※セリフのみです。苦手な方はご注意を。
人は人で人なのだ
アンドロイドって人間の研究ときってはなせないものなんです。
「常識である、人間に似た機械なのだから」
自分が嫌いで、人、が嫌いで。嫌いなはずの自分を守るように逃げました。それがこの分野、ロボット工学です。機械なら、人を疎まないし、蔑まない、裏切らないし、気をつかいつかわせることもないから。そんなの、勘違いもはなはだしい若気の至りでしたけれど。
「若さとはそのようなものである。必要以上に自分を卑下するでない」
ありがとうございます。そんな理由で、純粋に工学を突きつめる方々を差しおいて今や私は、
「確認するまでもなく、世界のトップであるな」
そうですね、私はそれを望んでいたわけではないのですが。人が嫌いで、逃げていた先にあったのが世界一という称号なだけで、申し訳ないです。人間嫌いの極端なものが、ロボットの先端なんて。
「・・・」
刑事さんは私の作った彼をご存じですか?
「彼ではない、あれはモノだろう」
誰がどうおっしゃろうと、彼は彼ですよ。・・・私が目指したのは、言わずもがなですが、思考する機械。人の道具の延長戦ではなく、ひとつの脳を目指しました。矛盾してますよねぇ、人が嫌いで機械の道に走ったのに、機械を人に近づけようとしている。鉄腕アトムってあるじゃないですか、あれって私の夢なんです。ロボットと人が共生できる世界。まぁ、A・I作成に置いてはあまり人を意識する必要はありませんでした。自分が好むものを詰めこんだだけですから、理想的な人格、というものですかね。そしてできたんです。生まれたといったほうがいいかもしれません、彼が。ルートヴィッヒが。
「・・・」
知能ができ、彼は大量に情報を取り込み、育っていきました。学習能力をつけていたので。知識を備え、思考スピードはあがり、深く考えたことを喋るようになりました。はじめはマニュアル通りの返答しかしませんでしたが、今では日常会話以上は余裕です。そうして、彼の成長を見ているうちに、気づいたんですよ。
「何をであるか」
彼には体が必要だと。
「体、か」
どちらかといえば、私が、思考する彼を見るだけでは物足りなくなったんです。それにはどうしても人間を観察することを余儀なくされることにも気づきました。嫌いで、彼を作る理由にさえもなった人間にまた逆戻りです。
「はじめにその思考に行きつかないことがおかしいのである」
ええ、恐らく、そこから逃げていたのでしょうね。考えつきませんでしたもん。しかし、またロボット工学から逃げるには私は彼に依存しすぎていたようです。
「と、いうと?」
彼に、体を作ってあげるほうを優先しました。苦痛でしたが、そういう私を慰め、そうまでして体を作らなくてもいいとねぎらってくれる彼の存在で、私は続けられました。私は彼に体が欲しかった。彼の機械の脳が、自分で考え自分で選んだ行動を自分で実行できる、体が。そのために逃げてきたはずの、人に関する研究もやりました。そうして精神的に疲れ果てた私が研究室に戻ると、事情を認識しているルートヴィッヒはすまなさそうに、大丈夫かと労いの言葉をくれました。俺は別に体がなくても、本田と話せるならそれでかまわない、とまで言ってくれる。
「それは単に、お前以外の人間を知らなかったからではないのか」
その時点ですでにお世話になった教授には会わせていました。内緒にしてくれるよう頼みましたが。
「では、所詮は考えるだけの機械だったということだ」
いいえ、いいえ刑事さん。ルートヴィッヒは幾度か、体があればいいのにというような文言の言葉を口にしています。彼は私に気を遣っているだけだったのです。私は、彼に体を与えたかった、それだけのために精神を叱咤し、まわりとコミュニケーションを取っていました。
「・・・続けろ」
私がルートヴィッヒに機械でなく、生き物、ペット、ヒト、家族でもない、友人以上の感情を抱いていたことに気づいたのはその後。さすがに私にも友人と称すべき人ができたのがきっかけでした。フェリシアーノ・ヴァルガス、問題児と名高い彼の名はご存じでしょう、ほがらかで陽気なやさしい子、すぐにルートヴィッヒと対面し、うちとけていきました。私、以上に。
「想像はたやすいのである」
私へは本田、と苗字で呼んでくださるのに、フェリシアーノ君のことは名前呼びで。同じ部屋にいても、彼がよく話したり名前を呼ぶのは、フェリシアーノ君で。ルートヴィッヒに友人ができたことを喜ばしく思っていたはずなのに、いつしか陽気な彼を次第に疎ましく思うようになりました。私のルートヴィッヒを見る目は、彼を創造した学者のそれでなく、友人を見るそれでもなく、人間の、それも異性にむける欲望のままのそれでした。
「呆れたものだな」
自分でも、狂気のさただとわかっています。でもほら、私にははじめての感情だったからよくわかりませんが、恋とは自制のきかないものなのでしょう?その感情を外に出すことは抑えていましたが、徐々に激しい感情へと変わって言ったのは確かです。・・・彼に、彼の、唯一になりたくて、躍起になって彼の体を作りました。自分で言うのもなんですが、素晴らしい出来でした。間接部分と手先指先、顔に全精力を注ぎ、服を着こめば人か否かを判別するに迷うほどです。
「我輩は・・・壊れたあれしか見ていないからな、なんとも言えぬが確かに、人らしい部分もあった」
