炬燵の魔力と漫画の魅力
一応一流企業に勤めてはいるが、大して重役になりたいわけでもなかった本田は何年もまえに出世コースから大幅にはずれ、今日も暇な一日、定時にあがり家に帰ってきた。華やか出世街道から迷いこんではいたが、もともと家が裕福だったのと、質素な生活を好む性格もあり、部屋はそこそこに広くいいものが取れていた。本田が金を必要以上にかけるのは趣味ぐらいだった。
そんなマンションに冬とはいえまだ空が明るい中もどると、鍵が開いていた。正確に言うと、本田が差しこんだ鍵をひねるとガチャリと音がしたのはいいが、ドアが開かなかったのだ。
今朝カギをかけ忘れてしまったのだろう。アメリカ人の友人に君は無防備すぎるぞと注意されてからは、自分では気をつけていたつもりだったのだが、しょうがないと思うそういう国民性なのだから、と言い訳して部屋に入る。
不思議なことに、自分は明かりもつけっぱなしにしていたようだ。
今朝あわただしかったような記憶はない、鍵ならまだしも明かりを付け忘れるなど、日ごろから節約志向は強い方なのに。
もしかしたら、と本田は思う。鍵をかけ忘れた我が家に、いつものように突然訪れたアメリカ人の友人、アルフレッドが勝手に入って(彼に言わせると鍵が開いている部屋は歓迎のしるしらしいが、所詮は屁理屈だ)炬燵に入り、ゲームをするか漫画でも読んでいる。
なんだ、それならありえそうではないか。
実際、彼は当初一つの簡易鍵しかかけていなかった本田の家にピッキングで侵入し、無用心だからヒーローが守ってあげてたんだぞ!と言いのけて、泥棒かと身構えまくっていた本田は脱力感にかられたことがある。
それ以来、主にアルフレッドの侵入を防止するために設置された我が家の防犯機能はなかなかのものだが、鍵をかけ忘れたと思えばアルフレッドがいる可能性は大いにある。
一度緊張した体をもう一度脱力し、コートとマフラーを壁にかける。
なんて言い聞かせればあの青年はこういう、非常識的な行動をやめるようになるだろうか、なんて口元を緩ませながら考え、アルフレッドがいるはずのリビングに赴く。
空調のきいている生ぬるい空気を受け、かって知りたる人の家とはこのことか、と思う。
予想通りコタツの向こうがわに黄色い頭が見えた。が、それは記憶よりずっと薄くまろやかな髪のような気がする。
アルフレッドは目立ちたがりなその性格に比例するように、太陽のように明るく少々色合いのキツイ色の金髪のはずだ、もちろん地毛の。それがなにか、今はおとなしいクリーム色になっているし、なんとなく、髪質がキレイだ。
イメチェンかな、と思った。若い人のことはよくわからないから。
ただ、不法侵入に対する説教をぶちかまそうと声をかけたとき、その考えが大いに間違っていることにようやく気がついた。
「あなた・・・・・・・・・・・・誰、ですか?」
アルフレッドとは似ても似つかないヒゲ面の美男子が驚いた顔をして振りむいた。
「そう言う、お前こそ・・・・いや、いつのまにそこにいた?」
「さっき、普通に帰ってきましたけど」
確かに自分はのんびりと行動する癖があるし、影が薄いと言われないこともない。それにしても入ってきたことに気がつかないなどあろうか。
さらさらブロンドの男は、某有名少年探偵モノ漫画29巻を握ったまま、狐につつまれたような顔をする。
「それより、あなたは・・・・?」
「ルパン三世、かな」
「泥棒さんですか・・・・・それもフランスの方?」
「大正解ー!」
整った顔立ちに悩殺スマイルを浮かべながら、フランス産の泥棒(自称)は言う。
なぜ泥棒がのうのうと本田の部屋で本田の漫画を読んでいるのか。本田が唖然としていると、なにを思ったか彼はふたたび漫画に視線を落とした。
慌ててそれを止める。
「いやいやいや、何なさってるんですか泥棒さんが」
「え、読書だけど。面白いなぁ漫画版もさ!俺アニメフランスで見てたぜ」
「あー、そうなんですか。・・・・・じゃなくて、何故私の部屋で読書してるんですか」
一度納得しかけて、どうにか思いとどまった。泥棒は漫画を手にしたまま答える。
「話すと長くなるけどな、聞くか」
泥棒はそこでようやく漫画を丁寧に置いた、なにやらおちゃらけた雰囲気が消えて真面目そうだ。
ちゃらけた風に見えても泥棒、話を聞かずに逆上させるわけにもいかないだろうと思って、本田は慎重にうなづいた。
「俺基本的に泥棒はリサーチ力が命だと思うわけだ。まず金を持ってるかつ無用心なやつを選ばなきゃいけない。そしてそいつの行動パターンを調べあげるんだ。いつ出かけるか何時間でかけるかいつ帰ってくるか、どれほどの防犯機能を搭載しているか、その周囲の住人もろもろをな」
「ははぁ・・・」
「で、それらモロモロの苦労を得て、俺はこの本田菊宅に忍びこんだ」
名前を知られているのは、そのリサーチの結果とやらだろう、本田は適当に相槌をうつ。
「とまぁ、入ったはいいんだが、消費が少ないから溜めているはずの金の在り処はわからないし、ぶっちゃけ味気ない部屋だなぁ多少拝借して退散するかなと思っていた矢先に、俺が見つけたのがコレだよ」
「私の、漫画ですか・・・」
「そうそう、で懐かしいコ○ンくんを見つけた俺は飛びついたってわけだ。日本語はマスターしてるしな」
「で、今の状況というわけですか」
「せいかーい。でもな、お兄さん的には本田が帰ってくる前には出ていくつもりだったんだけどなー・・・気づかないとは俺もまだまだ」
はぁ、ため息をついて泥棒はまた某有名少年探偵漫画を手に取った。
どうやらこの男は赤裸々告白をしたうえで、居直るらしい。
たしかに泥棒的行為は成立していないだろうが、不法侵入罪は絶対に適応すると思うのだが、男がこたつから出る気配はない。
読み終われば出ていくかと思うも、男のもっている漫画はまだ先は長い。
本当ならばここで警察なりなんなりに電話するのが筋だろうが、とくに怖いような男に見えなかったし、それよりも炬燵にはやく入りたい気持ちが勝り、まぁいいかと思ってしまうあたりが本田である。
いつも部屋に帰れば冷たい部屋と冷たい炬燵が待っていたのに、今日は暖かいからよしとしよう、と本田も某有名少年野球漫画を手に取り、炬燵へもぐりこんだ。
友人のアルフレッドが突然やってきて、何故かいるフランス人に驚くのは数時間後になるだろう。