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ダウンタウン

【この中は、ケータイでの文字ってことでお願いします】


俺は馴染みのその店に入ると、適当に空いてる角の席に座る。
すぐ前に座ってる男がこちらに気付いて振り返り、軽く会釈してきたので、律儀なやつだと思いながら返しておいた。
男は今ごろの日本人の若者にしては珍しく染めてもいない真っ黒な短髪で、話しかけてくるかと思えば、そのまま正面を向いたので、自分の自意識過剰さに心の中で苦笑した。
知らないやつはいないだろうが、さっき自意識過剰を反省したばかりなので一応。

俺の名はフランシス・ボヌフォワ。
今をときめく外国人アイドルスターグループの一人だ。
これは自信過剰じゃない、俺たちはミリオンセラーのCD7枚の他、CM5本、月9ドラマにも華々しく出演しているのだから。
だからといって、誰もが話しかけてくるわけじゃないことは重々承知だ。
広い世の中、俺らを知らないも、興味のないやつも、話しかける勇気がないやつも五万といるのだ。
だが今の男、多分、知らない。
歌やグループ名ぐらいは聞いたことはあるだろうが、顔とかはしらないってとこだろうか。
先ほど目が合っても、他のやつらみたく驚きは見せなかったから。

注文を取りに来たウェイトレスに、「いつものお願い」と甘いマスクで言えば、真っ赤になって帰っていった。
女の子はいいな、やっぱり。
いつもの、が出てくるまでは手持ちぶさたで、ケータイをいじろうかと出す。
ふと、目のまえの男に目をやると、そこで視線がとまってしまった。
先ほど会釈した若い男、その男も料理待ちなのか、ケータイを扱っているのだが、位置的に、彼の肩ごしに彼のケータイが丸見えなのだ。
さらにはご丁寧にケータイのフォント設定を見やすいように太く大きくしていた、これではプライバシーなどあったものではない。
プライバシープライバシー、唱えながら、俺は手元の自身のケータイに目を落とす。
だが、ちらりと男のメール内容が見えてしまった、なにしろ文字がでかいのだ。


【フランシスさまとそうぐう!!どどどどうしよう】


男が誰かにメールを送ったようだ、しかし様子からは想像もつかないほど慌てすぎだ。漢字変換ができていない。
ていうか、この男、俺のこと知ってる上にファンかよ。
予想がハズレたな、なんて思っていると、少しして、男のケータイから着うたが流れる。
一瞬だったが、俺にはわかってしまった、だってそれは俺たちの歌だ。
しかもまだインディーズのころのもので、生半可なファンじゃなきゃ知らないようなもの。
返ってきた返事も見てしまった。相手は友人だろうか。

【本当かい?大ファンだろ、話しかけちゃいなよ!】

今更か。とりあえず話しかけられる覚悟をする。
しかし彼は高速でメールを返信していた。


【ど、どうやってですか】


えー。

【普通にでいいだろ!こんにちはからはじめるんだぞ】

第一声はそんなものだろう。
あ、フランシスさまじゃないですか?はいまさら使えるものじゃない、ファーストコンタクトでいきなり使うものだ。
こんどこそ話しかけてくるか、と身がまえるも、彼はまたメールを打った。


【なにを話せばいいんですかね…!?】

ええー。
そんなの適当でいいよ。

【昨日のNステ、彼でてたんだろ?それでオッケーだぞ、聞きたいこととか今がチャンス!】

Nステ、ああ、こないだ撮ったやつか。新曲初披露だったな、トークじゃ祖国の話もしたっけ。
あるていど内容は覚えているし、なに聞かれても大丈夫だろう。
高をくくっていると、男はバッと振りむいた。

「っ、こんにちは」
「ハイこんにちは」

象牙色の肌が、頬を中心に色づいている。
普通の男相手なら気色悪っ、で終わるだろうが、整ったベビーフェイスはずいぶん可愛らしかった。
俺らの相当のファンらしいし、これは役得だ。
美味しくいただいてしまおうか、なんて考える俺は、公言してるバイだ。もちろんそれでファンが減って困るほどの人気ではない。

