摩訶不思議植物
何かが、生えた。
いや正確に描写するならば、変哲もない草が生えていて、それが実は妙ちきりんな何か、だった。
これは私の友人アーサーに、誕生日プレゼントで貰った小さな観葉植物、のはずだった。そういえば、何という植物か聞いたとき、彼は相当挙動不審になり、結局名前を教えてはくれなかったことを思い出す。
摩訶不思議アイテムとやらだったのだろうか、普段から妖精だのユニコーンだのと言う彼のことだからあり得ない話ではない。
とりあえず、その摩訶不思議植物(仮)が突然、自動的に抜け、土の中から人、らしきものが現れた、なんてことを読者の皆様は信じてくださるだろうか。まさにマンドラゴラのような妙な笑いもあげたことだし。その割りには私は死んでいないのだが。
そのマンドラゴラ(仮)はこれまた信じがたいことにもぞもぞと動いている。
ああ、下半身は土に埋まったままだから、動いているのがわかるのは上半身だけだ、そうでなければ裸であるので私はどうしたらいいかわからない。
「・・・んぁ?なんだテメー」
マンドラゴラ(仮)は寝起きの人間のごとく目をかいてキョロキョロすると、彼(植物に性別があるのか、それに彼という代名詞を当てはめていいかは謎だが)はを凝視していた私を見つけ、こともあろうか人語で喋った。
彼(仮)の葉の下に持つくすんだ銀髪、その部分は人間界に対応しているのか、彼(仮)が喋ったのはドイツ語。少々堅苦しくなまっているようだが、聞きとる分には問題なかった。大学での第二外国語は独語を選択したし、一応ドイツ留学の経験はある、喋ることもできた。
「・・・え、ええと、一応人間ですが」
「んなこた見りゃわかんだよ、バカ」
子猫よりずっと小さいくせになんだこの態度のでかさ!
対人関係には自信があります、ひとまず下手に出るが信条、問題はマンドラゴラ(仮)の求めている答えがわからないことだ。
人間に話すような自己紹介でいいのだろうか、好みの土とか天気とか聞かれたりしないよね、ええと、扶養土と曇りが好きです本田菊。
「私は菊・本田と申しまして、純日本人です。ええと・・・あなたは?」
「ギルベルト・バイルシュミット様だ!どうしても呼びたいってーんなら様づけで呼ぶことを許してやるぜ!」
マンドラゴラ(仮)にも苗字があるのか。
しかしなんとも口の悪い。
ああちょっと、高笑いしながらそこ(植木鉢の土)から出てこようとしないでいただけますか、あなた裸なんですよ裸。ぽろんと見えちゃいますよ、ドイツやら外国の方は気にしないかもしれないですがね、はたからみると私まで変態みたいじゃないですか。
ひとまず彼(仮)に待ったをかけて、集めているフィギュアから服をあさってきた。
彼(仮)がどういう衣服を好むのかわからないので、という以前に彼らマンドラゴラ(仮)に服を着るという概念があるのかは謎だが、多種多様に用意してみた。女物はワンピース、浴衣、セーラー服。男物は学ラン、作業服、軍服。軍服はちょうどドイツ騎士団のものだったのだが、彼(仮)は迷わずそれを着た、さすがはドイツ人(?)。もちろん汚されるのは勘弁なので、泥まみれの体は暴れられたがそこはこの、嘘のような体格差。無理やり拭いた。
見るところ人間の成人男性を縮小しただけの体つきだったので、彼(仮)を男と断定しても差し支えはなさそうだ。
「ふははは!やはり俺様は最高にかっこいいな」
「あのー、ギルベルトさん」
「ははははは!」
「・・・すみませんギルベルトさん、あの、」
高笑いに忙しく聞いてくれそうもない。
草>人間ってか!?苦渋の思いで彼の望りどおりに呼ぶ。
「ギルベルト・・・様」
「なんだ?人間」
枯れてしまえマンドラゴラ(仮)!
「・・・人間、ではなく名前で呼んでいただけると嬉しいです」
「んぁ?仕方ねーな、ホンダか」
頼むと、髪と同じ色の眉を歪ませながらも、了承してくれたようである。
話が通じないわけではないのだ、ちょっと高慢でワガママで妙ちきりんで人間じゃないだけだ!頑張れ私!
「ギルベルトさ・・・様は、なんなのでしょうか」
「はぁ?」
「私の限られた知識では人ではなく、一般的な植物・動物ではないとわかる程度でしてね。あなたのことを教えていただけませんか?」
気位が高いらしい彼の気をそこねないよう、得意の持ちあげを乱用してみる。
妖怪だのなんだのはファンタジックな世界においてのみ好きだ、少し期待するが、彼ははじめて驚きの表情を見せた。
「なんだ、テメー知らねぇのかよ」
「え、ええ、残念ながら」
「っかしーな、詳しいやつらにしか渡らねぇはずだが」
「どういうことですか?」
「・・・マジに知らねぇの?」
眉間にシワを寄せて尋ねられる。あれ、なんかシリアスな雰囲気?
「伝説レベルにならマンドラゴラという、あなたと特徴の似た植物がありますが、あなたがマンドラゴラならば引っこ抜いた際に私は死んでいるはずなので、違いますし。それ以外に私、あなたのようなイキモノに覚えはありません」
そう言うと、はぁと盛大にため息をつかれた。そんなキャラにはまったく見えなかったが、などと性格判断していると、彼は何を思ったのか服を脱ぎだした。
ドイツ騎士団軍服、似合うなやっぱり本場の人(?)には。なんてこと悠長に考えたが、すぐに正気に戻って小さなストリッパーを止める。
「な、なに脱いでいるんですか、それは気にいりませんでしたか?って、大切に脱いでくださいよ・・・!」
フィギュアに下着なんてついてるわけもなく、彼が身につけていたのは軍服一丁、すぐに真っ裸になる。植物モドキ、しかもほとんど根っこのくせに無駄にいい筋肉してやがる。
植物モドキはとことこ歩いて、自分が入っていた植木鉢にはい上がる。抜け出た穴に、潜りはじめた。
「え、ちょっと?ギルベルト、様!?」
まさか、某全身ボディペイントで地球外からわざわざ地球を守りに来てくれる子供に大人気の巨大な正義のヒーローよろしく、土外での活動には制限時間が!?なんて少しハイテンションになりつつ見守ると、ちょこん、首だけが出た状態で彼はこちらを見た。
「ホンダ・・・いや人間。ギルベルト様は素晴らしすぎるから難しいだろうが、俺様のことを忘れろ」
「へ?」
「知らねーやつの前には出ちゃいけねぇことになってんだよ。何でこのギルベルト様がお前ごときのとこに来ちまったのかは謎だが、規則だからな」
「ええと、よくわからないのですが・・・つまり?」
「じゃーな!」
彼は出てきたとき同様、高笑いしつつ土に埋もれた。正確に描写するならば、本来ならばそれが本体だがギルベルトを見た時点で付属品にしか見えない、頭の上についた草のみを残して埋まってしまった。
最初から最後まで予想外の展開だったため、嘘プーとか言いながら高笑いしながら再び出てくるのではないかと期待してしばらく凝視してみたりもしたが、本当に草になったようだ。いや、化けているというべきか。
引っこ抜いていいのかわからず、あわてて植木鉢を抱え、これをくれた友人アーサーを訪ねることになったのはまた別の話である。