
「それが悪いの?」
「そうねぇ、色々あるわよ。例えば、妄想という名の元に不順でちょっと非現実な……」
「フランスさん!」
日本が声を張りあげた。
「余計なこと教えないでください、お二人ともそういう方ではないのですから」
切実そうに日本がそう言えば、あら、ごめんなさい、とフランスが謝る。
それを見て、むす、とイギリスが膨れた。
「帰る」
「えええ!?イギリスさん待ってください、妙な話をしてばかりですみませんでしたっ」
立ち上がって、本当に帰ろうとするイギリスの服の端を掴み、申し訳なさそうに日本は謝り、引き止めた。
「ユ、ユニコーンに餌あげるの忘れちゃったのよ!別に話に入れないからつまんないとかじゃなくて!」
声を荒げてからしまったという表情になる。
くす、と日本が笑い、イギリスの白い顔が一瞬で真っ赤に染まった。
「すみません、可愛らしくてつい。……ユニコーンはお兄さんのアーサーさんにお願いして、夕食を食べていかれませんか?今日の担当私なんですよ。お時間ありましたらフランスさんもアメリカさんも」
来た!社交辞令!
イギリスも気付いたのか、赤い顔のまま表情を止める。
「……いえ、今日は帰るわ」
「……すみません、本当に気を悪くされましたか?お気になさるほどのことでは」
「ア、アンタのせいじゃないわ……あたしも今日、夕食担当だから帰らなくちゃいけないの。誘ってくれて、ありがと」
日本は怪訝な顔をしたまま首をかしげたが、そうですか、と納得したようだった。
まったく、イギリスは嘘が下手くそだ。
「あ、日本。あたしも友達と約束あるから、夕食まではいれないや。ごめんね」
社交辞令を本気に取るな、とある本を参考にそう言えば、視線を落としたまま日本はわかりましたと一言。
成功した!とほっとイギリスと顔を見合わせていると、予想外のことが。
「あら、私はいただいていいかしら?本、読み終わりそうにないもの」
まさかのフランスがそう言うと、日本はぱっと顔をあげてほほえんだ。
「ぜひ」
「菊のは食べたことあるけどあなたのははじめてよ、楽しみにしてるわね」
「はい、腕によりをかけて作りますね」
なんだこれ。
あたしはイギリスと顔を見合わせて首をかしげた。
*
翌日。
生徒会室でイギリスと待っていると、遅刻しつつフランスがやってきた。
また男関係だろう、証拠はないけどきっとそうだ。
「ちょっとフランス、遅刻しないでって……」
「フランスー!どういうことー!?」
説教しようと町まで出かけたイギリスには悪いが、その言葉を遮らせてもらう。
こちらのほうが誰がどう考えたって優先だ、イギリスからしてもそのはずである。
「なんの話かしら」
「とぼけてんじゃねーよ色情魔」
「イギリス、戻ってる。元ヤンに口調戻ってる。じゃなくて、昨日のこと!」
そう言ってつきつければ、あああれね、とフランス。
本当に忘れていやがったなこいつ。おっとスケバンが移ってしまった。
「社交辞令、本気にするなじゃなかったの?」
「あなたたち本当に馬鹿よねー、あれが社交辞令なわけないじゃないの」
じゃあその場で教えてよ。
日本の料理すっごいヘルシーで美味しいのに、食べそこねたじゃない。
「どうしてわかるのよ、そんなこと」
イギリスが、口調は今のまま、ガン飛ばし方は昔風にフランスをにらみつける。
はたから見てるだけでもつまるような迫力があるのに、それをものともしていないフランスもまた、元ヤンである。
「どっからどー見ても、二人とも友達の域だもの。それに社交辞令に食事はあまり使わないのよ」
「と、と、友達……」
フランスの言葉をかみしめているかのようにイギリスは胸に手をあて、目を閉じている、きもちわるい。
「あたし、嫌われてるはずだけど」
「あら、あれだけはっきり言う間柄でしょ」
「面と向かって、嫌いですって言われたもん」
「……それいつの話よ?」
「1ヶ月前かなぁ。初対面から3日後の話」
それは多分。倒れさせてしまってから。
一瞬、ダンスゲームをやる前に驚いたような仕草をしたのは、困ったからだろう。
体を思えばしてはいけないが、初対面の相手の誘いを断るわけにもいかない、そんな社交辞令の弊害。あたしが彼女の文化を知らなかったから怒った悲劇。
「んー、お姉さんの勝手な考えだけれどね。嫌いって言ったときのことはわからないけど少なくともいまは日本、あなたを嫌ってないと思うわ。だって、私あの子のこと結構まえから知ってたけど、ああ、会話したことはないけれどね、菊以外にはみーんな似たような態度取ってたのよ。人当たりよく、弱々しくって感じで、一歩引いた感じに。でもあなたにはそうじゃない、違うかしら?」
違わない。
「でしょう。それはあなたが特別に扱われているわけなの。良い意味でか悪い意味でかは別としてね」
じゃあ当然悪い意味じゃん。
嫌いって言われて、人よりそっけなくされるんだから。
「だーかーら、お姉さんが見たかぎりじゃ、言ってるほど嫌がってないのよねあの子。逆にイギリスは特別に慕われてるみたいだけど、調子にのるから言わないわ。今トリップしてるから聞いてないでしょうし、内緒ね」
ふふん、と笑うフランスは、ああ年上なんだな、となんとなく実感できた。イギリスが年上だとは一生思いたくはないが。
「つまり、社交辞令がどうだのってあまり気にしなくていいと思うわ、特にあなたはね」
イマイチ理解できなかったが、ひとまず最後の気にしなくていいという一言に肩の荷がすっと降りた。
気がすんだから明日も日本の家に行こう、あわよくば夕食ももらっちゃおう。