彼を、立派な人となった彼を自慢したい気持ちもありましたが、それ以上に見つかって、いろんな人に彼をいじられるほうを私は恐れていました。それゆえに研究室に閉じこもっていた私とルートヴィッヒを外に連れだしてくれたのはフェリシアーノ君です。ルートヴィッヒの、自制された、けれど確かな喜びようを見て、私は後悔しました。優しい彼は言いませんが、外に出て知識の中にある世界を見たがっていたのは確かでした。私は彼を少しでも人間に近づける努力をしました。機械だと見つからないように、だれも疑問に思わないように、彼が楽しめるように、人らしくなかった間接部分もどうにかしましたし、服で隠れる箇所も精巧に作りました、それこそ口内も脇下もへそも性器も。涙と、怪我をしたときの出血は、体表に血液をめぐらせるのは相当の手間だったので、怪我をしないよう彼の自己防衛プログラムを強化しました。涙は、まあなくても大した不信感は与えないでしょう。そして、大量の情報を彼に入力しました。彼の成長ぶりは確かに目を見張るものでしたが、疑心暗鬼に駆られていた私には不十分に感じ、広辞苑もびっくりというほどの量の知識を植えつけました。大量の書物も、映像作品も。ありとあらゆるものを。
「それは・・・量としてあのサイズの機械が制御できていたのか?」
あ、その問題に関しては、別のハードディスクに入力して、彼が必要なときだけネットワーク接続して得られるようにしましたから、大きな問題ではありませんでした。
「・・・貴様の技術力はわけがわからないのである」
褒め言葉として受け取っておきますありがとう。・・・はじめはフェリシアーノ君に誘われてですが、彼は積極的に外に出るようになりました。私がいない間にも、出て行くようになりました。人は面白いと。彼は私が人間嫌いなのを知っていますから、直接言いはしませんでしたが、フェリシアーノ君にはそのことを話していたようで、人は不可解だと、だからこそ面白いと、そう言っていたようで。それすらも嫉妬の対象になったりもしましたが、まぁ・・・それはそれです。
「さっさと結果にいけ」
・・・そんな時です、彼が機械だと、バレてしまいました。すぐに人ではないと知られたのではなく、ルートヴィッヒの異常な記憶力、知識量、思考スピードに興味を持った脳科学の権威が、彼を秘密裏に調査したらしいのです。少し調べれば、彼という存在が人というデータベース上にないことなんてすぐにわかります。そういうわけで、彼と親しかったフェリシアーノ君に尋問がなされ、彼がアンドロイドだと知られてしまったわけです。
「そういう経緯で、お前はあれを、」
彼をモノとして呼ばないでください!私の知るかぎり、彼はこの世でもっとも人に近い存在です。
「もっとも人に近い存在にすぎない。人ではない。それくらい、頭のいいお前にはわかるであろう?」
・・・脳科学の教授は悩んだ末に知能工学の教授にその話を持ちかけました。知能工学の教授は、彼を解体させてくれと頼みこんできました。そうでなければ、メディアにこの情報を流すとも。想像することはたやすいでしょう?世間にこのことが流れれば、どうなるかなんて。どこの機関が真っ先に動くでしょうね。人間に紛れこむだけでなく、自分の意志を持ち自分を動かせるロボット。頭は人間以上のものを簡単にコピーできる・・・彼らが増えれば、地球は簡単に彼らの星となることなんて簡単に想像できる。人間だけでなく全生命は所詮、自分の保存を真っ先に考えます。彼ら人間より優れたロボットを作ってはならないと騒ぎだす。すでに彼らはたくさんいて、のっとられかけているのではないかと疑う。人権団体がどうのというレベルの話ではありません。種の危機というレベルで議論されることでしょう。そう、私が望む、ルートヴィッヒのそばにいることは、教授に解体させても、させなくても叶いようのないことになった。
「・・・」
お門違いかもしれませんが、私が真っ先に恨んだのは友人のフェリシアーノ君でした。彼がバラさなければどうにでもなったのに、そう思わずにはいられませんが、それはもう今の私にはどうでもよかった。私が選んだのは、自身で彼の生命を奪うことでしたから。
「それは理解しかねる」
いいのですよ、理解されることなど望んでいないのですから。そのことを伝えると、彼は静かに了解してくれました。ルートヴィッヒを生んだのが私で、育てたのも、身体を作ったのも、彼を殺したのも私。その事実が私を安心させてくれた気がします。彼も他人に身体をいじられるくらいなら、私に命を奪われる方がマシなはずでした。私たちは幸せだったんです最後の最期まで。
「・・・・・・で、それで話は終わりであるか?」
ふふ、私聞いて欲しかったんですよ、どなたかに。彼とのなれそめと終わりを。それだけなんです、ごめんなさい、期待している内容はどなたにも、一生、話す気はありません。彼に関するデータは残らず消去しておりますので、存在しません。
「我輩が聞きたかったのは、あれの製造方法と技術のみなのだがな」
結局、あれ、という呼び方を変えてはいただけませんでしたね。
「あれはあれである」
やめていただけませんか?あれ、なんて彼に親しげでいらつきます。・・・まあ、一介の刑事であるあなたが聞いても到底理解しえぬ話だとは思いますよ。
「お前が、教授ら相手になにも話そうとしないからではないか」
嫌いなんですよ。当然でしょう?ルートヴィッヒを殺したのは彼らで、憎いほどです。
「あれは・・・・・・殺されたのではない。壊されたのだ」
・・・。
「奴らではなく、お前にな」
そうとらえると、彼に関わっているのは私だけ、という感じがして素敵ですね。
「・・・・・・最後に聞こうか、お前は、ふたたび工学の研究をする意志はあるのであるか?」
彼は二度と生まれませんよ?二つとして同じ人はいない、常識ですよね。・・・彼との思い出に浸りながらどうにか生きていこうと考えています。
「・・・今度は人の恋人を見つけることを薦めるのである、では、失礼する」