「フランシスさま、ですよね」
「うん、俺が天下のジュディス・アトランティカ、フランシスさまだよー」

本人の前ですら様づけ!?と思うなかれ、俺がその呼び方を推奨しているのだ。
さあこい、新曲の話か、トークのほうか?
大いに身がまえていたのだが、明後日の方向へ男は飛んだ。

「ここの冷やし中華、最高ですよねー」
「……ウン、ソーネ。俺も好きだわ」

それ以外言い様がない。
昨日のNステってことで納得したんじゃないの!?いきなりくるより、変化球の方が焦っちゃうよお兄さん。
しかもおまえ、俺のファンじゃないの!?もうちょっと他の話題なかった?ぜってー話続かねーよ!
俺の思いとはうらはらに、男はまた正面を向いて、ケータイを開いた。

【コンタクト成功☆彡にんむかんりょうしました!】

おまえ的にあれ、成功なんだ!?
トーク上手で通してるお兄さん的には、大失態なんだけど!

【おおー、はやかったね!何聞いたんだい?】

【いま、兄の店にいるんですが、王皇帝の冷やし中華美味しいですよねって】

へえ、ここの身内なのか。

【君は何を聞いてるんだい!ファーストコンタクト失敗だろ!】

返ってきたメールには、たくさん怒りマークがあった。
実に正しい反応だ。名も知らぬ男の友人に同情するぜ。

【セカンドインパクトは成功させなよ!あなたは私が守れないもの!】

【セカンドコンタクトです。綾並の真似しないでください】

どうやらエブァの話らしい。冷やし中華といい、俺と気が合いそうだ。
ふたたび男が振り返り、すうっと息を吸う。今度こそNステか、とかまえた。

「今度、時代劇に出演なさるそうですね。絶対見に行きます」
「……ソウ、アリガトー」

また違った。いや、それは別にいい。
まだ公式発表も何もしてないのに、何故それを知っているのか。
これは、聞きだしといたほうがいいな。
俺は営業スマイルに変更して、正面を向こうとする男を引き止める。

「よく知ってんね。君、俺らのファン?」
「ははははいっ、デビュー前から好きでした!」

興奮気味に言う男。
その言葉に嘘が無さそうなのは、染めた頬からも、着うたからもわかる。

「でも時代劇ってそれ、まだどこでも発表してないんだよね」

にっこり笑ってそういうと、男は、あ、と間抜けな声を出した。

「どこで知った?」

流した裏切り者は誰だ?
男は気まずそうに答える。

「すみません、えっと、私の兄が…」

兄はこの王皇帝の亭主じゃないのか?

「あなたの所属している事務所の社長をやってまして……それで、特別に教えていただきました」

開いた口が塞がらないとはこのことか。
社長?ってあれか、王…たしかに人種はおなじだし、ここの店名なも当てはまる。
社長の身内なら、食ったら殺されそうだな。

「す、すみません。だれにも言ってませんし、言いませんから」
「や、社長ならいーよ。ただ誰から洩れたのか気になっただけだから、漏れてないならそれで」

話が終わったと思ったのか、男はケータイに戻った。

【セカンドインパクト、失敗に終わりました…】
【ドンマイなんだぞ!】

え、あれって君的に失敗なんだ?さっきよりよほど話して成功だと思うんだけど。
面白い子。
男が社長の弟と言うことも忘れて、今度は俺からサードインパクトをはかった。










ダウン.タウン..DXに出ていた、誰かわからないんですが芸能人の方のお話から妄想しました

ジュディス・アトランティカ!適当丸出し。
メンバーはお兄さんと親分とプーでいいんじゃないかな……!プーに誘われてバンドはじめて、なぜか売れまくってノリとテンションで芸能人入り。
この話の流れからしてこの仏日、最大の敵はヤオです。

10.1.10